これまで様々な旅人が登場してきたが、この起用においても重視するのは“人柄”。その上で、他の旅番組ではあまり見かけない人というのをポイントに置いており、「芸人さんはわりとあちこちで出てらっしゃるんで、入れてないですね」という。

そこで重宝するのが、いわゆる“バイプレーヤー”と呼ばれる俳優陣。本業のドラマや映画のように台本がある番組ではないにもかかわらず、お店の人や街行く人々との軽妙なやり取りが見事だ。

太川陽介

最多出演は太川陽介で、10月8日までの全1,517回の放送のうち、112回もぶらり旅。一方、昨年あたりから新顔の旅人が増えており、「いろんな視聴者層の方にも見ていただきたいと思っているんです。従来はいわゆる番宣系の方を受け入れてなかったんですが、各番組にこちらから声をかけて、『1回だけでいいですから、旅してみませんか?』とお願いしています」と狙いを明かす。

そんな新顔たちの中で特にハマったというのは、A.B.C-Zの塚田僚一と、Kis-My-Ft2の横尾渉のジャニーズ2人。「伝え聞いた話ですが、横尾くんは『毎週でもやりたい!』と言ってくださってるみたいです(笑)」と、お気に入りの番組になったようだ。

こうした制作側の方針に、おなじみのなぎら健壱から「俺のこと忘れてないよね?」と連絡があり、佐藤氏は「慌ててお願いしました(笑)」とブッキングしたことも。なぎらレベルの常連になると、いろいろな場所で知り合いが増えてくるそうで、「池袋の立教通り歩いていて、以前行ったお店が気になって『あそこどうしてるかな?』って寄っていかれました(笑)」と、“ぶらり散歩”を満喫している。

番組のロケ後にプライベートで再び訪れる旅人も多いのだそう。「かとうかず子さんが訪れた渋谷の明治通り沿いの冷麺の店があって、おいしそうだったんで僕も行ってみたんですけど、前にかとうさんが娘さんと並んでらして(笑)。他の方も、結構そうやって行ってるみたいですよ」と明かした。

長寿番組だけに、ロケ中には思わぬ出来事も。「(林家)たい平さんが、向こうからやってくるお友達に『何やってんの?』って声かけられてました」とった例があり、こうした出会いのハプニングはよくあるそうだ。

■滝口順平さん死去で「この番組は終わりだと思った」

小日向文世

そんな旅人とナレーターの小日向文世との掛け合いも、見どころの1つ。これは、旅人が小日向と一緒に旅をしている感覚で話し、後で小日向がナレーション収録でそれに応えることで自然なやり取りになっている。旅人が「うんうん」と言う直前に、小日向がひと言呼びかけるなどして、会話の流れを作っているそうだ。

ナレーターは旅人と一緒に旅をするという設定だが、初代の滝口順平さんは「おやおや、おいしそうですね~」「いかがですか~?」などに代表されるように、呼びかけはするものの、掛け合いや会話という形式は採っていなかった。

番組の代名詞だった滝口さんが亡くなった際は、そのあまりの存在の大きさに「もうこの番組は終わりだと思いましたよ」と振り返る佐藤氏。いわゆるナレーター・声優で代わりを見つけるのは不可能だと判断し、大人の目線で目立たず、やわらかい語り口という条件に合致したのが、常に「さりげなく生きたい」と言っていた藤村俊二さんだった。

「いつ死ぬかわかんないけど、僕でいいんだったらやるよ」という藤村さんに、「ありがとうございます。一緒に長生きしましょう」と呼びかけ、2011年10月から15年10月まで担当。その藤村さんも亡くなり、3代目を探す中で、「以前、別の番組でお願いしたことがあって、それがすごく良かったんです。とても普通の人で、気さくで優しいから、ダメ元でお願いしてみました」と当たって快諾したのが、現在の小日向だ。

そこで、「コヒさんの良さを出していかないといけないと思って、会話みたいな形式を取り入れてみたんです。最初はやっぱりギクシャクしていたんですけど、本人がすぐつかんで、うまくハマるようになりました」と、現在のスタイルを確立していった。