ホンダから新型SUV「ZR-V」が登場する。初めて聞く車名で、見た目もホンダらしくなく、パッと見た印象は「謎のクルマ」といった感じなのだが、開発陣はどんな思惑でZR-Vを作ったのだろうか。いくつかの車種に試乗して、ホンダ開発陣に話を聞いた。

  • ホンダ「ZR-V」

    ホンダが2023年春に発売予定の新型SUV「ZR-V」(写真は全てe:HEVのAWD)

ZR-Vは大きさからいくと「ヴェゼル」と「CR-V」の中間(CR-V寄り)に位置する新型SUVだ。パワートレインは2.0L直噴エンジンの「e:HEV」(ハイブリッド)と1.5LのVTECターボエンジンの2種類。インパネの感じも似ているので、第一印象としては「シビックのSUVバージョン」といった雰囲気だ。

今回はZR-Vのe:HEV(AWDとFF)とガソリンエンジン車(AWD)に試乗しつつ、合間にシャシー担当の伊藤泰寿さんとパワートレイン担当の斎藤武史さんに話を聞くことができた。

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    「ZR-V」の予約受け付けは9月8日に始まっている

シビックのSUV版?

マイナビニュース編集部:全くのニューモデルということで、どんなクルマなのかをまずは教えてください。

伊藤さん:CセグメントのSUVです。このカテゴリーのSUVはクロカン方向(クロスカントリー系)に振っているクルマが多いんですが、同じようなものを作っても響かないと思ったので、ホンダのニューモデルはあえてスポーティーに仕上げました。

編集部:パワートレインとプラットフォームが同じということで、ZR-VをシビックのSUVバージョンだと思う人は多いと思います。SUVになったぶん背が高くなり、車重が重くなった結果、シビックに比べれば鈍重だろうなとか、遅くなっているんだろうなとか、そんなイメージを抱いている方もいらっしゃるかもしれません。

  • ホンダ「ZR-V」

    こちらが「シビック」の「e:HEV」

伊藤さん:むしろ、スポーティーさでいうとシビックとほぼ同じか、ZR-Vの方が軽快になっている部分もあります。

斎藤さん:シビックより重くなっているのは事実なので、鈍重化することは極力抑えました。パワーユニットも専用のセッティングとしていて、加速度の立ち上げ方や減速のさせ方などを工夫し、シビックのチームとは切磋琢磨しつつ開発しました。

編集部:シビックのエンジンをそのまま積んでしまうと、向こうの方が軽いし速いのは当然ですもんね。

斎藤さん:ZR-Vのキャラに合わせてトルクの出し方を増やしてみたり、減速の領域を増やしてみたり、車体のロールやピッチングに合わせて瞬間的なコントロールをするようなチューニングとしてみたり、いろいろと工夫しています。

  • ホンダ「シビック」
  • ホンダ「ZR-V」
  • 左が「シビック」、右が「ZR-V」

伊藤さん:シビックから乗り換えても違和感がなく、シビックそのままの乗り味を体感できるようにしているので、違いというより共通点の方が多いと思います。重くなって、大径タイヤを履いているのでどうしてもノイズが出てしまう部分はあるんですが、そのあたりもしっかり対応しています。リアのサスペンションは「CR-V」のものを使って振動を抑えました。快適性を損なわずにシビックの軽快感や一体感を表現できたと思います。シビックとZR-Vは近しいクルマだといえます。

編集部:シビックみたいなSUVになっているとすれば、そこがZR-V最大の特徴になりますね。SUVらしからぬ走りがZR-Vの強みということで。

伊藤さん:1980年代~90代にマニュアルのスポーツカーに乗っていた方たちにも、響くようなイメージが出したかったんです。そういう方たちが子育てが終わって、次に何に乗りたいのか。ZR-Vは都会でも普通に乗れますし、広い荷室に遊び道具を積んで山道を走ったりもできます。

編集部:スポーツカー的な走りだけでなく、SUVならではの走破性も備えているわけですか。

伊藤さん:シビックと同じプラットフォームですが、SUVとして最低限持っていなければならない要素、例えばロードクリアランスや最低地上高などは確保しています。シビックに対して付加価値を出せたのはAWDで、リアへの駆動力の配分はホンダ車の中で最も大きいくらい。悪路走破性もありますから、見た目は都市型ですけどオフロードもこなせて、幅広く使えるクルマになっています。

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    オフロードもこなせるスポーツカー的SUV?

「NSX」の要素も落とし込んで開発

編集部:e:HEVのAWDは、ドライブモードをエコな「ECON」(イーコン)にしていても、スーッと力強く走り出したのが印象的でした。

伊藤さん:そのあたりはEV(電気自動車)につながる乗り味、ハイブリッド感をしっかりと出せていると思います。ドライブモードを「ノーマル」にすれば、V型6気筒エンジンのようなトルク感をさらに発揮します。

乗っているとセダンのような感覚で、目線のブレもなく、頭もゆすられないのですが、それでいて質感と快適性は保っている。e:HEVのAWDはリアルタイムで駆動力を変更しながら、常にリアのタイヤをきっちり使って、フロントの負担を減らしています。乗り味は決して柔らかくありませんが、引き締まった感じはホンダらしさかなと思います。

接地感も、ただサスペンションを硬くしただけでは表現できません。空力やボディ剛性も重要になってきます。空力にはレースでも使っているような解析技術を応用していますし、空力特性を出す手法もレース由来のものです。空力を含めてクルマを上から押さえているので、接地感が出ますし、道路に凹凸があっても跳ねずにしなやかにいなしてくれます。

編集部:スポーツカーのように作ったSUVであると。

伊藤さん:私はNSXの開発にも関わっていたんですが、そのエッセンスも取り入れています。例えば姿勢変化が少ないのはスポーツカーのようなサスペンションのセッティングをしているからですし、シビックでも使っていないような太いスタビライザーを使ったりとか、サスペンションブッシュもリアは専用で作ったりしています。空力もNSXに通じるものがあって、エアカーテンに流す空気も緻密にコントロールしています。背が高くて最低地上高も高いのでディフューザーなどでは効果を出しづらいので、横に空気を流したりしてリフトを抑えて、車速が上がれば上がるほど地面に張り付くようにしました。フラットな乗り味なのに決して硬くなっていないのは、空力を含めて作り込んでいるからです。

ただ、どうしても「スポーティー」というと過剰な反応になりがちで、ぎゅんぎゅん曲がるような方向に振りがちなんですが、ZR-Vで狙ったのは質の高い走りです。例えばステアリングの反応もそうですし、アクセルの反応もトルクを過剰にガンガン出すわけではありません。ドライバーが加速したくて踏む、減速したくて戻すという操作とクルマの反応は1:1が理想で、それを超えてトルクを出しても不快なんです。そのあたりを細かく調整し、精度を上げて、質の高い乗り味を作ったのがZR-Vです。

斎藤さん:乗っている人を疲れさせないドライビング、操作をイメージしました。アクセルペダルを踏んでいったときに山があったり谷があったりしたら、踏んだり戻したりを繰り返す必要が出てきますが、私たちとしては無駄な操作を減らしたいという考え方でクルマを作っています。

編集部:要は意のままの走り。これを強調するSUVというのは珍しいですね。

伊藤さん:そこが独自性かなと思っています。いいスポーツカーというのは、決して乗り心地は悪くなくて、むしろ乗りやすいし、安心感も高いんです。それをSUVに持ってくることで、ホンダの新しい乗り味を表現できたかと思っています。

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    SUVの試乗会で、ここまで走りの話ばかりなのも珍しい

編集部:印象的だったのはエンジン音です。e:HEVはゆっくり走っていればEVみたいなんですが、加速しようと思って踏み込むとカッコいいエンジン音がなかなかのボリュームで聞こえてきますね。例えば日産自動車の新型「エクストレイル」は、同じハイブリッド車ですがエンジン音をなるべく聞かせないように作っているようでした。この違いが面白いというか、さすがは「エンジンのホンダ」というか。

伊藤さん:クルマの質の高さって、静かさとか柔らかさだけではないはずなんです。ZR-Vは全体的にスポーティーで、ハイブリッドでもエンジンの音を聞かせます。音を聞かせることによる質感とか、走りのダイナミクスによる質感もあると思うんです。

質感でいえば、ZR-Vのパドルにはホンダで初めて金属のアルミパドルを採用しました。NSXでも、パドルはプラスチックなんですけどね(笑)。内装も含め、本物感にこだわったクルマです。

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    本物の質感にこだわった「ZR-V」

編集部:ZR-Vは米国で「HR-V」として売っていますよね? 日本に入ってくるのと同じクルマですか?

斎藤さん:北米の「HR-V」は「ヴェゼル」の後継という位置づけで、向こうではホンダSUVのエントリーモデルという役割を担うので、パワートレイン、サスペンション、タイヤなど、ZR-Vとはかなり違う部分があります。

編集部:日本の商品展開を見ると、トヨタ自動車や日産と比べて、ホンダのSUVラインアップは手薄だったような印象です。特に、RAV4やエクストレイルがいるカテゴリーの選択肢が薄かったような感じでした。ZR-Vはそこに入って、ホンダの主力となるようなクルマなんですか?

斎藤さん:そこに「後出しじゃんけん」で入るわけですから、他社さんと同じような考え方でクルマを作っても価値を提供できません。ホンダとして、どんな付加価値を提供できるかを考えながら作りました。

編集部:「タフ」とか「上質」みたいな既存の物差しで戦ったら、後から入る側は不利ですよね。すでに市場を押さえられてしまっているわけなので。だから、新しい価値で戦うと。SUVに興味はあるけど、既存の価値観で作られたクルマは好みに合っていなかった人がいるとすれば、ZR-Vに関心を示してくれるかもしれませんね。

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    SUVでホンダらしい走りを再定義できたと開発陣は自信を示す

来るか? マニュアルシフトのSUV

編集部:同じクルマにハイブリッド車(HV)とガソリンエンジン車があると、どうしてもHVの方が性能が高いし価格も高いので、ガソリン車は何かを我慢して選ぶような印象があるんですが、ZR-Vはガソリン車の出足もすごくよかったです。

伊藤さん:ガソリン車の方が軽い分、よりスポーティーかつ軽やかに感じてもらえるはずです。車重の感じはヴェゼルと同じくらいかもしれません。

編集部:e:HEVも十分に軽やかだったんですが、ガソリン車に比べるとしっとりした感じといえるかもしれません。それと、ガソリン車でもけっこう速いですよね。

伊藤さん:ガソリン車だから遅いということはないです。ガソリンなりのターボ感とかも出しているので、ドライブモードを「スポーツ」にするとより感じていただけると思います。

編集部:まさか、マニュアル車は設定しませんよね?

伊藤さん:社内でも一瞬、話が出たんですけど、さすがに……。かなりスポーツカー的な作り方にして走りに振っているので、2.0Lターボを積んだマニュアル車はどうだとか、「タイプR」のエンジンを積んでみるのはどうだとか、そんな話も出たんですが、ちょっとマニアックすぎて商売にならないのでは、という感じでした。

編集部:SUVのマニュアル車ができれば、かなり珍しいんですけどね。シビックとは兄弟のような関係ですから、あってもおかしくはないし。

伊藤さん:シビックのセダンと近しい乗り味ですしね。お客様の声があれば、もしかすると……要望があれば、動きやすいというのはありますよね。技術者として興味はあるんですが……。

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    「e:HEV」のシフトはボタン式だ

編集部:それと、今まで走りの話ばかりになってしまっていたんですけど、荷物をたくさん積めるとか、車内が広々していてゆったり乗れるといったようなSUVの基本的な価値は、ZR-Vももちろん満たしているわけですよね?

伊藤さん:そこは大前提です。例えば、ゴルフバッグは9.5インチの通常サイズなら3つ積めます。

斎藤さん:それらは「当たり前価値」として開発しました。

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  • SUVとして当たり前の価値はしっかり押さえたという

編集部:CセグメントのSUV市場は激戦区ですから、遅れて登場するホンダが何で勝負するのか疑問だったのですが、なんとなくわかってきました。当たり前価値では先行している既存SUVに引けを取らないようにしつつ、特徴としてスポーツカーの思想を入れたところがホンダらしさであり、そこが差別化ポイント、優位性を発揮できる部分になるということみたいですね。

伊藤さん:スポーツカーのいいところをSUVに持ってきました。速いけど「うるさい」「硬い」「振動が多い」「リーン過ぎる」といった、スポーツカーのネガティブな部分は取りのぞき、質の高いダイナミクスを取り入れたんです。

スポーツカーのようなSUVって、あるにはあるんですが高くて、普通だと手が出ません。手が届く価格で、家族を乗せて出かけられるし、走りも楽しめるクルマを目指しました。四駆もきっちり作ったので、山道や雪道もぐいぐい走ります。空力、サスペンション、剛性を作り込み、タイヤもこのクルマのために新開発し、シビックのような乗り味を達成するため専用部品も作りました。

編集部:ガソリン車があるということは、価格も幅を持って提示できますよね。

ホンダ広報の森さん:そこは頑張ります。装備もしっかりと充実させて、ガソリン車も選んでいただけるようにしたいと思います。