日本歴代最強ボクサー井上尚弥が、約半年ぶりにリングに上がる。対峙するのは“フィリピンの閃光”ノニト・ドネア。一度は判定で勝利を収めている相手だが、眼窩底骨折を負わされるなど苦戦を強いられた難敵だ。

  • 場内が興奮の坩堝と化した2年半前の井上尚弥(左)とノニト・ドネアの激闘。「ドラマ・イン・サイタマ」が6月に甦る。(写真:AFP/アフロ)

日本人初の「4団体世界王座統一」を目指してきた井上だが、マッチメイクが思うように進まぬ中、階級アップへの方向転換も示唆。6月のドネア戦が、モンスターにとってのバンタム級「最後の闘い」になるのか? 井上は今度こそ、ドネアを倒せるのか?

■忘れ難き2年半前の死闘

「ワクワクしている。試合が決まった時に前回の試合を鮮明に思い出した。ドネアはモチベーションを上げてくれる存在。一度決着はついているが『ドネア2』では、判定ではなくKOで勝つ。期待して欲しい」
ようやく、井上尚弥(大橋)の今年初めての試合が決まった。
6月7日、さいたまスーパーアリーナでWBAスーパー、WBC、IBF…3本のバンタム級のベルトをかけてノニト・ドネア(フィリピン)と再び拳を交えることになる。その発表記者会見で井上は、明るい表情で意気込みを語った。

「ドラマ・イン・サイタマ」
あの死闘から2年半以上が経つ。
2019年11月7日、さいたまスーパーアリーナでのWBSS(ワールドボクシング・スーパーシリーズ)バンタム級トーナメント決勝で両雄は激闘を繰り広げた。

ドネアは、フライからフェザーまで5階級を制覇したレジェンドボクサー。だが当時すでに37歳目前で全盛期は過ぎている。無敗で絶頂期に突入した26歳、井上尚弥のKO勝ちを大方のファンが予想していた。井上の強打が炸裂すれば、ドネアは立ち続けてはいられまいと。

しかし、全盛期を過ぎてもドネアの左強打は健在、そして闘志も衰えていなかった。
2ラウンドに左強打をクリーンヒットさせ、井上の右眉下をカット、3ラウンドには鼻から出血もさせる。前へ出て果敢に打ち合い、モンスターにペースを握らせなかった。

そして9ラウンドには「ダウンを奪うのでは」と思わせるシーンも現出する。
強打を複数浴びせ相手の動きを止めたのだ。ここでは、カウンターを狙ってしまい攻めきれずも、井上がクリンチに逃れるシーンをつくり観る者を驚かせた。
11ラウンドに左ボディブローを刺されマットにヒザをつく。それでも、トドメを刺されることを敢然と拒否し試合終了のゴングを響かせる。

「ドラマ・イン・サイタマ」と称される名勝負が生まれたのは、ドネアが意地を見せたからだった。プロ入り後の井上が、もっとも苦しんだ一戦。
アリーナに集結したファンからドネアにも万雷の拍手が贈られる。“レジェンド”に相応しい激闘での現役生活のフィナーレ、そんな雰囲気が漂っていた。

  • 前戦(2019年11月7日)9ラウンド、ノニト・ドネア(右)の猛攻。井上が追いつめられるシーンに場内は騒然となった。(写真:日刊スポーツ/アフロ)

■ドネアが罠を仕掛ける

だがドネアの闘いは、ここで終わりではなかった。
「イノウエと、もう一度闘いたい」
試合後に、そう口にした彼は以降も苛烈な闘いに身を浸した。
約1年半後の2021年5月、米国カリフォルニア州カーソンでリングに上がりWBC世界バンタム級王座に挑戦。17戦(12KO)無敗のノルディーヌ・ウバーリ(フランス)と対戦し4ラウンドKO勝ちしタイトル奪取を果たす。
その年の12月には、WBC世界バンタム級暫定王者で無敗、自らよりも14歳若いレイマート・ガバリョ(フィリピン)を4ラウンドKOに葬った。完全復活を果たしたのである。

ドネアは言う。
「イノウエとの闘いを経験したことで、私は甦った。忘れていたものを取り戻したんだ。前回よりも研ぎ澄まされた自分を実感している。次の試合で私は罠を仕掛ける。そこでチャンスを見出して勝つ。イノウエは特別に優れたボクサーだと身を持って認識しているが、いまの私なら高いハードルを超えられる」

戦前の大方の予想は「井上優位」。海外のスポーツブックでも、井上がフェイバレットだろう。前戦の結果、井上の実力を考えれば、その予想は妥当だ。
ただ、それでも…と私は思ってしまう。
おそらくドネアは、今回の試合を「最終章」と位置付け、敵地で万感の思いを込めてリングに上がる。フィジカルをさらに仕上げつつ、すでに策も練り終えている。そして、驚異的な集中力を発揮しよう。緒戦を超える激闘は必至、モンスターにとって試練のリングとなる。

井上は話す。
「どんな罠を仕掛けられても対応する自信はある。罠の仕掛け合いになると思う。ドネアは、自分にとってモチベーションを上げてくれる存在。絶対に勝つ!
もう、王座統一戦とかそんなことは関係ない、いまはドネアを倒すことだけを見据えている。記録とかベルトにはさほど興味はない。この試合に勝ったら、次は階級を(スーパー・バンタム級に)上げるつもりもある」
この一戦が、井上尚弥にとってバンタム級ラストファイトになる可能性が高い。そして、予想を超える展開、危険な予感─。

文/近藤隆夫