「バーンアウト」という言葉を知っていますか? 「燃え尽き症候群」といったほうがわかりやすいかもしれません。

著書『朝型 夜型 中間型は遺伝で決まっている! クロノタイプ別 睡眠レッスン』(KADOKAWA)を上梓した精神科医・産業医の穂積桜先生は、コロナ禍によって働き方は生活スタイルが大きく変化するなかで、このバーンアウトが増えていると強く危惧しています。バーンアウトとは具体的にどんなものでどんな問題をはらむものなのか、詳しく解説してもらいました。

■バーンアウトを示す3つの特徴

産業医であるわたしは、いま特に若い従業員から「睡眠」に関する問題を相談されることが増えています。都市部に住む若い人の場合、自宅はワンルームや1Kという人が大半でしょう。その環境でリモートワークをするとなると、寝るのも食事をするのも、そして仕事をするのも同じ部屋になります。

すると、1日の仕事が終わっても週末になっても、パソコンが視界に入るために仕事のことがずっと気になってしまいます。そのため、寝つきが悪くなったり夜中に何度も起きたり早朝に目が覚めたりと、睡眠が乱れてしまうのです。こうして睡眠不足が続いてリカバーする時間を確保できなくなると、さらなる問題を招くことにもなります。それが、「バーンアウト」です。

バーンアウトとは、仕事上のストレスによって従業員に起こる、いわゆる「燃え尽き症候群」のことです。このバーンアウトは、2019年には、WHO(世界保健機関)が定める国際疾病分類において、「職場における慢性的なストレスが適切に対処されずにいた結果として起きる諸症状」であり、「健康に悪影響を与え得る要因」であるとされました。

具体的には、次の3つの特徴が表れた状態を指します。

【バーンアウトを示す3つの特徴】
1.心がくたくたに疲れ果てること
2.仕事に対する皮肉や冷笑的な態度
3.使命感や達成感の低下

ひとつ目と3つ目については解説不要でしょう。まさに心がすっかり疲れてしまって、仕事に対する「しっかりやらなければ!」という使命感も、「結果を出せたぞ!」という達成感も持ちづらくなる状態です。ふたつ目については、これまで職場の愚痴などいったこともない従業員が、職場や同僚、顧客などの非難をはじめる状態です。

これは、自分と仕事との間に心理的な距離を取ることで、さらなるエネルギーの消耗を防ぐ自衛的な行動と考えられています。

いうまでもなく、こんな状態が続けば、その人の社内における評価にも影響が出るでしょう。あるいは、その従業員が将来を嘱望されるような有能な人材だった場合には、企業にとっても損失となります。

■重度のバーンアウトに陥ると、うつ病発症率が45%に!

このバーンアウトは、かつては医療関係者などの対人援助職に起こりやすいといわれていました。多忙である医療関係者は、慢性的に長時間労働が続きます。それこそ、心身をリカバーする時間が少ないだけでなく、人が相手の仕事だけにどこまでやればゴールなのかが見えにくく、達成感が得にくいのです。

実はわたし自身も、過去に2度のバーンアウトを経験しています。研修医だったとき、それから精神科医として中堅レベルといった立場にいたときです。その頃のわたしは、多忙な毎日のなかでまさにくたくたに疲れ果てていて、「こんなに頑張ったってどうせいまの状況なんてなにも変わらないんだから、もう仕事なんてやめてしまってもいいんじゃない?」なんて思っていました。

幸いにもわたしはその状態を脱することができていまの立場にいるわけですが、コロナ禍によって多くの人が生活リズムを乱し、睡眠の問題を抱えてリカバーする時間を確保できなくなっているいま、医療関係者に限らずバーンアウトが広まりつつあるだろうとわたしは強く危惧しています。

このバーンアウトが続くと、さらに多くの問題が起きかねません。うつ病になる可能性をバーンアウトが大きく高めてしまうからです。2014年のフィンランドの報告では、バーンアウトの兆候がない人のうつ病の割合はわずか3%でした。対して、軽度のバーンアウトとされた人の場合は11%、そして重度のバーンアウトとされた人のうつ病の割合はなんと45%にまで跳ね上がったのです。

■バーンアウトが招く、健康・家庭・社会問題

また、うつ病の他にも、風邪をひきやすくなる、胃腸の障害や頭痛を引き起こす、血圧が高くなる…など、バーンアウトが健康面に与える悪影響はいくらでも挙げられます。

もっというと、バーンアウトによる悪影響が及ぶのは、健康面ばかりではありません。バーンアウトは、「職場における慢性的なストレスが適切に対処されずにいた結果として起きる諸症状」ということから、職場に限った問題だと考えられがちです。

しかし、バーンアウトに陥った人はくたくたに疲れ果ててしまっていますから、仕事を終えて家に帰る頃には「使い物にならない」状態です。そのため、家族からもネガティブな評価を受けやすいのです。つまり、バーンアウトは家庭問題にまで発展し得るというわけです。

そして、バーンアウトは不眠とも大きな関連があります。バーンアウトと不眠のあいだには、不眠がバーンアウトを引き起こし、逆にバーンアウトが不眠を招くという関係が成り立ちます。つまり、いちどバーンアウトしてしまうとそこから抜け出すことは容易ではなく、バーンアウトと不眠症状をともに強めてしまう悪循環にハマるということです。

■バーンアウトの危険にさらされる非正規労働者や自営業者

しかも、このバーンアウトについてはその裏にまた別の問題も潜んでいるとわたしは考えています。わたしのような産業医を選任している企業は、多くが従業員50人以上の企業で、わたしが接するのもそういう企業に勤める労働者です。

そういう人たちには、バーンアウトやその要因となり得る睡眠の問題が深刻化する前にわたしたち産業医や産業保健職がその予兆を見つけ、それぞれにアドバイスを送ることができます。

ところが、産業医を選任していない企業に勤める人や非正規労働者、飲食店経営といった小規模の自営業者の場合には、その問題の解決手段にリーチすることができません。しかも、コロナ禍によって経済的により大きな打撃を受けたのは、そういった人たちです。

以下の表は、早稲田大学の橋本健二教授のデータをもとに「ダイヤモンド・オンライン」がまとめた、2019年と2020年のあいだにおける、勤務先の規模や雇用形態別に見た収入の変化を示したものです。

これによると、いわゆる大企業に勤める人や会社経営者らに比べて、非正規労働者や自営業者の世帯収入減少率のほうがはるかに大きいことがわかります。そうなると、非正規労働者や自営業者のなかには、家計を維持するためにダブルワークをするなど、それこそ睡眠時間を削って仕事をしている人も増えているでしょう。

そんな生活のなかでは、心身に不調を感じたとしても、医師やあるいは身近な人に さえ相談する時間的余裕も体力もないのではないでしょうか。

■いまこそ「睡眠スキル」を身につけよう

もちろん、このことはビジネスパーソンに限った問題ではありません。コロナ禍によって大きく生活スタイルが変わったのはビジネスパーソンだけではないのですから、学生や専業主婦であっても、自らが気づかないうちに睡眠の問題を積み重ね、バーンアウトの危険性が高まっていることも考えられます。

そもそもコロナ禍以前から、日本人の睡眠時間は世界的に見ると「最短」といわれるほど非常に短いものです。コロナ禍以降、確かに在宅時間は増えたかもしれませんが、これまでと生活スタイルが大きく変わったことによって生活リズムを乱してしまい、ビジネスパーソンに限らずこれまで以上に多くの人が睡眠の問題を抱えていることは間違いありません。

「スキル」というと、それこそ仕事で使えるスキルだとか、勉強や家事を効率的に進めるためのスキルといったものをイメージするかもしれません。しかし、自分の健康を維持してくれる「睡眠スキル」は、そういったスキルよりもよほど重要で、あなた自身だけでなく、大切な家族を支えるための一生モノのスキルです。

在宅時間が増えたということは、自分の生活をしっかり見つめ直せるチャンスです。いまこそ、その重要な睡眠スキルをしっかりと身につけてほしいと思います。

※今コラムは、穂積桜 著『朝型 夜型 中間型は遺伝で決まっている! クロノタイプ別 睡眠レッスン』(KADOKAWA)をアレンジしたものです。

構成/岩川悟(合同会社スリップストリーム) 取材・文/清家茂樹 写真/櫻井健司