YouTube・サブスク動画配信サービスの台頭、視聴率指標の多様化、見逃し配信の定着、同時配信の開始、コロナ禍での制作体制――テレビを取り巻く環境が大きく変化する中、最前線にいる業界の“中の人”が語り合う連載【令和テレビ談義】。
第8弾は「美術クリエイター編」で、『ミュージックステーション』といった番組のアートディレクションや「テレビ朝日CI」などを手がけるテレビ朝日の横井勝氏、『VS嵐』『IPPONグランプリ』といったスタジオセットなどを手がけるフジテレビの鈴木賢太氏という97年入社同期の2人が登場。『新しいカギ』などの演出を担当するフジテレビの木月洋介氏をモデレーターに、全5回シリーズでお届けする。
第2回は、発注を受けた打ち合わせでリアルタイムにデザインを描いていく鈴木氏の“ホワイトボード芸”を皮切りに、「奥行き」の大切さなど、デザインにおいてのこだわりをひも解いていく――。
■ディレクターの“ムチャブリ”は必須の要素
横井:賢太は、会議でホワイトボードに一気にデザインを描いていく“ホワイトボード芸”があるんですけど、あれをテレ朝に来て『マシューTV(Matthew's Best Hit TV)』でやったら、うちのスタッフにウケまして(笑)
鈴木:芸じゃないって(笑)
木月:あれはすごいですよね。これは僕が昔発注した『草なぎ剛の女子アナスペシャル』(2012年)の会議なんですけど、賢太さんが描くのが速すぎて手がブレてるんです(笑)
横井:本当だ(笑)。アイデアがあふれ出るとき、自分もマウスがこんな動きになります(笑)
鈴木:恥ずかしい…。2012年から、やってること何も変わってないですね(笑)
横井:賢太は、その場でセットイメージをドバッ!って描いていくんですよ。すごいのが、セットの顔となる部分のイメージを象徴的に描きつつ、同時にパース(=遠近法)が合っている。それに加えて、「クイズをやってるときはこう」とか「トークしているときはこう」とか、シーンごとに切り取って描いていくんですよね。
木月:最初に見たときは感動しましたよ。
鈴木:物理的に仕事の量が多いから、会議に出るのを減らすために直しの打ち合わせをしないで済むように、その場で終わらせるというのが僕のやってることなんですけどね(笑)。でも、テレ朝さんのできたばかりの会議室で、壁一面がホワイトボードになってるところがあって、そこにワーっと描いて帰ったときは気持ち良かったです(笑)。あの当時、まだテレ朝の人もそこに描いてないって聞いて、じゃあ先に描いちゃおうって。
横井:会議室に動物がいるようでした(笑)。でも、一般的にはルーズ(=引きの画)を描いて終わるんですけど、賢太はちゃんとシーンを切り取ってデザインしてる。この思考性は僕も結構近く、『Mステ』だとステージのLEDスクリーンの演出映像を担当していますが、全てカット割に合わせてデザインする。ロゴなども単純な画面の中のデザインでなく、それをお客さんが使ったシーンや気持ちをイメージして作ります。
鈴木:横井とよく話すのは、我々のやっていることは3次元ではなく、4次元に関連するものなんだということ。時間と共に伝えることが変わって行く。だから1つのアングルから見たもので終わってはいけなくて、それは全体の中の何分の1でしかないという認識がすごく高いんです。そんな中、木月はフジテレビの演出家の中でも特殊で、重要なことなんですが、面倒なことに「ここから見るとどうなるんですか?」「じゃあここのカメラ見切れ(=映ってしまわ)ないですか?」ってすごい突っ込んで聞いてくるんですよ。
木月:(笑)
鈴木:そうやって、バカなふりして一見矛盾したようなムチャを言ってくる。でも、「あの番組の感じでやってください」っていう発注からは、やっぱり面白いものはできなくて。「ちょっと自分には分からないんですけど、こういうのってできますかね?」「こういうことってあり得るんですかね?」って話しかけてくれる人のほうが、それに向かってトライすることになるので、見たことのないものを生み出すことになる。だから、“ムチャブリ”っていうのは、僕らにとって実は必須なエレメント(要素)なんですよね。
木月:そうなんですか。いろいろお願いしてて良かったんですね(笑)
■タモリが音楽をやりたくなったら…に対応するセット
木月:これは『ヨルタモリ』です。「バーセットの中に音楽ができる空間を作ってほしい」とお願いしたんですよね。しかも、バーと音楽セットが2つ単純に並んでいれば良いのではなく、基本はバーセットのみ。しかし、気分が乗って音楽をやりたくなったらやれるような広がりのあるもので、全体としてはトークが盛り上がるように絶対に小さいセットにしたいというムチャな発注です(笑)
鈴木:この番組は別のデザイナーがいたんですけど、僕のほうでもアドバイスして。これはドラマの手法を用いたものです。バラエティの画撮りで考えると、歌は別セットに移動して撮るというのが常だったんですけど、「1枚の画の奥行きの中に空間を作って、そこにフォーカスを合わせることによってコーナーが変わっていくというのが考えられるんじゃないか」と、話をしたときですね。
木月:トークがあって、その流れでもしタモリさんが音楽をやりたくなったらやるというスタンスで、そういう偶発性が必要な番組だったんです。最初から音楽セットがあると、絶対やらなきゃいけない感じがして、それが嫌なので。
横井:歌を撮ると決めずに、歌いなくなったら歌うということですか。スタッフ側の裏スタンバイ(=両方対応できる準備)が結構大変そうですが、これは空気感が生まれる発想ですね。
木月:そうですそうです。このセットのおかげで、お酒を飲んで盛り上がっているうちにふとタモリさんが後ろにある楽器を叩きだして、「ちょっと即興でやりますか」「後ろの席に移動しましょう」みたいな流れを作れたんです。
鈴木:木月は、今までと違ったものというか、やることは同じなんだけど入り方や見せ方を変えることで違った印象にできないかというのを、常に模索してるんですよ。
木月:これは『(痛快TV)スカッとジャパン』です。一発目の会議からこのデザインを描いてますよ。
鈴木:もうほとんど完成形ですね(笑)
横井:ラフと言って描きながら、上がってくるものはほぼ完成形なのが、賢太の特徴。自分も「持ち帰って考えます」っていうのは、あんまりない。できるだけ初回の打合せで、演出のフォーカスをより浮かび上がらせるよう注力するよね。
鈴木:僕らがやってる案件というのは必ずクライアントがいるんです。そうすると、答え合わせはその人に聞いちゃうのが一番早いんですよ。なので持ち帰ると、違った方向に行ったり、自分なりに良いと思った方向に突き進んでしまって、「ちょっと思ってたのと変わっちゃったね」となってしまうのはよくある話なんですけど、目の前で答え合わせしながら、クライアントが「これがやりたかったんだよね」というところまで行っちゃえば手っ取り早いじゃないですか。