――ワールドワイドで活躍されているディーンさんご自身の経験が、役作りや作品づくりに生かせたと感じた部分はありますか?

今回、多言語の芝居がいくつかあったのですが、単純に言語の部分だけではなく、ホテルという場所で発生するコミュニケーションの必然性や説得力を増すために、監督や共演者の皆さんと、現場で新たな要素を加えたりしたこともあったかもしれません。過去にもドラマでご一緒している加藤雅也さんが、今回のドラマではシンガポールの実業家で、国内外のホテルを次々に買収し、一大ホテルチェーンを築くホテル王・周浩然(シュウ・ハオレン)役を演じているのですが、複数の言語を切り替えて話す際のタイミングをどうするべきかなど、いろいろお話しながらやっていたような気がします。翻訳したセリフのままで芝居をしていると、なかなかスムーズにいかない時があるんです。加藤さんはとてもフレンドリーな方なので、支度部屋でもいろんな話をしましたね。コンシェルジュ役の阿部純子さんとは、深田晃司監督の『海を駆ける』で共演して以来、数年ぶりにご一緒したんですが、いまだにこの業界に全くすれていなくて(笑)、ずっと変わらず自然体の阿部ちゃんのままだなぁと、安心感を覚えました。一生懸命仕事に取り組む姿勢も、すごく素敵だなぁと感じましたね。

――三枝やドラマのメッセージに共感を覚えたところもありましたか?

サブタイトルに「NEXT DOOR」とある通り、次の扉を開けていかなければ何も変化は起こせないのだというメッセージには、僕自身もすごく共感しました。仕事においても私生活においても、常に変化を生み出し進化していくためには、困難なことにもチャレンジしていく必要がある。大変なのは当たり前の話で、優先順位が低いからといってやらないでいると、それ相応の結果しか出せなくなってしまう。自分への戒めの意味も含めて、共感したんです。

――完成したドラマをご覧になった感想は?

思っていたよりもエンタメ感が強く打ち出されているというか、原作やドラマ版に対するオマージュも感じられて、すごく見やすい形になっているんじゃないかなと。この物語は、"ホテル座の怪人"という異名を持つ三枝という男が、「ホテル・プラトン」の新しい総支配人としてやってくるところから始まって、彼はなぜプラトンの過去の輝きを取り戻すために、現場レベルでは衝突を生んだり、恨みを買ったり、恐れられたりしながらも、冷静に、決して感情的にならずに、一つ一つの変化を作り出していったのかという、謎解きの要素もある。過去と現在を繋ぎながら、「ホテル・プラトン」の未来に一筋の希望を残しつつ、プラトンの関係者一同がそれぞれの人生において前に一歩進める形へと導き、最終的に三枝がやろうとしていたことがすべて明らかになるんです。ドラマを観た方々の背中を押してくれる、感動をもたらす物語になっているなと思いましたね。 

――昭和の漫画を原作としながらも、とても現代性のあるドラマになっていたことにも驚きました。ディーンさんご自身は、演じながら本作のどんなところに魅力を感じましたか?

脚本を読んだ段階でも思いましたけど、ホテル業界を舞台にしながらも、それ以外の産業においてもヒントになるような、具体的なアプローチが提示させているなぁと思いながら撮影していたことを覚えています。例えるなら、熱が伝導しないもの同士が接着しているところに電気を通すのが、僕が演じた三枝の役目なんじゃないかと思うので。センシティブなトピックも含んでいるし、「そんなにうまくいくはずないだろう」といったツッコミもあるとは思うのですが、僕としては意外とどれも腑に落ちるようなアプローチだったんですよね。虚構の世界の物語だからこそ、凝り固まった価値観にとらわれずに新しいビジョンを提示できるんだろうなと。改めて映像作品の力を感じましたし、エンタメだからこそ軽快に考えるきっかけや新しい解決方法につながるような問いかけも含められる。もちろんヒューマンドラマとしても楽しんでいただけると思いますが、連続ドラマW枠だけあって、ちゃんと社会派の側面もある。そういった意味でも、見ごたえのある作品になっていると思います。

――撮影中、特に印象に残ったエピソードはありますか?

映像作品の撮影って、基本的には過酷なケースの方が多いんです。普段絶対に行かないような場所で、絶対にやらないようなことをやるような(笑)、まさに肉体労働でありながら、感情労働とも言えるので。でも今回は、ホテルが舞台の作品だったこともあって、電気・水道・下水・冷暖房フル完備! ホテルニューオータニさんをメインにベースを組ませていただけたので、荷物を広げたままにしておけたのもありがたかった。移動するたびに片づけるのは結構大変で、それだけで睡眠時間が1~2時間削られてしまうところ、ここならその分長く寝ていられるんです。こんなプロジェクトなかなかないですよね(笑)。外的な要因に一切邪魔されずに作品作りに集中できる快適な環境だったおかげで、より良いものにしたいと思ったときにも粘りが効くというか。作品づくりに欠かせない余力が生まれるんです。

――これまで海外で長く活躍されてきたディーンさんが、いまコロナ禍で日本にしばらく滞在しているからこそ、見えてきたことはありますか?

そうですね。ここ2年半ぐらいずっと日本にいるんですが、こんなに長い期間滞在するのは20年ぶりくらいかもしれない。四季折々の日本を2周半ぐらい体験してみて、より解像度が高い形で、この国や社会、この土地のことを見られるようになったなと思います。コロナ禍になるまでは常に飛行機で移動しながら仕事をしていたので、移動によって断ち切られるものがどうしてもあったのですが、コロナによって物理的に移動が制限されたことで、効率よく出来ることも増えて、また以前とは違った形の自由が生まれた。一つの社会に多角的に設置面を持てたことで、輪郭がくっきり見えるようになってきたところもありますね。