マネ―スクエアのチーフエコノミスト西田明弘氏が、投資についてお話しします。今回は、トルコの金融政策について解説していただきます。


12月20日、トルコ政府はリラ防衛策を打ち出しました。

今年3月にインフレ抑制のために利上げを続けるTCMB(中央銀行)の総裁をエルドアン大統領が更迭したあたりから、リラは軟調地合いが続いていました。そして、インフレが一段と高進するなかで、TCMBが9月以降の4回の政策会合で計5.0%の利下げを敢行。リラ安に歯止めがかからなくなっていました。エルドアン大統領が利下げを要求し、TCMBがそれに呼応するように利下げを繰り返したことで、市場からの信用が完全に失墜したためでした。中央銀行がインフレを抑制できない、あるいは抑制する意思がないと市場が判断すれば、それは通貨安要因になります。

トルコリラは急反発

TCMBによる市場介入の効果もなく、ほぼフリーフォール(自由落下)状態だったリラは、リラ防衛策の発表を受けて急反発しました。そして上下動はあるものの、足もとでは落ち着きつつあるようにも見えます(12月22日現在)。

エルドアン大統領が打ち出したリラ防衛策は以下の通り。

・為替変動に対するリラ建て預金の保護
・輸出企業に対する為替ヘッジ機能(NDF)の提供
・リラ建て国債への投資に対する源泉税(10%)の廃止
・私的年金に対する政府補助の拡大

TCMBは4回目の利下げを決めた12月16日の政策会合で、利下げをいったん休止する意向を表明しました。しかし、エルドアン大統領は「高利貸し」はイスラムの教義に反するとして、引き続き低金利を求めるでしょう。今回のリラ防衛策は、エルドアン大統領がTCMB(中銀)に対して利下げ要求を続けることの裏返しでもあるしょう。また、度重なる市場介入によってトルコの外貨準備は事実上マイナスになっているとの指摘もあり、(リラ買い外貨売りの)市場介入が限界に近いことの証左かもしれません。

リラ防衛策は対症療法

今回の措置により際限のないリラ安にいったん歯止めがかかりそうです。ただし、リラ安の根本原因は中央銀行の信用失墜です。政策金利がインフレ率を下回っており、いわゆる実質金利はマイナスです。そして、インフレの一段の加速が予想されるなか(11月の消費者物価指数は前年同月に比べて21.3%上昇)、利下げをせずとも実質金利のマイナス幅は拡大するでしょう。したがって、利上げという根源治療を欠いたリラ防衛策は対症療法に過ぎません。いつまた症状が悪化するかもしれません。

今回のリラ防衛策は、リラ建て預金の保護など、かなり異例のものです。トルコのヴァランク産業科学相は「我々には様々なツールがある(とエコノミストたちは思い知ったか)」と自慢しましたが、その効果や効果の持続性には疑問の余地があります。

リラ防衛策は財政負担に?

預金保護は、リラが米ドルなどの主要通貨に対して下落し、その下落率が預金の利率より大きかった場合は政府が穴埋めするというもの。それがどれだけトルコ国民のリラ離れを防げるかは不透明です。政策金利(≒預金利率)がインフレ率を大きく下回っているマイナス金利の状態で、銀行預金は魅力的な選択肢とは言えないでしょう。つまり、エルドアン大統領が自ら作りだした低金利環境が預金保護の効果を弱めるかもしれません。

そして、預金保護だけでなく、リラ防衛策全体が政府の負担を大きくしうるものとなりそうです。トルコの財政状況が一段と悪化するのであれば、格付け会社の判断も修正を迫られるかもしれません。


市場は引き続きリラの「大変動」を予想?

市場は、少なくともトルコリラが落ち着くとは思っていないようです。トルコリラのインプライド・ボラティリティ(予想変動率、対米ドル、1カ月)は22日に一時80%を超え、18年のリラ・ショック(※)や、08年のリーマン・ショックの水準を大きく上回りました。また、トルコリラのインプライド・ボラティリティ(同)は、Bloombergが「新興国通貨」と定義する22通貨の中で「断トツ」で最大となっており、2位のチリペソの約4倍です。投資家は引き続きリラの大幅な変動を予想しているか、少なくとも大幅な変動に備えたポジションを取っているということでしょう(いずれも下図)。

(※)エルドアン大統領が娘婿を財務大臣に起用、中央銀行の人事権を掌握するなどして、中央銀行の独立性が疑問視され、また米国人牧師の拘束により対米関係が悪化してリラ安に歯止めがかからなくなった局面

  • トルコリラのインプライド・ボラティリティ

ホリデーシーズンの最盛期を迎え、市場の流動性はますます薄くなる可能性があります。そうしたなかで、トルコリラだけでなく、様々な通貨のボラティリティが高まる可能性があることに留意する必要はあるでしょう。

  • 新興国通貨のインプライド・ボラティリティ