SNSの登場以来、「承認欲求」という言葉は一般にもすっかり浸透しました。実際、検索ワードのトレンド傾向を見ても、2010年代以降、「承認欲求」の検索数は完全な右肩上がりです。ただ、その使い方となると、「あの人は承認欲求が強過ぎる」といったネガティブなものが多いように感じられます。
果たして承認欲求とはどんなもので、わたしたちにとってネガティブなものなのかあるいはポジティブなものか—。心理カウンセラーの中島輝さんに話を聞きました。
■承認欲求は人間にとっての根源的な欲求のひとつ
——単刀直入にお聞きします。「承認欲求」とはどんなものなのでしょうか。
中島 ひとことで「欲求」といっても、それにはさまざまなものがあります。たとえば、人間が生存して子孫を残すための欲求としては、食欲、排泄欲、睡眠欲、性欲などがあります。これらはその特徴から「生理的欲求」と呼ばれ、わたしたちが生き物として持つもっとも根源的な欲求だとされます。
その生理的欲求のひとつ上の段階には、安心して安全に暮らしていきたいという「安全欲求」というものがあるというふうに、いくつかの段階にわかれた複数の異なる欲求を人間は持っていると心理学では考えられています。
では、承認欲求とはどんな欲求でしょうか? 一般的には「自分が価値ある存在として他人から認められたい」という欲求とされますが、じつはこの承認欲求は生理的欲求と並ぶような、人間にとって根源的な欲求だとする説もあるのです。
——それこそもっと上の段階にある欲求だとイメージしました。
中島 もちろん、そういう説もあります。でも、わたしも承認欲求は根源的な欲求だと考えます。なぜなら、他者との集団のなかで社会生活を営む人間にとっては、「自分は誰かの役に立っているんだ!」と思えることが、生きていくためにとても大きなエネルギーになるからです。そのため、わたしたちは他人から認められることをたとえ無意識のうちにも重視し、求めているということです。
■承認欲求が満たされないと、「自己肯定感」が下がる
——中島さんは自己肯定感研究の第一人者として知られ、自己肯定感の本もたくさん出されています。それらの本のなかで、自己肯定感と承認欲求との関係についてよく語っていらっしゃいます。両者の関係をあらためて教えてください。
中島 自己肯定感とは、「自分にはきちんと能力が備わっており、社会の一員としての価値がある人間なんだ」と自分を認め、そして、自分の人生を認める感覚のことです。自己肯定感研究を専門のひとつとするわたしからすれば、自己肯定感こそが幸福な人生を歩めるかどうかを左右するもっとも重要な要素のひとつだと断言できます。
この自己肯定感が下がると、自分を、そして自分の人生を認められなくなります。そのため、自己肯定感が下がると「誰かにわたしそのものを、わたしの人生を認めてほしい」というふうに周囲に対する承認欲求が強まります。
——まず自己肯定感が下がって、それから承認欲求が強まる。
中島 それだけではありません。承認欲求が満たされないために自己肯定感が下がるということもあるのです。若い社会人の場合なら、「自分なりに一生懸命に仕事をしているのに、上司は叱るばかりで自分を認めてくれない」と感じた経験は誰しもにあるのではないでしょうか。
そうして承認欲求が満たされない状況が続くと、「やっぱり自分なんて駄目な人間なのかもしれない…」というふうに自己肯定感が下がるということもあるのです。承認欲求が人間にとって根源的な欲求であるがゆえ、それが満たされないと、わたしたちが幸福な人生を歩むために欠かせない自己肯定感が下がるということにもなるのでしょう。
——そのことは、承認欲求とうまくつき合えなかった場合の大きなデメリットといえそうです。
中島 そのとおりですね。他にも、強い承認欲求を満たされない場合には、自分を追い込むようなことにもなりかねないというデメリットも考えられます。たとえば、「上司に認められたい」と思うばかりに、仕事における企画書などを求められていないレベルにまで徹底的につくり込むといったケースもありがちです。
そうして無理をすることは、当然ながら心にも体にもいいことではありません。その結果、心身になんらかの疾患を発症してしまうことも考えられます。しかも、「求められていないレベルにまで」となると、せっかくのその作業もまさに無駄なものです。生産性という観点からも好ましいこととはいえません。
■「自分を認める」ことが、承認欲求とうまくつき合うスタート
——しかし、やはりメリットもあるからこそ、わたしたちに根源的な欲求として承認欲求が備わっているのではないでしょうか。
中島 はい、それは間違いありません。先に、他者との集団のなかで社会生活を営む人間にとって、「自分は誰かの役に立っているんだ!」と思えることが生きていくためにとても大きなエネルギーになると述べました。それこそが、承認欲求の大きなメリットです。このことは、「人間関係の質を高められる」といい換えてもいいでしょう。
わたしたち人間には、他人から接されたように他人にも接するようになるという特徴があります。他人から認められ、適切に承認欲求を満たすことができてそのよろこびを知れば、他人のことも認めようという意識を持って周囲と接するようになります。
簡潔にいうと、人のいいところを見出すようになるということです。そういう人が周囲と良好な人間関係を築いていけることは明白です。すると、仕事もスムーズに進みますから生産性も上がり、結果として大きな成果を挙げて収入も上がっていくということも考えられます。ひいては、「自分はこんなふうに生きたい」という願望そのままの人生を歩めるということにもつながっていくかもしれません。
——では、どうすれば承認欲求のデメリットを抑えてしっかりメリットを享受できるでしょうか。
中島 まずなによりも自分自身を認めることです。なぜなら、自分を認める、つまり自己承認ができていれば、先に挙げたデメリットを伴うような過度の他者承認を求めるようなことがなくなるからです。そして、自分を認めるとは、「自分のいいところも悪いところも知っておく」ということです。
——なぜ「いいところ」「悪いところ」の双方を知っておくことが重要なのでしょうか。
中島 悪いところだけを知っている場合、自分を認めることができないのはわかりますよね。一方、いいところだけを知っている場合はどうでしょうか? それこそ先の例のように、「自分にはこんなにいいところがあるのに、まわりは認めてくれない…」というふうに自己肯定感を下げてしまいかねません。悪いところも知っておくことで、「たしかに自分にも悪いところはあるしな」と、いい意味でのブレーキ作用が働くということです。
そして、自分のいいところと悪いところを認識するために、頭のなかで考えるのではなく一度しっかりと紙に書き出してみましょう。そうして文字にして客観的に見ることが、自分のいいところと悪いところをしっかり認識するための手助けとなるはずです。
構成/岩川悟(合同会社スリップストリーム) 取材・文/清家茂樹 写真/川しまゆうこ