気象予報士を目指すヒロインの姿を描いたドラマ『おかえりモネ』(NHK)のヒットもあり、昨今は「天気ブーム」ともいえる状況です。
ベストセラー『空のふしぎがすべてわかる! すごすぎる天気の図鑑』(荒木健太郎 著/KADOKAWA)にも協力した、気象予報士・佐々木恭子さんに、「雲」、「天気」に関する素朴な疑問に答えてもらいました。
■「雲」は小さな水の粒
——雲の正体について、そのでき方も含めて教えてください。
佐々木 質問に質問で返しますが、雲ってなんだと思いますか?
——水ではありますが、その定義となるとちょっとわかりません…。
佐々木 素晴らしいですね、正解です! じつは、水と答える人はあまりいません。多くの人は水蒸気だと答えます。
——子どもの頃に、理科の教科書にやかんから吹き出す湯気のイラストが掲載してあって、見える部分が湯気、見えない部分が水蒸気と解説されていた記憶があります。
佐々木 そのとおりです。水蒸気は水が気化したもので目に見えません。でも、雲は目に見えますよね? つまり、雲は水蒸気ではなく、「小さな水の粒、あるいは氷の粒がたくさん集まって空に浮かんでいるもの」です。
水蒸気を含む空気の塊が上昇することでその温度が低下し、空気のなかに含み切れなくなった水蒸気が凝結して水の粒に変わったものが雲なのです。
その粒の半径は一般的に0.01mmとかなり小さく、髪の毛の太さの5分の1くらいしかありません。一般的な雨粒の半径が1mmですから、どれほど小さいかがおわかりいただけると思います。
■雲の数は100種類以上
——一般人が思い浮かべられる雲というと、入道雲にうろこ雲、すじ雲など数種類です。雲には他にどんな種類があるのでしょうか。
佐々木 雲は大きく「10種類」にわけられ、これを「十種雲形」といいます。十種雲形は、雲の現れる高さやかたちによって種類わけされていて、高い空にできる「巻雲」「巻層雲」「巻積雲」はまとめて上層雲と呼ばれます。
もう少し低い高度にできるのが「高層雲」「高積雲」「乱層雲」で、これらは中層雲。そして、低い空にできる下層雲には「層雲」「層積雲」「積雲」「積乱雲」があります。うろこ雲は巻積雲、すじ雲は巻雲の別名です。
——全部で10種類ですか。
佐々木 大きくわけるとそうなのですが、じつはそれだけではありません。十種雲形を基本として、もっとこまかい分類もあるのです。雲の姿や内部構造のちがいによる15種類の「種」、雲の並び方や透明度で分類される9種類の「変種」、雲の部分的な特徴で表す11種類と、他の雲と一緒に発生する雲の4種類を合わせた15種類の「副変種」、他に雲の一部が変化して他の雲をつくる「遺伝雲」、雲の全体が変化して他の雲をつくる「変異雲」があります。
——混乱してきました…(苦笑)。
佐々木 わたしも混乱します。たとえば、「種」のなかの「レンズ状」という特徴を持っている「高積雲」なら、「レンズ状高積雲」となるわけです。そんなふうに組み合わせると雲は100種類以上にもなります。『空のふしぎがすべてわかる! すごすぎる天気の図鑑』には「雲の分類一覧」として掲載されていて、いかに多様な分類があるかがわかります。すごく面白いですよ!
——気象予報士は、それらの100以上の種類を呼びわけて使うのですか?
佐々木 いや、ほとんど使いませんね(笑)。気象予報士試験で問われるのは十種雲形までで、わたしが行っている予報業務についても、十種雲形がわかれば十分です。
■季節によって雲の種類が変わる理由
——夏なら入道雲、秋ならうろこ雲というふうに、季節によって見られる雲の種類が変わります。その理由を教えてください。
佐々木 入道雲というと、夏の風物詩といわれますよね。これは十種雲形でいうと積雲に分類されます。
——入道雲って積乱雲ではないのですか?
佐々木 似ているのですが、じつはちがうんですよね。入道雲は積雲です。同じ積雲でもあまり成長せず、頭を押さえられたようなかたちになるものは「扁平積雲」と呼ばれます。一方の入道雲は、大気の状態が不安定なときにできる雲で、積雲のなかでも背が高く育ったもので、正式には「雄大積雲」と呼ばれます。
それがさらに発達して雷を伴うようになると積乱雲になります。つまり、入道雲は「積乱雲の一歩手前」という感じです。
——「入道雲=積乱雲」だと思っていました。では、季節によって雲の種類が変わる理由を教えてください。
佐々木 大きな要因のひとつが、大気中の水蒸気の量です。条件さえそろえば季節によらずいろいろな雲が出ますが、暖かい時期は大気の下層が湿っているため、わた雲や入道雲と呼ばれる積雲やくもり雲と呼ばれる層積雲などの下層雲が出やすいです。
一方、秋から冬にかけては大気の下層が乾燥してきて逆に上層が湿りやすくなるため、巻雲(すじ雲)や巻積雲(うろこ雲)といった上層雲や、高積雲(ひつじ雲)などの中層雲に出会いやすくなります。下層には雲が出にくくなって上層の雲が見えるため、秋になると「空が高くなった」ように見えますよね。
同じ季節でも、場所によって出会いやすい雲は異なります。日本海側の冬は、大陸からの季節風の影響で下層雲が現れやすいのです。そのために雲の多い空になり、雪が降ります。
■飛行機雲は「人為起源雲」
——飛行機雲の場合、そのでき方からも他の雲とちがうと思います。飛行機雲も雲なのでしょうか。
佐々木 雲です。飛行機雲は「人為起源雲」といって、人間の活動が原因で生まれる雲です。人為起源雲には飛行機雲の他に、船が通ったあとにできる「航跡雲」と呼ばれるものや、工場の煙や野焼きなどによってできる雲もあります。
——飛行機雲はどのようにできるのでしょう?
佐々木 飛行機が飛ぶ高い空はとても低温です。対して、飛行機のエンジンから出る排気ガスは300〜600℃の高温です。これがまわりの低温の空気と混ざって急激に冷やされることで排気ガスを核とした雲ができます。これが飛行機雲です。飛行機雲をよく見ると複数の筋が伸びているのですが、それはエンジンの数ということです。
また、エンジンとは関係なく、飛行機の「翼」によってできる飛行機雲もあります。飛んでいる飛行機の翼の後ろには空気の渦ができます。その渦によって局所的に気圧が下がるのですが、気圧とともに温度も下がるため、雲が発生するのです。すると、そのかたちは排気ガス由来の細長いかたちとは異なって、帯状の幅広いものになります。
——ちがいは、気温など気象条件によるものですか?
佐々木 そうですね。そもそも飛行機雲ができるには空が湿っている必要がありますが、空がとても湿っているときには翼由来の飛行機雲ができやすくなります。また、そのように空が湿っているときには、長い時間、飛行機雲が残りやすくもなります。
すると、面白いことに雲の種類が変わるのです。10分以上空に残った飛行機雲は、巻雲に分類されます。そこからさらに変化をして巻積雲や巻層雲になることもあります。ちなみに、そういうふうに飛行機雲が長く空に残るときは、天気の崩れに注意したほうがいいかもしれませんね。
——どういうことでしょう?
佐々木 いまお話ししたように、飛行機雲が長く残るのは、上空が湿っているときです。たとえば、低気圧が近づいているときは高い空から湿ってきます。そのため、飛行機雲が長く残った翌日には雨になることもあります。そんなときは、天気予報を見てみるとよさそうですね。
■美しい雲「彩雲」
——一般の人があまり知らない、びっくりするような雲のお話があればぜひお聞かせください。
佐々木 「彩雲」を知っていますか? これは、虹色に色づいて見える本当に美しい雲で、知らない人にはぜひ見てほしいと思います。
——彩雲はどのようにできるのでしょう?
佐々木 水の粒だけでできた雲に太陽の光があたると、その光は水滴による回析(水滴にあたった光が水滴の背後にまわり込む)という現象で虹色にわけられます。巻積雲(うろこ雲)や高積雲(ひつじ雲)が太陽の近くにあるときによく見られますが、見方にはコツがあります。
彩雲が見られるのは太陽の近くに雲があるときですが、そのまま太陽の近くを見ようとすると、光が強すぎて虹色が見えません。しかも、太陽を直接見ると目を傷めてしまいますので危ないです。ですから、建物などのふちのギリギリになるようにして太陽を隠し、影のなかから太陽の近くの雲を見ると虹色が見られると思います。
『天気の図鑑』には、こちらで紹介している写真の他にも美しい彩雲がたくさん載っていますが、ぜひ、みなさん自身の目でもその美しさを味わってほしいです。
構成/岩川悟(合同会社スリップストリーム) 取材・文/清家茂樹 人物写真/石塚雅人 写真提供/『空のふしぎがすべてわかる! すごすぎる天気の図鑑』(荒木健太郎 著/KADOKAWA)