藤井竜王のコメントをもとに、藤井聡太の鬼手を振り返る

藤井聡太竜王の将棋の魅力は、ただ強いというだけにとどまるものではありません。藤井竜王の将棋を見た人は誰もが、その将棋が、強いだけではなく「魅せて勝つ」将棋であることを感じることと思います。前編に続き、藤井竜王の対局で現れた鬼手とコメントをもとに、藤井竜王の将棋になぜ私たちが魅せられるのかを考えてみたいと思います。

(本稿は2022年2月に発売される『藤井聡太の鬼手 令和元年・2年度版』の予約特典の小冊子から一部を抜粋・編集したものです)

■淡々と「AI超え」

第91期棋聖戦第2局から2手紹介します。まず64は急戦矢倉で図から△5四金と出た手。

金は普通自陣で玉を守る駒なので、このように歩の前に出ていくような手は悪いとしたもの。しかしこの場合は後の△4二飛を見据えた好手なのでした。

ただ、この手は正確には「藤井聡太の鬼手」ではありません。藤井先生本人が後に「△5四金は永瀬さんとのVSで永瀬さんに指された手です。だから永瀬さんに教わった手ということになります」と真相を明かしています。この短い文の中で「永瀬さん」と3回言うあたりに深い絆を感じます。

――なんだか△5四金が話題になってますが、この手考えたの私じゃないですからね、永瀬さんですからね、大事なことなので3回言いましたよ――

という藤井先生の声が聞こえてくるようなコメントです。

渡辺先生としては藤井聡太&永瀬拓矢の連合軍と戦っているようなものですからたまったものではないですね。

続いて65はかの有名な「AI超え」の一手△3一銀です。

羽生善治先生にこの手について質問した時に「プロが100人いたら99人は△3二金と指す」とおっしゃっていたことも印象深いです。それくらいこの図からの△3一銀は違和感のある手なのです。

AIでもなかなかたどり着けない一手ということで藤井先生がもてはやされたわけですが、私から見えている風景は少し違います。 この△3一銀については私は藤井先生に直接インタビューしたことがあります。そのときおっしゃっていた概要はこうです。

まずは攻め合いの手を考えたが時間がない中で読み切ることができなかった。そこで受けの手である△3一銀を考えた。△3一銀に対して相手から有効な手がないことがわかれば、それだけで少なくとも互角以上だと判断できる。よって△3一銀を選択した。と、いうことでした。

藤井先生らしいロジカルな思考ですが、△3一銀は時間がない中でリスクのある攻め合いを避けた妥協の一手。私にはそのように聞こえました。ですから△3一銀が「AI超え」だと祭り上げられているのは藤井先生にとっては少しこそばゆい気持ちがあるのではないかと思っています。

・・・と、思いましたが、藤井先生はそんな細かいことは気にしてないかもしれません(笑)。

常に前を見て、次の対局で最善手を指すことを考えているはず。その過程の中で、時に鬼手と呼ばれる鮮烈な一撃が紡ぎだされるのです。結果として。

島田修二(将棋情報局)

(第91期ヒューリック杯棋聖戦五番勝負第2局▲渡辺明棋聖―△藤井聡太七段の41手目と57手目)
(第91期ヒューリック杯棋聖戦五番勝負第2局▲渡辺明棋聖―△藤井聡太七段の41手目と57手目)