2024年春に開業予定の北陸新幹線金沢~敦賀間に関連して、JR西日本と石川県、福井県が並行在来線の資産譲渡に合意した。JR西日本と国からの支援が手厚く、各県やIRいしかわ鉄道、ハピラインふくいの負担はほぼゼロとなった。しかし沿線人口の減少傾向から、運賃値上げを予定している。一方、敦賀~新大阪延伸は着工の見通しが立たない。
並行在来線となる北陸本線金沢~敦賀間のうち、金沢~大聖寺間はIRいしかわ鉄道が引き継ぎ、延伸開業となる。大聖寺~敦賀間は新会社「ハピラインふくい」が引き継ぎ、新規開業する。どちらも自治体が出資する第三セクター鉄道だ。報道によると、JR西日本と石川県は8月17日、JR西日本と福井県は8月26日に資産譲渡額で基本合意したとのこと。
JR西日本から石川県への譲渡額は68億円。金沢駅から福井県境までの線路(51.5km)と駅舎・土地、普通列車用の車両16編成32両、除雪車1両などが含まれる。想定する簿価約94億円のうち、特急列車の廃止等で不要になる設備の撤去費用として26億円を差し引いた。
石川県はJR西日本に68億円を支払うことになるが、このうち31億円については、石川県が国の地域鉄道支援に対する地方財政措置(交付税)を利用する。残りの37億円は、JR西日本が経営分離から10年間にわたり社員約180人の人件費として負担する。実質的にIRいしかわ鉄道の負担はない。
譲渡資産の中には、JR金沢駅の高架下用地も含まれる。そこにはJR西日本の関連会社が運営する商業施設「金沢百番街」があり、その賃料がIRいしかわ鉄道の収入になる見込み。10年間で約34億円になるという。
JR西日本から福井県への譲渡額は約70億円。石川県境から敦賀駅までの線路(79.2km)と普通列車用の車両16編成32両などが含まれる。福井県はJR西日本に約70億円を支払うことになるが、国からの交付税支援があるため、実質負担は約39億円となる。残りの約31億円について、JR西日本が開業後10年間にわたり、出向者約170人の人件費の半額にあたる約47億円を負担する。鉄道資産の譲渡前に、JR西日本が約13億円規模の修繕も実施する。
JR西日本からの支援総額は福井県の負担額を上回るため、かなり好条件といえるだろう。譲渡資産の中にJR福井駅の高架下用地も含まれており、テナント料として年間1億円を見込めるという。
■運賃は値上げ、利用促進策が必要
しかし、手厚い支援を受けて並行在来線区間が営業開始しても、ドル箱だった特急列車の廃止や沿線人口の減少にともない、利用者の減少傾向が続くとみられ、苦しい経営になると考えられる。IRいしかわ鉄道は既存区間も含め、延伸後10年間で累計87億円の赤字を見込む。ハピラインふくいも、JR貨物からの線路使用料を加味しても11年間で約70億円の赤字を見込んでいる。
石川県や沿線自治体は、JR西日本から引き継ぐ区間の運賃について、現行料金から14%程度の値上げを検討しており、6年目から19%の値上げとする。ただし、発足から5年間は通学定期券の値上げを行わない。さらなるコスト削減策として、無人駅を増やす検討も行う。赤字を運賃に転化するなら46%の値上げが必要という試算もあったが、それよりかなり低い値上げになる。
福井県はハピラインふくいの運賃について、2021年10月に福井県並行在来線地域公共交通計画で明らかにしている。開業から5年間はJR西日本の現行運賃より15%程度の値上げ、6年目から20%の値上げを見込む。通学定期は5%の値上げにとどめる。普通運賃は並行する福井鉄道とほぼ同じとなるため、「安いからJRを選んだ」という利用者が福井鉄道に移行する可能性はある。
IRいしかわ鉄道、ハピラインふくいともに利用促進策が必要だろう。ハピラインふくいは快速列車の運行を計画している。特急列車が新幹線に移行する一方、独自に金沢~福井~敦賀間を走る有料列車があってもいいと思うが、どうだろうか。新幹線で大都市圏と地域をつなぐ列車を走らせ、並行在来線で沿線の人々に密着した有料列車を走らせる。棲み分けは可能ではないか。
■観光誘致策が始動
8月2日に「北陸デスティネーションキャンペーン」の初会合が行われた。デスティネーションキャンペーンはJR旅客6社と地方自治体、旅行会社等が協働して実施する大型旅行キャンペーンで、春・夏・秋・冬の年4回開催される。毎年冬は「京の冬の旅」(京都)が慣例となっており、春・夏・冬は日本各地で展開される。
「北陸デスティネーションキャンペーン」は富山・石川・福井の北陸3県で開催予定。キャンペーンのキャッチフレーズは次回会合で決定するという。ちなみに現在、2022年夏は岡山県で「こころ晴ればれおかやまの旅」、2022年秋は西九州新幹線開業に関連して佐賀県・長崎県で開催され、「あなたの旅のコンパスをSとNへ 佐賀と長崎へ 出発進行!」がキャッチフレーズに決定している。
北陸新幹線の敦賀延伸開業は2024年春の予定だが、2024年春のデスティネーションキャンペーンは福岡県・大分県で決定済み。「北陸デスティネーションキャンペーン」は2024年秋の開催となる。秋の北陸といえば、11月からズワイガニのシーズンになるなど、食の楽しみが増える時期だ。
8月27日、北陸新幹線白山総合車両所に併設される観光施設の起工式が行われた。「(仮称)白山総合車両所ビジターセンター」は鉄骨造5階建て、延床面積は約4,000平方メートル。小田急電鉄「ロマンスカーミュージアム」(神奈川県海老名市)、東武博物館(東京都墨田区)、地下鉄博物館(東京都江戸川区)とほぼ同じ面積を有する。
JR西日本が協力し、館内から専用歩道橋で白山総合車両所の検車庫に入り、実際の車両の点検の様子を見学できる。展示施設には新幹線の車両部品、運転シミュレーター、線路や架線の検査を疑似体験コーナー、ジオラマシアターを設置予定。展望室や展望デッキから新幹線の走行を眺められる。周辺の観光情報、特産品の販売も行われるという。
■敦賀駅以西は着工の見込み立たず
北陸新幹線は1973年、「東京都~長野市~富山市~小浜市~大阪市」の路線として整備計画が決定した。このうち東京~大宮間は東北新幹線、大宮~高崎間は上越新幹線に乗り入れる。1997年10月に高崎~長野間が開業、2015年に長野~金沢間が開業し、2024年春に金沢~敦賀間が開業する予定。敦賀~新大阪間については、沿線自治体などが「2023年度の着工、2030年度末の開業」を求めている。
ただし、工期が15年と見積もられているため、2023年度に着工しても、開業は2038年度になる。8年の前倒しは財源獲得と工期短縮の両面において厳しい状況だ。国土交通省は財源確保の見通しから、「2031年度着工、2046年度開業」と想定している。
2023年度の着工が難しい理由は、環境アセスメントの本調査が完了していないから。京都府の一部地域で本調査の理解が得られず、調査開始が遅れていた。5月20日、国土交通省はすべての沿線地域で環境アセスメントの現地調査に着手したと与党PTで報告した。
しかし、着工条件には「環境アセスメント手続きの完了」があるため、国土交通省は2023年度予算の概算要求に組み入れられなかった。新幹線関連の概算要求は2022年度と同じ804億円。北陸新幹線延伸については具体的な金額を明示せず、「事項要求」という形で国費増額を求める考えだという。年末の予算編成までに着工の見通しが立つか否か。環境アセスメントの結果が待たれる。