「今だけお得!」と聞くとつい衝動買いしてしまったり、体に悪いとわかっているのにどうしても煙草や深酒がやめられなかったり、人間の行動には一見非合理的な行動がつきものです。この点に着目し、従来の経済学に心理学の考え方をミックスすることで、人の意思決定の仕組みなどを明らかにしたのが「行動経済学」です。
「行動経済学」は日々の生活や将来の自己実現にどう活用できるのか、東京大学教授の阿部誠さんに伺いました。
■心理学×経済学で人間の非合理性に切り込む
「10年後、20年後も健康で美しい肉体でいたい」という目標があっても、目の前に生クリームたっぷりの美味しそうなケーキがあると、誰でもつい手を伸ばしてしまいがちです。
なぜなら、多くの人は目先のことになると評価や選好が変わってしまうからです。このように「つい誘惑に負けてしまう」といったことを学術的には「選好逆転」と表現します。こうした一見合理的ではない現象を分析、研究するのが「行動経済学」です。
従来の経済学では、理論構築の前提として人間を「ホモエコノミカス=経済人」と呼び、人は「超合理的にふるまう」「超自制的にふるまう」「超利己的にふるまう」存在であると仮定しました。
しかし、実際の人間は必ずしも超合理的ではなく、ほどよく合理的で、ほどよく自制的で、ほどよく利己的な存在です。従来の経済学で見落とされていたリアルな人間行動を心理学で解き明かし、経済学に組み込んで社会活動などに応用しようというのが「行動経済学」なのです。
■なぜ「わかっちゃいるけどやめられない」のか
人間が必ずしも合理的に行動しないのは、例えば次のような例でもわかります。
結婚式に向けて準備していたある女性が、ネットで1万2000円のドレスを買おうと考えていました。ところが、ふと目にしたバナー広告で「今だけ2着で1万9800円」という表示が気になり、つい2着買ってしまいました。
続けて結婚式などがあるなら別ですが、冷静に考えると、1着はそのままクローゼットの肥やしになってしまうことになりそうです。
この行動を「行動経済学」で解説してみましょう。
人は最初に受けた印象が錨(アンカー)のように心に残る傾向があります(アンカリング効果)。先ほどの例で言うと最初の1着1万2000円がアンカーとなるので、2着で1万9800円が「お得」と感じます。
家電量販店などで値札に希望小売価格と赤字の「特価」を併記するのも同じ理由です。
また、人は将来的なメリット(いずれ着る)よりも、今のメリット(お買い得)を心理的に大きく感じる傾向があります(時間的選好)。体に悪いのがわかっていても目の前のタバコや深酒をやめられない、というのも同じ「時間的選好」の例です。
さらにこの例ですと「今だけ」と期間が限定されるので、時期を逃すとお得な権利を失ってしまうという判断が働きます。これを行動経済学では「損失回避性」と呼び、多くの人が「もったいないから買っちゃおう」という判断をしがちです。
■衝動買いを回避し、値札に騙されないための方法とは?
上記のような「衝動買い」は、短時間にあまり労力をかけずに意思決定する思考回路(ヒューリスティック)を使った結果です。売る側はそれを分かったうえで、時間的なプレッシャーを与えたりしながら消費者にアプローチしてきます。ですから、買う側の対処法としては、
・即断せずにいったん「お気に入り」にステイしておき、時間をおいてから判断する
・買う前には家族など第三者に相談するようにする
・商品の比較評価をしているサイトにアクセスして評判を確かめる
など、メリット、デメリットを冷静に検証してみることが大切です。
家電量販店の値札の例で言うと、メーカー小売希望価格に対して割引率が大きいとメリットを感じがちですが、無名ブランドなどの場合、「今だけ半額!」となっていても、そもそもメーカー小売希望価格自体に妥当性があるのかを気を付けて見る必要があると思います。
また、目の前の誘惑に負けそうな時の対処法としては、「コミットメント」といって長期的な目標より短期的な衝動に走った際、自分にペナルティを与える約束をする方法もあります。
例えばつい我慢できずケーキを食べてしまった、煙草に手をだしてしまった、という時は、友人に1000円奢らないといけないルールを公言し、共有するといったことです。