――佐々木さんの「変身」は、力みのない自然な動きに華麗さが感じられ、藤岡さんの「ライダー変身」では剣豪の刀さばきのような力強さがありました。そして宮内さんの「変身V3」では2号と1号の構えをミックスさせ、最初の構えから腕をゆっくり動かし、最後に決めるまでの緩急の付け方が絶品でした。みなさんそれぞれ独自のカッコよさがあって、あのころの子どもたちは細かな腕の角度や腰の位置に至るまで、しっかりマネをしようと懸命に練習していました。

宮内:大野剣友会の殺陣師・高橋一俊さんから「横綱の土俵入りを頭に入れてほしい」と言われました。風見志郎の変身は第2話のハサミジャガー戦が初めてなのですが、そのときは腕の動きが早かったんです。だんだんゆっくりになって、最初のころと比べると倍くらい時間を取って変身するようになりましたね。「行くぞ!」と言いながらデストロン怪人をにらみつけ、大きく振りかぶって腕を構え、ゆっくり回して最後はシャープに決める。土俵入りですから、なるだけタメてタメて、一番の見せ場だと思ってやっていました。

佐々木:1号、2号、V3は、変身ポーズだけじゃ変身できないんだよね。僕の場合だと「変身!」とポーズを取ったらベルトのシャッターが開いて、「とおっ!」と大きくジャンプする。そこで風圧を受けて風車が回り出し、変身する。初期の(本郷猛の)設定が後にも生きていたんです。

藤岡:3人とも変身ポーズのスタイルが違っていて、どれもカッコいい。それは本当に凄いなと思います。変身ポーズこそ、子どもたちの心の中に今でも焼き付いている、仮面ライダーを象徴する動作なんです。佐々木くんが変身ポーズをやってくれたから、『仮面ライダー』の人気が急上昇した。彼という最高のお手本がいてくれたおかげで、主役復帰することが叶った(第53話より)ときも、強い思いを込めて変身ポーズを取ることができたんです。

宮内:「変身」という言葉は、『仮面ライダー』の放送前はそれほどポピュラーではなかったように記憶しています。でも仮面ライダーが大ヒットして、「変身」が流行語になった。NHKのニュースでアナウンサーが普通に「変身」という単語を用いたのを聞いて、驚いたことがありましたから。

藤岡:私もそんな話を聞いたことがあるなあ。「変身」は『仮面ライダー』から飛び出した流行語であり、新聞や雑誌の見出しに使われるようになったと。

佐々木:僕が『仮面ライダー』に出演していたころ「変身ブーム」って言われていたというのも、よく覚えています。僕は「変身」の元祖ですから(笑)。一文字隼人役を演じてくれと言われたとき、NHKの連続テレビ小説『繭子ひとり』と大阪・朝日放送『お荷物小荷物(カムイ編)』と2本のドラマレギュラーがあり、他にも歌謡番組などでものすごくスケジュールがキツかった。だから『仮面ライダー』では、変身ポーズを取るのが好きでしたよ。「変身!」と言った後はライダーが戦うので、僕は別の現場に行けますから(笑)。でも、撮影が始まってすぐ(第14、15話ほか)、激しいアクションをする大野剣友会のみんなの苦労を知るために、僕もライダーのスーツを着て立ち回りをしたことがありました。そこでアクションの大変さを知ったからこそ、現場を離れるときでも「カッコいいアクションを頼むよ!」という信頼を込め、剣友会のみんなにすべてを託すことができたんです。

宮内:僕の場合は、台本ではV3が出て来るところでも、風見志郎のままでデストロンと戦って、なかなか変身しないという風に変えてもらったりしていました。

佐々木:僕はすぐ変身したかったけれど、宮内くんは変身したがらない男なんだよな(笑)。

宮内:風見志郎がデストロンにやられてやられて、テレビを観ている子どもたちがもうこれはダメだ、風見志郎が傷だらけじゃないか、早く変身しないとやられちゃうんじゃないか……とハラハラするところまで引っ張って、いよいよという場面でV3に変身する、みたいな演出を大事にさせていただきました。役者として、1秒でも長く画面に映っていたいという思いもそりゃあ、ありましたけれどね(笑)。風見志郎、絶体絶命のピンチというところで、満を持して変身するからこそ、V3のカッコ良さが引き立つわけです。