初対面の人、そこまで仲よくない人、苦手な人との会話のなかには、必ずといっていいくらいに「無言の時間」が流れます。コミュニケーションが取れていないのですから、「そうなるのは仕方ない」と見ることもできます。
でも、「仕方ない」と割り切っていい時間を過ごせないより、そんな時間さえ有意義なものにできたら人間関係のストレスは確実に軽減されるはずです。そこでポイントになるのは、会話の隙間を埋めていくことや話を盛り上げていくことにつながる、「雑談力」です。『人生を変える「超」会話力』(プレジデント社)を上梓したばかりの明治大学文学部教授・齋藤孝先生が、雑談力の上げ方、雑談力が上がることで得られるメリットを語ります。
■雑談はまず「相手の好きなこと」について話す
雑談とは、話の内容にたいした意味はなくても、他人との人間関係をよくするために行う会話を指します。雑談がなんのためにあるかといえば、その場の空気をつくるためです。
そのとき同じ場を共有している人同士が、お互いを理解したり、くつろいだりするための「地ならし」として行うのが雑談です。そこには、正しい回答も効率も関係ありません。人間関係をより豊かにしていくために行い、初対面でも30秒程度で打ち解けられるような人が、「雑談力がある人」といえるでしょう。
雑談がうまくなる具体的な方法はたくさんありますが、まずは「相手の好きなこと」について話すのがもっとも無難な方法です。実は、わたしの近所のお米屋さんは熱烈な阪神タイガースファンで、その人と会ったときは、もう1年中タイガースの話ばかりしています。
シーズンオフのときですら、「どうですかね来シーズンは?」「いい新人いますか?」と聞くと、熱心に新人の話を披露してくれる。すると、タイガースについてさほど詳しくないわたしまでが、その人と雑談しているといつのまにか詳しくなっているのです。
犬を連れて散歩している人たちも、あたりまえですが、会えば犬の話ばかりしています。なぜなら、お互いに好きなものが犬だからこそ出会っているからです。その意味では、やはり相手の好きなことや関心があることを探り出すのが、雑談力を高めるうえでは大事なポイントです。
ただし、いまの時代は家族や仕事などの個人情報に対してはセンシティブなので、そうした情報はあまり雑談ネタには向きません。「お子さんどうですか?」「実はもうすぐ受験なんですよ」などとやり取りするのはいいとしても、しばらくして「いかがでしたか?」と聞いて不合格だった場合、「それは残念でしたね…」と気まずくなり、やはり雑談としては重くなってしまいます。
相手が子どもの話ばかりする人なら、いつも「お子さんどうですか?」と聞いていればいいのですが、雑談ネタとして個人情報は避けたほうが無難でしょう。
それよりも、雑談に向いているのは趣味嗜好の話です。例えば映画やドラマ、テレビのバラエティ番組などの話は、やはり雑談の王道。いまはネットフリックスやアマゾンプライムビデオ、Hulu など、いろいろな動画配信のサブスクリプションサービスがあり、YouTube を観ている人も多いので、「ふだんYouTube をご覧になりますか?」と聞くだけで、相手と盛り上がることができます。
趣味嗜好は家族や仕事とは関係がなく、特別な個人情報でもないので、いかにも雑談らしい雑談になりやすいのです。
ただ、それらはあくまで雑談のためのネタであり、大切なのはよりよい人間関係を築くことにあります。あまり自分の世界にこだわらずに、どんなものごとでも気軽に体験し、流行り物にも乗っかりながら、面白いものや好きなことを気軽に見つけていく姿勢が必要だと思います。
■旬な話題にアンテナを立てて「明るく」話す
ここまで述べたことと関連しますが、雑談力を上げるには、みんなの共通の話題や盛り上がっている話題に、ある程度はついていけるようにしておきましょう。いくら野球に興味がなくても、大谷翔平選手の話になったときに「大谷選手ってどこのチーム?」「いまどんな感じなの?」となると、さすがにみんなと話が合いません。
詳しくならなくてもいいですが、いまどんな感じなのかをおおまかに知っていることが、「常識」とみなされる話題はいくつかあります。
そのため、みんながあたりまえに知っている話題についてはおおまかに摑んでおき、旬な話題で盛り上がるのが上手な雑談のコツになります。2021年は、いい意味でも悪い意味でも東京オリンピック・パラリンピックが話題になりました。各々、賛否両論があるでしょうし、どんな意見を持っていても自由です。
ただわたしが思うのは、雑談の場で、「オリンピックなんて時代遅れだ」「開会式はちょっとね」とやってしまうのは、端的にコミュニケーションとして盛り上がりに欠けるということ。誰も他人の主義主張に大きな関心などないので、雑談のときは、なんでもいいのでニュースで目にした競技について話せばいいのです。
「そういえば卓球は見たよ」「スケートボードは新鮮だったね」などというだけで、その場の雑談からいい空気が生まれます。これもまた、相手やまわりの人を思う態度から生まれる、大人の振る舞いではないでしょうか。
その意味では、雑談ネタの最たるものは、ここしばらく新型コロナウイルス感染症でしたが、 これももはや盛り上がりません。もちろん、感染者数が減ったときはいいのですが、「また増えましたね…」と愚痴っていると、ただでさえ重たい空気がますます重くなるばかりです。 こうした暗い話題こそ、「少しでも元に戻ればいいですね」「もう慣れちゃいましたね」と明るい方向を意識して話すことが、雑談するときの大切な姿勢になります。
いずれにせよ、旬な話題にアンテナを立てておき、明るい話題を雑談として話せば、みんなの気持ちに余裕が生まれます。ネガティブな方向へ目が向きがちなときにも、雑談の力によって、みんなで前向きになれる時間を共有できます。
雑談は人とつながって生きる人間として、実は欠かせない営みなのではないでしょうか。時間があるときにラジオを流しているだけでも、アンテナの立て方がうまくなります。ラジオは情報が早いので、「ラジオで聞いた話なんだけど」「これをやると凄く目覚めがいいらしいよ」などと、ひとネタ15秒くらいで話しかけるだけで、たいてい誰でも雑談を盛り上げることができます。
こうしてふだんから雑談力を鍛えていれば、誰とでも打ち解けるようになれるでしょう。そして、時代やまわりの環境がどんな状態であっても、他人との会話を楽しみながら幸せに生きていくことができるはずです。
■会話の「文脈」を摑めれば、話を適切に発展させられる
相手との話をつなげる意味では、話題の方向性、つまり「文脈」を摑む力も役に立ちます。この力があると、相手がしばらく前に発言した意見を拾い上げて、「先におっしゃった○○ですが」と、いまの話につなげて話すことができます。すると相手は、自分の発言がふたたび活かされて嬉しく感じるでしょう。
逆に、話の文脈がうまく摑めない人は、話の流れとはまったくズレた話をしてしまい、「そういうことじゃないんだけどな…」とみんなに思われてしまいます。そうならないためには、いつも「先ほどいわれたことですが」と相手の話を活用し、つないでいくことを意識して相手の話を聞くようにするといいでしょう。
わたしはこのつなぎ方を、グループディスカッションにおいてできるように学生に指導したところ、新卒採用の集団面接で大変いい結果が出るようになりました。なぜなら、会話の文脈を理解できる人は、自分の話をいえるだけでなく、ほかの人の話を活かしてその意見をきちんと尊重できる力も評価されるからです。
この力は、ふだんの仕事や日常会話のなかでも使えます。例えば複数人で話していると、「あれ、なぜこの話になったのだろう?」と思うときがありますよね。そんなときに文脈を意識する力があれば、「ここで○○の話になったので、そもそもの話に戻りましょうか」と、話の分岐点を楽に辿ることができます。
もちろん、雑談ではそんな流れを意識せずにただ雑談を楽しみさえすればいいのですが、あまりにだらだら話し過ぎてどうにも話題がとっ散らかったり、同じ話ばかりして収集がつかなくなったりする場合もあります。そんなとき、この文脈力があれば、話の流れをまるで樹形図のようにイメージできるのでとても役に立つと思います。
このように、雑談は練習するほどうまくなるのですが、雑談だけに本格的な練習をしたことがない人がほとんどです。でも、相手の好きな話題に寄り添うだけでも相手は気持ちよく話してくれるし、ときに「ほめコメント」を挟めば、相手はいつだってご機嫌になります。
むしろ、苦手な人に接するときほど、相手が機嫌よく話せる雑談ができれば、適切な距離感が取りやすくなってストレスも減っていきます。
人間関係の深い部分へ近づくほど、苦手な人と話すのは面白くないわけですから、そんなときこそ害のない雑談でその場を乗り切ることができるでしょう。「この化粧品がいい」「このドラマが面白い」など、話題はどんなことでもいいのです。有益な情報を与えてくれる人は、誰にとってもいい人とみなされます。
上手に質問しながら、「へーっ」と驚き、「素晴らしいですね」とほめながら、前向きな言葉で気持ちよく切り上げる。多くの人と楽しい時間を過ごすだけでなく、ときに自分の身を守るためにも、雑談力は身につけるべきひとつの技術ととらえたほうがいいと思います。
※今コラムは、『人生を変える「超」会話力』(プレジデント社)より抜粋し構成したものです
構成/岩川悟(合同会社スリップストリーム) 写真/塚原孝顕