国内初の熱気球を使った観光サービスが始まった。ジャパンバルーンサービスが渡良瀬遊水地で運行する「熱気球観光フライト」は、日本最大級の大型熱気球に乗って、最高高度約1,000m の上空を優雅に楽しめる内容となっている。そこで早速、メディア体験会に参加してきた。

  • ジャパンバルーンサービスの熱気球観光フライトの料金は、大人3万円、子ども2万円

初めての熱気球、楽しいの? 怖くないの?

熱気球は風の穏やかな早朝に離陸する。そこで前日の晩、渡良瀬遊水地の近くのビジネスホテルに宿泊。夜中の3時に起床し、クルマで現地へ。途中、施設の駐車場でジャパンバルーンサービスの送迎ワゴンに乗り換え、熱気球の離陸地点に到着したのは4時過ぎのことだった。

  • 時刻は午前4時過ぎ、熱気球乗りの朝は早い

広い敷地ではすでに熱気球を膨らまし始めている。大きなファンで風を送り、さらにはバーナーで炎を焚くことで、みるみる膨らんでいく熱気球の球皮。空が白み始めた頃には、いつでもフライトできる状態になった。ちなみにこの日、現地の日の出の時刻は4時45分。まさに日の出とともに離陸となりそうだ。

  • 使用機体はイギリス製の「BNS1号」(※購入価格2,000万円弱)で、日本国内では、これほど大きな熱気球は飛んでいないそう

全員が搭乗すると、バスケット(搭乗席)は静寂の遊水地から、とても静かに"フワッと"空に浮かび上がった。熱気球が初体験の筆者は「こんな離陸の仕方をするんだ」とあらためて驚く。10m、20m、50m、100m―――。あっという間に地上が小さくなっていく。

  • 熱気球は静かに地上から離れ、その離陸の仕方は、飛行機ともヘリコプターともまるで異なった

ところで熱気球といえば、外国(トルコのカッパドキアなど)で人気の観光フライトを連想する人も多いだろう。しかし日本国内においては観光フライトのサービスが存在せず、熱気球は長らく"愛好家"だけが楽しめる乗り物だった。

「自然の美しい日本において、これまで熱気球の観光フライトがないのを寂しく思っていました」と話すのは、観光フライトに認可を出している日本熱気球事業協会の理事長であり、自身もオーストラリア民間航空安全庁認定熱気球事業用パイロットの資格を持つ副島弘壮さん。

この日のフライトにも副パイロットとして同乗し、上空で色んなことを教えてくれた。

  • 9名が搭乗した機内

  • 気が付かないうちに高度が上がっている

副島さんによれば、外国では熱気球を「航空機」として取り扱うため、法整備も万全。逆に日本では熱気球を航空機と認めておらず、このため法律も定まっていない状況だと言う。

そこで副島さんの所属する協会ではオーストラリアの免許制度をベースに、日本国内で観光フライト事業を行うためのライセンスづくりから始めた。

  • バーナーを焚いてさらに高度を上げる

「今朝はちょっと雨が降ったんで、空気が澄んでいますね。熱気球から見える景色は、季節によっても変わるんです」と副島さん。例えば、この時期(夏場)は葦が綺麗に生い茂る様子を見下ろせる。秋は刈り入れどきの稲田が美しく、冬は空気が澄んでいて遠くまでの見晴らしが良い、とのことだ。

  • 思わず地上を見下ろす筆者

  • 眼下に広がる長閑な田園風景

「上空300mまで上ると、日の出も見られると思います」という副島さんの言葉通り、しばらくすると雲の向こうから眩しいほどの朝日が大地を照らし始めた。朝もやの中、鳥の群れが隊列を組んで熱気球と同じ高さを飛んでいくのも確認できる。

そして目線を地上に落とせば、米粒より小さなクルマが道路を走っていった。それにしても空の上は静かだ。時おりパイロットが焚くバーナーの轟音がなければ、ほぼ無音の環境と言って良い。

  • 空の上から朝日に照らされる大地を眺める。最高に気持ちが良い 提供:Photographer:MIYUKI UMINO

  • 草原には熱気球の影が映り込んだ

北の方角には日光の男体山、その左手前に群馬県の赤城山、浅間山も見える。そして南の方角には、少しボヤけてはいるが東京スカイツリー、新宿副都心も見えた。

  • 直線距離にして64km は離れているという東京スカイツリーも確認

「先日は80代のお客さんを乗せました。1回飛んでみたかった、空に憧れがあった、そうおっしゃるお客さんも多いんです」と嬉しそうに話す副島さん。また逆に、高いところは苦手だったという人からも「空に上がってみたら大丈夫だった」「熱気球は不思議と怖さを感じない」などの声が寄せられているという。どうしてだろうか?

  • 不思議と怖さは感じない?

かくいう筆者も、搭乗前には少しの不安があった。命綱も着けず、パラシュートもないけれど、本当に大丈夫なんだろうか―――。でも実際に飛んでみると、不安はすぐに解消した。その理由は、ほとんど揺れを感じないから。ここまで飛行が安定していると、もはや"空を飛んでいる"という意識さえ希薄になってくる。

  • 空から鳥目線で自然を眺める 提供:Photographer:MIYUKI UMINO

もちろんジャパンバルーンサービスでも、万全を期してフライトに臨んでいる。例えば、風速が3m 以上ある日には飛ばない。また、太陽が出た後も飛ばない。温められた空気による上昇気流を警戒してのことだ。熱気球を飛ばす機会は1日に1回だけ、それも風の穏やかな早朝に限るとしている。

  • 風の穏やかな早朝のフライト

この日の熱気球は若手パイロットの山下太一朗さんが操縦し、副パイロットを副島さんが務めたほか、これまで1万人くらいの観光客を熱気球に乗せてきたというベテランパイロットの石原三四郎さん(オーストラリア民間航空安全庁認定熱気球事業用パイロットであり、協会の相談役も務める)も同乗した。

副島さん、山下さん、石原さんはいずれも熱気球の盛んな佐賀県の出身者だそう。日本熱気球事業協会では、いま後進のパイロットの育成にも力を注いでいる。もともと山下さんも、ベテランの石原さんらに操縦を学んだ人物。いま協会には事業免許の取得者が5名いると言う。

  • 住宅街にも朝が訪れる

熱気球を使った観光サービスの展望

ところで、熱気球はどうやって東西南北に移動しているかご存知だろうか。パイロットが調節できるのは高度のみ。したがって、目的地に移動するには風の力を頼るしかない。

「吹いている風は、高さによって向きも速さも異なります。その日、乗りたい風がどこに吹いているのか、飛行前に天気図や予報で調べたり、ヘリウムの風船を飛ばして調べたりします」と副島さん。

本機はこれから北東から吹いてくる風を捕まえにいきます、高いところに吹いている風を使えば予定していた場所に行けそうです、と笑顔で教えてくれた。

そして爽やかさで満たされた45 分ほどのフライトを終えると、熱気球は高度を落としながら着陸地点に向かった。乗客は皆、ロープを掴んでかがみ、安全姿勢をとった。5時50分、熱気球は無事に草むらに着陸。副島さんによれば、良い着陸地点とは「乗客が安全に降りられる」場所で、かつ「トラックでピックアップしやすい」場所だという。

  • 大きな衝撃もなく、無事に着地

  • みんなで協力して、球皮から空気を抜いていく

観光フライトを実施する場所として、なぜ渡良瀬遊水地を選んだのだろう?

そんな問い掛けに、日本熱気球事業協会の事務局長である町田翔吾さんは「渡良瀬遊水地は、これまで熱気球の愛好家が何十年も空を飛んでいた土地なんです。地元農業への影響も少なく、1年中、安定した気象条件で飛べるのがメリットです。東京からもアクセスしやすいため、観光フライトを展開すればお客さんも呼びやすい。そういった理由で決めました」と明かした。

そして、ゆくゆくは北海道、あるいは富士山の近くなど、全国各地でもサービスを展開していければ、と意欲を示す。

  • 日本熱気球事業協会事務局長の町田翔吾さん(左)と、同理事長の副島弘壮さん(右)

2人は「今後、日本には安全に飛べる観光用の熱気球があるということを、国内外の人に宣伝していきたい」と話していた最後に、熱気球の魅力について副島さんに聞いた。

「風の状況って10分もすれば変わるので、熱気球のフライトも毎回、違うルートをたどります。だから明日は、またきっと違う景色が見られる。こちらの思い通りにはならないところが、熱気球の楽しさだと感じています」(副島さん)。