渡辺明名人への挑戦権を争う第81期順位戦(主催:朝日新聞社・毎日新聞社)は、10月13日(木)にC級2組5回戦の一斉対局が行われました。本稿ではその中から▲本田奎五段(3勝1敗)―△黒沢怜生六段(1勝3敗)戦にスポットを当てたいと思います。
まずは両者の簡単な棋歴を紹介しましょう。宮田利男八段門下の本田五段がプロデビューを果たしたのは2018年の10月。得意の相掛かりを駆使して、19年度の第45期棋王戦で挑戦権を獲得しました。実は本田五段にとってこの第45期は棋王戦初参加となります。初参加の棋戦でタイトル挑戦を果たした棋士はこの時の本田五段しかいません。五番勝負では渡辺明棋王に1勝3敗で敗れましたが、同じく自身初参加となる第61期王位戦でもリーグ入りを果たし、将来が期待される若手棋士の1人です。
黒沢六段は高橋道雄九段門下で、四段昇段は14年10月。17年度の第43期棋王戦では挑戦者決定戦まで勝ち進みましたが、永瀬拓矢七段(当時)に敗れて、タイトル挑戦はなりませんでした。今年の第35期竜王戦で、3組昇級を果たしています。得意戦法は振り飛車で、また21年4月から関東奨励会の幹事を務めており、後進の育成に当たっています。
本局は先手の本田五段が飛車先の歩を伸ばしたのに対し、黒沢六段は早目に△9四歩~△9五歩と9筋の位を取りました。振り飛車で玉側(右辺)の端歩を早々に突くのはよくある手順ですが、黒沢六段の狙いは△9二飛の一間飛車でした。さらに△9四飛から△7四飛と中段に飛車を使います。以下の順で後手玉は美濃囲いに組みましたが、4二辺りにいそうな飛車が7四にいるというのが珍しい形です。対して本田五段は飛車のにらみを警戒してか、8七に銀ではなく金を持っていく金冠の陣形に組みました。とは言え玉は8八ではなく6八におり、バランス重視の陣形と言えそうです。
以下、先手の狙いは金銀を押し上げて後手の飛車を捕まえに行くことにありました。後手の飛車は歩越しの形になっているのがマイナスで、よくある形と比較して、使いにくくなっています。実際も先手は飛車金交換の形で、飛車を捕まえることに成功しました。ただバランスを重視する先手の玉形は堅いとはいえず、さらに金を一枚渡したことで、より薄くなっています。対して後手玉は片美濃に納まっている安心感があり、先手のほうが気を使う局面とも考えられます。
終盤はお互いが敵玉を薄くすることを目指しました。どちらの攻めがより速いかという進行です。左右挟撃に打った90手目△8八金、これは8七の銀取りにもなっています。本田五段は銀取りに構わず▲8五歩△8七金▲8四歩の攻め合いを目指しましたが、△7八金と入った手が詰めろで、後手勝勢になりました。後手玉も▲8三歩成から危ない形に見えますが、まだ詰みはありません。▲8五歩では▲9八銀打と頑張る順がまさったようです。最後は黒沢六段が先手玉への包囲網を築き、勝利しました。
前期8勝で、今期こその昇級を目指していた本田五段にとっては痛い1敗です。同じく前期8勝だった黒沢六段は苦しい星取りでしたが、流れを変える1勝となったでしょうか。今期のC級2組は56名の大所帯でわずか3つの昇級枠を争います。厳しい戦場からわずかでも目が離せません。
相崎修司(将棋情報局)