今年で30周年を迎えたサントリーのコーヒーブランド「BOSS」。2006年からスタートして現在まで続くCM「宇宙人ジョーンズの地球調査シリーズ」は、さまざまなシチュエーションで働く人々を描き、単なるコーヒー飲料のCMを越えたシリーズとなっている。平成~令和と変わりゆく時代の中で、「BOSS」はどんな思いを込めて世の中にメッセージを発信してきたのだろうか。

「BOSS」グループ責任者の大塚匠さん(サントリー食品インターナショナル ジャパン事業本部 ブランド開発事業部 課長)にお話を伺った。

  • 「BOSS」グループ責任者の大塚匠さん(サントリー食品インターナショナル ジャパン事業本部 ブランド開発事業部 課長)

■"ジョーンズCM"スタートのきっかけは?

2004年入社当初はビールの商品開発に携わり、2014年から食品部門で「BOSS」の新商品開発を担当するようになったという大塚さん。まず、「BOSS」とはそもそもどんな商品なのだろうか?

「ブランドコンセプトは"働く人の相棒"です。缶コーヒーを中心として、いまや紅茶やフルーツオーレ等を販売し、お客さんから良い反響があるということが、"働く人にいかに寄り添うか"ということを諸先輩方がやってこられた結果だと思いますし、その関係性をずっとお伝えしてきたことが、ブランドの価値であり資産です」

BOSSは1992年に発売開始。その際のTVCMで矢沢永吉がサラリーマンに扮した姿が大きな話題を呼んだ。それからしばらくして登場したのが、ハリウッド俳優トミー・リー・ジョーンズが出演する「宇宙人ジョーンズの地球調査シリーズ」だ。

「BOSS」は発売当初からしばらくの間、"働く男の相棒"というイメージで、工事現場の作業員やドライバーなどがメインのファンだった。だが、2000年前後のインターネット普及を背景に、自動販売機がオフィスに設置されるようになると、それまでのターゲットとは異なる層と、ブランド接点を多く持つようになったと言う。

「これまでは男らしくてカッコいいイメージがある一方で、少し頑固でとっつきにくい印象が『BOSS』のブランドイメージにありました。しかし、そのイメージと働く人とのギャップが2000年以降生まれてきたんですよね。多彩なシーンで缶コーヒーが飲まれることで、いろんな働く人の悲喜こもごもが出てくる。そうなると、さまざまな相棒が必要になってくる。そう言うことを何か新しい形で伝えられないかというのが、『宇宙人ジョーンズの地球調査シリーズ』がスタートしたきっかけなんです」。

キャッチコピーは「このろくでもない、すばらしき世界」。働くことはつらいこともあるし悪いときもある、しかし「すばらしき世界」だと感じられるような良いこともある。そんな、働く人たちが日頃感じていることを「BOSS」が代弁するのが宇宙人ジョーンズのCMだ。

■宇宙人ジョーンズの名言を追う

では、そんな「宇宙人ジョーンズの地球調査シリーズ」が、どんなメッセージを発してきたのかをここからは見て行こう。

2006年 ジョーンズシリーズ第1弾「登場編」

2006年放送 第1弾「登場編」
「この惑星の住人は、どこか抜けている ただ、この惑星夜明けは美しい」

  • 第1弾:登場篇

CMがスタートしたのは、2006年の「登場編」。ジョーンズ扮するサラリーマンがCMに出演するというのは、当時かなりの驚きを持って迎えられた記憶がある。どちらかと言えば無骨で渋く、愛想のない印象のトミー・リー・ジョーンズがキャラクター起用された理由について、大塚さんはこう語る。

「相棒なので片棒を担いでいるわけですよね。それで言うと『BOSS』は常に後ろの棒を担いでいるイメージなんです。働く人のメンタリティやバイオリズム、息遣いを見つめて、"ちょっと休もうか?"って語り掛けるような。そう言う意味で、黙っていても存在感がある人を起用しようということで、映画『メン・イン・ブラック』のウィル・スミスの初代相棒役であるトミー・リー・ジョーンズが起用されたんです。それと、宇宙人という設定ですから、日本人より外国人の方が客観的に日本の文化を見ることができるという意味でも彼になったんです」。

2010年「2つのタワー編」

2010年放送 第26弾「2つのタワー編」
「この惑星には、常に新旧の戦いがある。ただ、この惑星の2つのタワーは、どちらもアリだ」

2010年に放送された第26弾では、「2つのタワー編」として、杉本哲太扮するベテラン会社員と若手社員との対比を当時建設中だった東京スカイツリーと東京タワーに見立てて描いている。

「"2つのタワー編"では東京タワーという昔からあるものと、東京スカイツリーという新しくできるものを重ねています。ここでは、どちらかを否定するのではなく、どちらの価値観も必要だというメッセージを打ち出しています。それは次に紹介する"とある老人編"も同じで、背中を押すという意味合いの語りがけができていたと思います」

2011年「とある老人編」

2011年放送 第28弾「とある老人編」
「ただ、この惑星の住人は、なぜか上を向くだけで元気になれる」

  • 第28弾:とある老人篇

2011年の「とある老人編」では、坂本九『上を向いて歩こう』をBGMに「この惑星で起きることは昔からわけのわからんことばかりじゃった。特に最近は全くわけがわからん。いやー、ずっと見てきたけど、今ほどみんなが下を向いてる時代はなかったかもしれんな」と老人が話す。その後、「ただ、この惑星の住人は、なぜか上を向くだけで元気になれる」と、前向きなメッセージが送られる。

大塚さんいわく「当時はみんながちょっと自信を無くしている時代だった」と言う。今CMを見ても、リーマンショックの不景気から脱することができず、さらに東日本大震災に見舞われ、世の中が暗く沈んでいた時期であることがわかる。

「東日本大震災が起きた当時はもちろん、近年のコロナ禍も含め世の中の元気がなく、下を向いているときにどう語り掛けて行くかというのは、すごく難しいんですよね。ですが、そんなときに東京スカイツリーを見上げるように、"ちょっと上を向くだけで気持ちが晴れるんですよ"というぐらいを描いた方が、ちょうどいいと思うんです。まさに缶コーヒーもそれぐらいのものなんですよ。小さい缶の中に少しだけしか入っていないコーヒーを飲んで一服することで、気持ちが少しでも軽くなってくれたらいいなって思うんです」。

2019年「宇宙人ジョーンズ・平成特別編」

2019年放送 第69弾「宇宙人ジョーンズ・平成特別編」
「この惑星の平成という時代にも、人々は出会いと別れを繰り返した。この惑星では別れないと出会えない。平成という時代にも人々はカラオケで憂さを晴らした。ただ、この惑星の八代亜紀は泣ける。平成という時代にもやたらと工事は行われた。ただ、この惑星の達成感は癖になる。平成という時代にはちょっと変わったヒーローも生まれた。この惑星には愛されるという勝ち方もある。この30年がどんな時代だったのかそう簡単にはわからない。ただ、ひとつ言えることは平成の時代にも結構がっつり働いた」

  • 第69弾:宇宙人ジョーンズ・平成特別篇

続いては、年号が平成から令和へと代わる最後の日2019年4月30日に放送された第69弾「宇宙人ジョーンズ・平成特別編」。それまでのシリーズ68作品から選りすぐりの4作品を編集して「平成」を振り返る、缶コーヒーのCMとしては異例の2分間の大作だ。八代亜紀の『舟歌』、中島みゆき『糸』が使われており、CMの最後にはBOSSのマークが涙を落とす、人間味のある哀愁漂う内容が心に残る。

「このCMが良かったのは、人それぞれが頑張って働いているということを、過去のCMを使いながら伝えたということなんです。結局、BOSSのCMで言っていることって一緒なんですよね。『働くということは良いことも悪いこともそれぞれの時代であるけれど、BOSSは必ずあなたの傍らにあります、ちょっと缶コーヒーで一服しませんか?』ということを言っているにすぎないんです。今見ても色あせない人間の本質的なところ、根っこの不易のところを平成最後の日に伝えたCMだと思います」。

2020年「農場編」

2020年放送 第75弾「農場編」
「この惑星の仕事は、移動が多い。この惑星では、どこでもワークできる時代がきているようだ」

  • 第75弾:宇宙人ジョーンズ・農場篇

コロナ禍の2020年に放送された第75弾「農場編」は記憶に新しい。役所広司、堺雅人、杉咲花が出演しており、一見古いものへのこだわりがあって頑固そうな農家役の役所広司が、実はリモートワークやドローンなど、時代の変化に柔軟に対応して生きているのが印象的なCM。2010年の「2つのタワー編」とは対照的に描かれているCMを大塚さんはこう説明する。

「時代によって働き方が目まぐるしく変わり、置いて行かれているような気持ちになっていた人もいると思います。ですが、ここで面白いのは、堺さん、杉咲さんじゃなくて、役所さんみたいな年齢の方が『いいじゃないか、リモートで』って言うところなんですよね。ベテランの方が言うことで、新しいものを受け入れるのもいいのかなって思えるというか。コロナ禍は、どうしたらいいかわからない時代なので、確固たる考えにすがりたくなる気持ちってすごくあると思うんです。ただ、それにとらわれ過ぎないことを、どう心地良くお伝えするかというアイデアがありました」。

こうして過去から現在までのCMを振り返ると、BOSSが本当に時代と共に働く人に寄り添い続けてきたことがよくわかる。では、30年の足跡を振り返って改めて気が付いたことなどはあるのだろうか。

■BOSSが見つめる先とは?

「25周年からの5年間は、働き方の多様化や細分化に目を向け、クラフトボスと缶コーヒーが常に対比構造にあり、それが結果的にBOSSのファンを増やすことに寄与できた部分もあります」と、話す。だが、その考え方に関して思うことがあると言う。

「30周年を迎えて考えたときに、缶を飲んでいる方も、ペットボトルを飲んでいる方も、今のこの不透明な時代に右往左往して、もがき苦しんでいるのは同じだと思ったんです。そこを我々が分け過ぎていたと思っているので、30周年を機に分け隔てなく考え行くべきだろうと改めて考えました」。

そんな気づきを得たと話す大塚さんに「BOSS」の今後について尋ねてみた。

「結局は『このろくでもない、すばらしき世界』をどうやってお届けするのかということに集約されて行くんだなって思います。我々は"不易流行"という言葉をよく使っているんですけど、変わるところと変わらないところを両方受け止めた上で、相棒としての関係性をどう作って行くのか。それをこれからもやっていくんだろうなと」。

移ろいゆく時代とともに変化を続けた「BOSS」だが、「働く人々の相棒」という立ち位置は決してブラさずに私たちに寄り添い続けてきた。そう、物ではなくまるで人のようなブランド「BOSS」だったからこそ、いつの時代も受け入れられてきたのだろう。そんな人間味あるブランドは、これからの時代どんなメッセージを語り掛けてくれるのか? 今後もコーヒーと共にCMも味わい続けてみよう。