是枝裕和監督最新作『ベイビー・ブローカー』(公開中)で、韓国人俳優初となる「第75回カンヌ国際映画祭」最優秀男優賞を受賞したソン・ガンホ。今や世界的名優となった彼だが、是枝監督との「いつか一緒に映画を作ろう」という約束が結実した本作は、「俳優としても多くの気づきをもたらしてくれる作品になった」と明かす。カンヌでの受賞は「もちろん光栄なことだけれど、それが絶対的な価値を持つものだとは思っていない」という彼が、俳優として最も大切にしていることや、是枝監督と過ごした特別な時間について語った。

  • 『ベイビー・ブローカー』で主演を務めたソン・ガンホ (C)Yoshiko Yoda

■是枝作品は「社会を映し出す怖さも希望の花を咲かせる部分も」

本作は、“赤ちゃんポスト”に赤ちゃんを預けた母親、預けられた赤ちゃんを、子供を欲しがる人に斡旋するベイビー・ブローカーの男たち、彼らを現行犯逮捕しようと追う刑事らが繰り広げる旅路を描いたヒューマンドラマ。「第75回カンヌ国際映画祭」で主演のガンホが最優秀男優賞を受賞したほか、キリスト教関連の団体から「人間の内面を豊かに描いた作品」に与えられる「エキュメニカル審査員賞」も受賞した。

本作の来日舞台挨拶の際、是枝監督は「15年以上前に釜山の映画祭で、『韓国でもし映画を撮るなら誰で撮りたいですか』と聞かれた時に、ソン・ガンホさんの名前を出させていただいた。そのインタビューを終えてエレベーターを待っていたら、そのエレベーターが開いたときにソン・ガンホさんがいた」と運命的な出会いについて語っていた。ガンホも『誰も知らない』(04)で初めて是枝監督作品に触れてから「ずっとファンだった」そうで、「いつかタッグを」と相思相愛の思いを抱き、数年間からその実現に向けて是枝監督と対話を重ねてきたという。

本作でその長年の約束が叶ったが、ガンホは「長い時間がかかったけれど、作品として実を結ぶことができた。本当にうれしいです」としみじみ。「今回の撮影を通して、是枝監督の人生を捉える視点や、社会を冷静に見つめる芸術家としての眼差しを、より身近に感じることができた」と話す。

「私は本作でベイビー・ブローカーの男を演じましたが、ブローカーという設定が重要な部分ではないと思っています。本作は、こういった設定、題材を通して、私たちが生きている社会の空気や、社会がどのように成り立っているかを語っている映画だと感じています。是枝監督は、物語に劇的な加工をするわけではなく、非常に冷静な眼差しで社会を見つめている。そういった意味では、是枝監督作品には、現実を感じさせられる怖さのようなものもありますね」と社会の問題を浮き彫りにする是枝監督の手腕にうなり、「本作は、『誰も知らない』の延長線上にあるような映画とも言えるかもしれません」と分析。「社会を映し出す“怖さ”もありながら、同時に観客の心の中に希望の花を咲かせるような部分もある」と是枝監督作品の魅力を語る。

■映画祭での受賞は光栄なことだけれど「目標になることはない」

ガンホは本作で、古びたクリーニング店を営みながらも借金に追われ、ベイビー・ブローカーを裏家業としている男・サンヒョンを演じた。苦しい状況にいる男も、ガンホが演じるとどこかチャーミングで目の離せない存在となってスクリーンに登場する。世界的にも彼の名演が注目を集め、「第75回カンヌ国際映画祭」では見事に最優秀男優賞を受賞した。

レッドカーペットではスマートに投げキッスをお見舞いし、会場を盛り上げていたガンホ。「はしゃぎすぎたかな」と大笑いしながら、「後輩のキャストの皆さんは、カンヌが初めてということで、とても緊張されていて。それをなんとかほぐしたいなと思っていたんです」とにっこり。韓国人俳優初となる受賞は、彼にとってどのような意味があるものになったのだろうか?

ガンホは「是枝監督も同じだと思いますが、賞をもらうために演出をしていたり、カンヌ国際映画祭に出品するために映画を撮っているわけではないと思うんですね。それに、そういった目標を持ったからといって、実際に賞を獲れるわけでもないわけで」と口火を切り、「もちろん光栄なことだと思っていますし、俳優人生にとって最高の瞬間であることも事実です。でもそれが絶対的な価値を持つものだとは思っていません」とキッパリ。

「私が、映画人や芸術家にとって最も重要なことだと感じているのは、観客との疎通。これに尽きると思います。映画を通して観客とどのようにつながることができるのか、また心から共感してもらうためにはどうしたらいいのか、ということを最も大事に考えていて、そのために一生懸命、夢中になって映画を作っています。その過程に映画祭があり、受賞という光栄なこともあるかもしれません。ただそれが目標になることはありません」と真摯な眼差しを見せる。