新型「シビック タイプR」の開発コンセプトは「アルティメイトスポーツ2.0」(Ultimate SPORT 2.0)。「アルティメイト」とは「究極の」とか「最後の」といった意味だが、そうすると、今回の新型はシビック タイプRの集大成、つまり最後の1台となるのだろうか。
タイプRの集大成?
ホンダは2040年に全ての4輪車を電気自動車(EV)か燃料電池車(FCV)にすると宣言している。今回の新型シビックは、日本国内と米国ではガソリンエンジン車とハイブリッド車(HV)の併売だが、欧州はHVのみ。電動化が進むホンダで、同社を代表するシビックの高性能版「タイプR」がガソリンエンジンターボ車として登場するのは、これで最後との思いが込められているのではないか。開発コンセプトを聞いて、そんな風に感じた。
スポーティーな運転を楽しめる高性能車が前輪駆動(FWD)であるのは、稀な例だ。後輪駆動(RWD)や4輪駆動(4WD)が一般的といえるだろう。しかしホンダは、1992年にミッドシップカーとしてRWDの「NSX-R」を生み出した後、1995年の「インテグラ」、そして1997年の「シビック」にそれぞれタイプRを設定し、FWDで高性能車種の開発に取り組んできた。
誰もが乗れる乗用車としてのFWDを高性能車に仕上げることには苦労があったはずだ。それでも、前型のシビック タイプRはFWDの弱点となりがちなアンダーステアを抑え込み、操る喜びを体感させる仕上がりとなっていた。しかし同時にまた、繊細な運転操作を行わなければ、タイヤの限界付近では制御の難しさを感じる場面もあった。FWDの高性能車はRWDやミッドシップよりも、クルマとの対話を深めなければ性能を存分に引き出すのが難しいのかもしれない。
新型タイプRにはまだ乗っていないが、開発責任者の柿沼秀樹氏は「アルティメイトスポーツ2.0として、グランドツーリング性能も加味した」と語った。柿沼氏は前型タイプRの開発も率いた人物だ。
「グランドツーリング」とは長距離の旅であり、クルマでは「GT」と名付けられる車種がこれにあたる。スポーツカーとGTカーは日本では混同されがちだが、実は異なる。イタリアのフェラーリはスポーツカーだが、ドイツのポルシェはGTカーである。したがって、フェラーリは純粋に運転を楽しめるが、ポルシェは高性能でありながら日常的にも運転しやすく、また長距離移動でも疲れにくい仕立てとなっている。
タイプRも、これまでは運転を純粋に楽しむためのクルマという位置づけだったかもしれない。好きな人には、「走るためのクルマ」の雰囲気を日常でも味わえることが楽しみのひとつだったのだろう。しかし、同乗者にも同じことがいえたかどうかはわからない。グランドツーリング性能が加わった新型タイプRは同乗者にも快適で、長距離移動でも疲れない乗り心地でありながら、いざ運転に集中して性能を引き出そうとしたときには、前型以上に高度な走行感覚を味わわせてくれるのではないか。
こうした性能は、クルマとして究極の姿である。一般に、快適性と運転の楽しさは相反する性能と思われているが、タイヤをきちんと接地させ、エンジンの出力を逃すところなく路面に伝えて走ることは、乗り心地にも速さにも通じる要件である。
やり切った? 新型タイプRは内容ぎっしり
新型シビックは「インナー骨格ボディ」という構造と「超高張力鋼板」(高剛性と軽量化を両立した鋼板)を採用し、つなぎ目には溶接に加え接着も駆使することで、車体を大幅に進化させた。車体後ろのゲートを樹脂化するなどの軽量化も行っている。軽くてもしっかりとした剛性のある車体は、サスペンションの上下の動きをしなやかにし、タイヤの路面への追従性能を高める。すなわち、快適で速いシャシーになっている。
ガソリンターボエンジンは、回転を安定させるフライホイールの軽量化と慣性力の低減により、いっそう軽やかな回転を生み出す。小型のターボチャージャーは翼の枚数や形状、ハウジングの形状などの見直しにより効率が向上。同時に慣性力は低減し、アクセル操作に対する応答はより俊敏になった。高出力なだけでなく、軽快で伸びやかに回ることでも定評のあるホンダエンジンが、さらに快い回転となっているのではないだろうか。
変速機はマニュアルシフトの6速だ。変速でエンジン回転と連動させる「シンクロメッシュ」という仕組みを改善したことにより、2速から1速へのダウンシフトも滑らかに行えるようになっているという。
外観は前型に比べ大幅に洗練された。扁平タイヤを覆うフェンダーには従来からオーバーフェンダー的な造形を用いていたが、新型タイプRではフェンダー全体が膨らみをもった滑らかな造形となっている。リアウイングを含め、ホンダがレースで培ってきた空力をいかした形であるとのことだ。
室内は赤のカーペットと赤の座席で、これをデザイナーは「レッドカーペットと深紅の玉座」と表現した。究極のタイプRに見合う特別な運転席を用意したかったそうだ。メーターの表示にはレーシングカーの実用性や合理性を取り入れており、ことにエンジン回転計は丸いアナログタイプではなく、横へのびるグラフ状の表示とした。前方を見つめていても視界の下端で回転の様子がわかるので、変速の機会がつかみやすいはずだ。
走行モードは「コンフォート」「スポーツ」「+R」に加え、新たに「インディビジュアル」を設定。エンジン/ステアリング/サスペンション/エンジンサウンド/レブマッチ/メーターの6つの要素を自分好みに調整できる。
シビック タイプRとして、やり尽くしたといえる内容ではないだろうか。
シビックには初代から、「RS」(ロード・セーリング)という高性能車が設定されていた。のちに高性能仕様は「Si」と呼ばれるようになり、その後にタイプRが生まれた。
人々の生活を快適にする実用車として誕生したシビックは、環境問題となっていた排出ガス対策をCVCC(複合渦流調整燃焼方式)により世界に先駆けて実現したクルマでもある。そのうえでRSを設定したのは、ホンダが高性能車による運転の喜びを忘れていなかったからだ。暮らしを支える人々のクルマ=シビックは、実用性や環境適合性だけでなく、乗る人に喜びをもたらすという価値も大切にしてきた。
シビックは2022年で50周年を迎える歴史あるクルマだが、50年前と今とでは人々の生活が様変わりしている。歴代のシビックは、それぞれの時代に合わせて進化を遂げてきた。今や3ナンバー車になったシビックだが、「大きくなったらシビックではない」ということはない。
「人々のクルマ」というシビックの価値は変わっていない。新型シビックは排気量わずか1.5Lのガソリンターボエンジン車を皮切りに、脱二酸化炭素(CO2)を推し進めるHVの「シビック e:HEV」、そして運転を楽しませる「シビック タイプR」とラインアップをそろえてきた。それは1.2Lガソリンエンジン車、CVCC適合車、RSをそろえていた初代シビックの車種構成と何ら変わらない。見た目は50年前と違っても、シビックは今なおシビック(=人々のためのクルマ)であり続けているはずだ。