3月16日深夜に発生した「福島県沖を震源とする地震(内閣府)」で、東北新幹線「やまびこ223号」が脱線した。この事故について、「過去の教訓が生きた」「震災の教訓生きず」という正反対の報道があった。一体どちらが正しかったか。正しくないほうはなぜ見解を誤ったか。そもそも脱線とは何か、理解を深めたい。

  • 「やまびこ223号」脱線事故現場となった「東京駅起点284k100m付近」(地理院地図航空写真より)

まず事故の状況を整理する。国土交通省の運輸安全委員会のサイトによると、発生場所は「東北新幹線 福島駅~白石蔵王駅間[宮城県白石市](東京駅起点284k100m付近)」。概要として、「当該駅間を走行中、地震を検知し、自動停止した。その後、車両を確認したところ、先頭1両目~4両目の全軸、6両目~8両目の全軸、9両目後台車の全軸、10両目前台車の全軸、11両目~17両目の全軸が脱線していた」とある。調査状況は「調査中」。死傷者数は「なし」。

3月24日時点の公式発表はこれだけだ。キーワードは「地震を検知し、自動停止した」と「死傷者数なし」。報道では強調されていないが、「死傷者数なし」は大きな功績で、東北新幹線の保守、安全管理、運行システムなどが正しく機能したことを示している。被害が軽度だったから「死傷者数なし」ではない。マグニチュード7.4、最大震度6強。現地の宮城県白石市は最大震度5強。下から突き上げるような揺れだった。その状況で「死傷者数なし」だ。高架橋と車両の破損は残念だが、地震対応としては成果があった。

公式発表で「調査中」とあるように、脱線事故の原因や経緯は公表されていない。事故調査は時間がかかるから、ここから先は筆者の推測、憶測も含むことを承知していただき、その上で考察を進める。

この脱線事故について、日本経済新聞電子版は3月17日付(3月18日更新)記事で「新幹線脱線、震災の教訓生きず 防止装置の効果不十分」と報じた。一方、朝日新聞デジタルは同日付で「東北新幹線、脱線しても横転はせず 過去の事故教訓に導入された装置」と報じている。新潟日報デジタルプラスは3月18日付で「東北新幹線脱線 横転防止で惨事回避中越地震の教訓生きる」とした。他紙の報道も、おおむね「過去の教訓が生きた」である。しかし日経だけは「震災の教訓生きず」とした。正反対の見方をした理由は何か。

■「縦揺れ」に脱線防止ガードは効かない

日経の記事では、JR東海とJR九州が「脱線防止ガードの設置を進めている」一方で、JR東日本は「逸脱防止ガイドとレール転倒防止装置に頼る方式を継続」とした。JR東海とJR九州は脱線を防ぐしくみに注力しているが、JR東日本の場合、脱線そのものを防ぐ効果は限定的という。また、新幹線の脱線対策状況として、「JR北海道99%、JR東日本44%、JR東海62%、JR西日本35%、JR九州17%」と表を掲げた。この表にも問題はあるが、後述する。

脱線防止ガードはレールの内側に平行して敷設される。構造としては逆L字型で、車輪がレールを離れようとした場合、車輪の内側に接触して脱線を防ぐ。

逸脱防止ガイドは車両側に取り付ける装置で、JR東日本は車輪の外側、台車の軸受け部あたりに設置している。脱線して車輪がレールから落ちた場合に、レールに引っかかる。これで車体を線路上に引き留めて、隣の線路や線路外にはみ出さないようにする。

  • JR各社の脱線対策(出典 : 国土交通省「資料7 新幹線の主な脱線・逸脱防止対策の状況」令和3年3月末現在)

JR九州は2016年の熊本地震で、回送中の新幹線車両が脱線した。国はJR九州に対し、脱線防止ガードの整備を促した。日経の記事は、「熊本地震でも脱線したのにJR東日本は脱線防止ガードを整備していない。九州新幹線の教訓も生かされなかった」という論調だった。脱線防止ガードの未整備によって脱線が起きたと考えているようだ。

■脱線のしくみと脱線防止ガード

脱線はレールの上に車輪が乗る方式の鉄道であれば避けられない事故だ。脱線にはいくつか種類があって、国鉄時代から「乗り上がり脱線」「滑り上がり脱線」「飛び上がり脱線」に分類されている。鉄道の車輪は走行する部分と、直径がひとまわり大きく、帽子のつばのような「フランジ」と呼ばれる部分がある。車輪はフランジが滑るように引っかかるから脱線しない。

ただし、曲線区間などで車輪が外側のレールに押しつけられたとき、フランジがレールに強く接すると、フランジとレールの摩擦が大きくなって滑らない。滑らないと噛み合わせが起きて、フランジがレールの上面に出てしまう。これが「乗り上がり脱線」である。

これに対して、車輪が曲線内側のレールに乗り上がる状態が「滑り上がり脱線」。カーブ区間で急ブレーキをかけたときに起こりやすいという。この2つの脱線を総じて、あるいは複合して起きる脱線を「せり上がり脱線」ともいう。

「飛び上がり脱線」は、左右の車輪がレールに対して激しく揺れた場合に、フランジがレールに乗り上がる間もなく飛び上がる脱線を言う。台車にひびが入るなど、車軸の固定に不具合があった場合がこれだろう。

国土交通省はその他にも、踏切衝突事故や、レールの固定に不備があり、軌間が広がってしまう事故も脱線事故として扱う。しかし、これらは「脱線」と言うより「脱輪」がふさわしいと筆者は考える。「広義の脱線、狭義の脱輪」とも言うべきか。「やまびこ223号」のケースも、狭義では「脱輪」であろう。

脱線防止ガードは、「乗り上がり脱線」「滑り上がり脱線」「飛び上がり脱線」に有効な装置。おもに曲線区間や分岐器など、車輪が不安定になる部分に設置される。踏切の手前に設置される事例もある。踏切事故には、列車が立ち往生した車と正面衝突する事例と、踏切にさしかかった車が列車の正面中心ではない部分に衝突する場合があって、この場合は横方向に揺れる。横揺れに対して脱線防止ガードは有効となる。

脱線のしくみを理解していれば、直線区間に脱線防止ガードを設置しても効果は小さいとわかるはず。東北新幹線の場合、降雪地も多く、線路と脱線防止ガードの隙間で圧雪が固まるおそれもある。だから装置は必要最小限にとどめたい。全区間のうち直線の割合が多いという特性も考慮すべきだろう。

日経の記事は、脱線防止について理解はあるようだが、今回の地震についての認識は低かった。なぜなら、仮にこの区間に脱線防止ガードがあったとしても、脱線は避けられなかったと思われるからだ。脱線防止ガードは走行中に横向きの力で起きる脱線には有効だが、3月16日の地震で「やまびこ223号」は「停止中」だった。また、乗客がSNSに投稿した動画や証言から、揺れは横向きではなく「激しい縦揺れ」で、線路から突き上げられた。上に飛び跳ねたら、脱線防止ガードだって効果はない。

■逸脱防止ガイドは「全車両設置」で「全線設置」と同じ効果

朝日新聞、新潟日報ほか多くの報道は、「過去の事故の教訓が生きた」と評価した。ここでいう「過去の事故の教訓」は逸脱防止ガイドを指している。脱線防止ガードと逸脱防止ガイドは似た名前でややこしいが、機能が違う。脱線防止ガードは線路側の設備で、逸脱防止ガイドは車両側の設備である。

逸脱防止ガイドのきっかけとなった事故は、2004年の新潟県中越地震で起きた「とき325号」の脱線事故だ。地震検知システムによって非常ブレーキがかかった状態で、10両編成のうち8両が脱線した。列車は完全に停止していなかったが、車体は線路を外れ、線路の融雪溝にはまった状態で滑走した。一部の車両で車輪と台車のギアボックスがレールを挟み込んだため、転覆に至らなかった。

JR東日本はギアボックスの効果を認め、4年間ですべての新幹線車両に逆L字型の治具を組み付けた。これが逸脱防止ガイドである。これと合わせて、レールが車輪に押し出されて転倒しないように、レール転倒防止装置を設置している。レール転倒防止装置は2029年までに全線で設置完了予定という。

逸脱防止ガイドは2011年の東日本大震災でも効果を発揮した。仙台駅付近で回送中の列車が脱線したものの、逸脱防止ガイドによって転覆しなかった。この経緯を知っていれば、今回の「やまびこ223号」でも逸脱防止ガイドの効果があったと認識できた。東日本大震災の実績を踏まえ、「中越地震の教訓が生きた」といえるわけだ。

  • 脱線・逸脱防止装置の整備の状況(出典 : 国土交通省「資料7 新幹線の主な脱線・逸脱防止対策の状況」令和3年3月末現在)

日経の記事で掲げられた「JR北海道99%、JR東日本44%、JR東海62%、JR西日本35%、JR九州17%」という新幹線の脱線対策状況は、国土交通省が公表した「資料7 新幹線の主な脱線・逸脱防止対策の状況」(令和3年3月末現在)という一覧表を元にしていると思われる。しかし、元の表は線路延長と敷設延長(対策済み距離)を数値で示しており、百分率ではない。これはおそらく「適所に設置する」という考え方で、「必ずしも100%にすべき」ではないからだろう。百分率表記は誤解を招く表現といえる。

国土交通省の表も、車両側の設備とレール側の設備を一緒にしているから誤解を招く。その路線を走行するすべての車両に逸脱防止ガイドを設置しているから、逸脱防止ガイドの整備率は100%である。元の表にはこれが反映されていない。

■評価すべきは「脱線直前に列車が停止していた」

「やまびこ223号」の脱線事故に関して、「列車が停止してから揺れた」という報道はもう少し強調してほしいところ。列車は地震の前に停止していた。海底地震計を利用した早期地震検知システムが作動したからだ。

JR東日本は独自に地震計を設置し、新幹線の事故に備えていた。JR東日本独自の地震計は沿線に85台、海岸に50台、内陸部に30台、合計165台を設置している。東日本大震災では、このシステムが新幹線の送電を停止し、車両がそれを検知することで、安全に緊急停止できた。2017年以降、このシステムに国立研究開発法人防災科学技術研究所の海底地震計を組み込み、さらなる早期発見を可能とした。2019年には、検知範囲を茨城県沖から北海道釧路沖まで拡大している。

乗客がSNSに投稿した映像では、緊急停止状態から少し間があって大きく揺れている。それだけ早期に地震を予知し、安全に列車を停止できた。脱線事故では二次被害として、線路を逸脱した列車と対向列車が衝突するおそれがある。今回、対向列車はなかったが、このシステムが稼働したために、すべての列車が地震発生前に停止、つまり脱線前に停止できた。この事実と、乗員乗客に死者重傷者なし。ここを高く評価したい。

脱線だけでなく、脱線事故に対する報道のあり方も問題提起された。事故は運輸安全委員会が調査し、再発に努める。では報道事故は誰が調査し、再発を防げるか。投資家が参考にする経済紙だけに、企業経営を脅かしかねない。しっかり対処していただきたい。