高山本線経由の特急「ひだ」は名古屋駅発着のイメージが強いが、大阪駅発着の列車も上下各1本設定されている。新型車両HC85系の導入にともない、置き換えられる予定のキハ85系で運転される高山発大阪行の上り「ひだ36号」に乗車した。

  • 高山本線で併結運転を行う「ひだ36号」(大阪行)・「ひだ16号」(名古屋行)

■JR東海の特急列車の礎を築いたキハ85系

キハ85系は、国鉄時代に活躍したキハ82系の置換えを目的に開発された特急形気動車。1989(平成元)年、特急「ひだ」でデビューした。軽量ステンレス車体で、先頭部のみ鋼製・白色塗装としており、これは後に登場するJR東海の車両でも踏襲された。大型連続窓などの採用により、より眺望を楽しめる車両となった点も特徴。JR東海の特急用車両は383系・373系も大型窓を特徴としており、今年3月のダイヤ改正まで、列車名にも「ワイドビュー」の愛称が付いていた。

もうひとつ、キハ85系の特徴として、米国カミンズ社製のディーゼルエンジンを採用した点も挙げられる。外国製の高性能エンジンの採用により、大幅なスピードアップを可能にした。キハ85系の後、JR東海は国鉄型車両も含めてカミンズ社製ディーゼルエンジンを導入することになった。1992(平成4)年、特急「南紀」もキハ85系に統一。以降、キハ85系はJR東海の非電化区間を走る特急列車の顔として活躍を続けてきた。

  • 高山駅構内のキハ85系。その奥にHC85系の姿も(筆者撮影)

振り返ると、キハ85系はJR東海の看板列車というだけでなく、同社の在来線車両に大きな影響を与えたことがわかる。

■高山駅から大阪駅まで4時間17分の旅路に

7月下旬の休日、筆者は名古屋駅から高山駅まで新型車両HC85系の下り「ひだ1号」に乗車。その後、高山駅からキハ85系の上り「ひだ36号」に乗車した。「ひだ36号」は高山駅を15時33分に発車し、途中の岐阜駅まで名古屋行の「ひだ16号」と併結運転を行う。今回は普通車自由席を利用するため、発車時刻より少し早く、15時前に高山駅へ戻ってきたが、改札前ではすでに列車を待つ乗客たちの列ができていた。

  • 橋上駅舎となった高山駅。東側の出入口は「乗鞍口」と命名された(筆者撮影)

15時に改札を終えると、2番ホームにキハ85系が7両編成で入線していた。岐阜方の前3両が大阪行の「ひだ36号」、後ろ4両が名古屋行の「ひだ16号」で、「ひだ36号」の自由席車両は先頭車の1号車。乗車当日、1号車は前面展望が可能な非貫通タイプの車両だったこともあり、最前列の座席は早速埋まっていた。

キハ85系の車内における特徴として、座席部分の床が一段高いハイデッカー構造になっている点が挙げられる。1980年代後半から1990年代にかけて流行した構造だが、バリアフリー対策の影響もあり、急速に姿を消していった。ハイデッカー構造と非貫通タイプ車両の先頭部を見れば、いかにキハ85系が眺望を意識した車両だったかよくわかる。

一方、和式トイレや狭い洗面台といった車内設備を見ると、30年前の車両であることを否応なしに実感する。HC85系では客室内に設置されていた大型荷物置場もキハ85系にはなく、かろうじてスキー板が置ける程度のスペースしかない。

座席はやわらかく、座り心地も非常に良い。足もとにフットレストがあり、コンセントがないことを除けば、現在でも十分通用する設備だと思う。

  • キハ85系の客室内。座席部分の床が一段高いハイデッカー構造になっている(提供 : 写真AC)

上り「ひだ36号」「ひだ16号」は定刻通り高山駅を発車。豪快なエンジン音を響かせ、一気に加速した。HC85系に乗車した後ということもあってか、ディーゼルエンジンからの小刻みな揺れが妙に懐かしく感じられた。

高山駅を発車した「ひだ36号」「ひだ16号」は、飛騨萩原駅、下呂駅、美濃太田駅の順に停車し、高山本線を約2時間で走破する。特急「ひだ」がキハ82系だった時代、1987(昭和62)年5月の時刻表を見ると、高山駅から岐阜駅まで所要時間は約2時間30分だった。当時と比べて約30分も短縮されており、改めてキハ85系が果たした功績の大きさを感じる。デビューから30年以上が経過したものの、走りそのものは衰えていない。

  • 高山本線を走る特急「ひだ」

17時37分、岐阜駅に到着。ここで大阪行「ひだ36号」と名古屋行「ひだ16号」の切離し作業が行われる。「ひだ36号」は17時44分に岐阜駅を発車。名古屋行とは異なり、岐阜駅で進行方向を変えることなく、東海道本線を西へひた走る。岐阜駅を発車した列車は、途中の大垣駅、米原駅、草津駅、京都駅、新大阪駅の順に停車する。

ところで、もし「ひだ36号」に乗車する機会があれば、大垣駅を発車した後の車窓風景に注目してほしい。同列車は大垣~関ケ原間にて、通称「新垂井線」と呼ばれる東海道本線の別線を通る。

  • 「新垂井線」は垂井駅の北側を走る東海道本線の別線。かつて新垂井駅も設置されていた(国土地理院地図を加工)

「新垂井線」は1944(昭和19)年に開業。垂井駅の北側を通る下り列車専用の路線で、垂井駅経由と比べて勾配が緩やかになっている。垂井駅には立ち寄らず、途中駅もないが、かつて「新垂井線」にも途中駅があり、下り列車のみ停車する新垂井駅が設置されていた。新垂井駅は1986(昭和61)年に廃止となっている。

現在、定期旅客列車では「ひだ36号」をはじめ、名古屋駅から北陸方面へ向かう特急「しらさぎ」の下り列車などが使用するのみとなっている。垂井駅へ向かう線路と分かれ、大きくカーブして「新垂井線」に入ると、単線で沿線に人家も少なく、垂井駅経由とは雰囲気の異なる車窓風景になる。目を凝らして見ると、新垂井駅跡と見られる遺構も発見できた。関ヶ原駅までの10分少々だが、なかなか見どころが多い。

「ひだ36号」は18時22分、米原駅に到着。ここでJR西日本の乗務員に交代する。車内を観察すると、東海道本線内での利用も一定数あるようで、大阪直通の「ひだ」が岐阜~大阪間の輸送も担っていることがうかがえる。

  • 高山駅を発車してから4時間以上。日が暮れて真っ暗になる中、「ひだ36号」が大阪駅へ

米原駅から大阪駅まで約1時間30分を要する。滋賀県内での停車駅が多い新快速とさほど変わらない所要時間であり、新快速の間を縫うように走っていることもわかる。その影響もあり、米原駅を発車すると70km/h程度で走行するため、高山本線よりも遅くなり、なんとももどかしく感じられてしまう。高山駅発車から4時間17分後、19時50分に「ひだ36号」は終点の大阪駅に到着した。

■大阪直通の「ひだ」は生き残るのか

JR東海の特急用車両による大阪駅への乗入れは、特急「ひだ」の他に、かつて特急「しなの」でも行われていた。「しなの」の場合も上下各1本が大阪駅発着だったが、2016年3月ダイヤ改正で廃止されている。大阪~名古屋間の新幹線利用が増加し、「しなの」の利用が減少したためとされているが、前年の北陸新幹線長野~金沢間開業により、特急「サンダーバード」から北陸新幹線への乗換えが大阪~長野間のルートとして確立されたことも大きいだろう。

では、大阪駅発着の「ひだ25・36号」も将来的には危ういのだろうか。筆者が思うに、大阪駅から高山駅まで、東海道新幹線名古屋経由であっても所要時間は4時間前後であり、多くの場合、「ひだ25・36号」とさほど変わらない。運賃・料金は「ひだ25・36号」のほうが2,000円ほど安い。大阪~高山間は高速バスもあるが、所要時間は約5時間を要する。

  • 大阪駅発着の特急「ひだ」は現在もキハ85系で運転

このような現状を勘案すると、大阪直通の「ひだ」は今後も存続するのではないか。そうなると、大阪直通の「ひだ」も現行のキハ85系から新型車両HC85系への置換えが予想される。いずれにしても、早く大阪駅でHC85系を見てみたいものだ。