マネ―スクエアのチーフエコノミスト西田明弘氏が、投資についてお話しします。今回は、米FRB利上げの条件について解説していただきます。


11月にもテーパリングを開始か

主要な中央銀行が新型コロナ対応の強力な金融緩和からの正常化を模索するなか、米国のFRB(連邦準備制度理事会)もいよいよ動き始めそうです。早ければ11月2-3日に開催されるFOMC(連邦公開市場委員会)で、QE(量的緩和=債券購入による資金供給)を段階的に縮小する、いわゆるテーパリングを決定する可能性があります。パウエルFRB議長は、その場合にQEは22年半ばに終了するとの見通しを示しています。金融市場でもそうした見方が有力になっています。

利上げ開始には厳しい条件

QE終了の次の段階である、ゼロ金利の解除、つまり利上げの開始については見方が分かれるところです。9月のFOMCに参加した議長ら18人のうち、9人は22年中の利上げを予想し、8人は23年中の利上げ予想、1人が24年中の利上げ予想でした。パウエル議長はテーパリングのタイミングやペースと利上げ開始に直接的な関係はないとして、利上げにはテーパリング以上に厳しい条件が満たされる必要があると述べています。その条件とは、FRBの2大マンデート(使命)である「最大雇用」と「物価安定」が実現することです。以下に「最大雇用」と「物価安定」について考察しました。


「最大雇用」とは、賃金上昇圧力によってインフレが生じる直前まで失業者が減った状況を指します。失業率でいえば4.0%程度です(0%ではありません)。それは、FOMCが9月に公表した経済見通しの中で失業率の長期予想(=中央銀行の努力目標)が4.0%だったことからもうかがえます。

また、失業率の低下の背景が、職探しを諦める人が増えて失業者が減っているから、では意味がありません。生産年齢人口(軍人や学生などを除く16歳以上の人口)のうち、労働力人口(労働者+失業者)の割合、いわゆる労働参加率が一定の水準を維持する必要があります。

以上を踏まえた上で、22年中の利上げを念頭に次のシミュレーションを行いました。

  • 失業率が今年9月時点の4.8%から4.0%へ低下する
  • 労働参加率が今年9月時点の61.6%から63.1%(19年の平均)に上昇する
  • 生産年齢人口が年率0.5%(今年1-9月のペース)で増加する
  • 22年11月に最大雇用が達成される(22年中に確認できる最後の雇用データ)。

雇用が毎月42万人のペースで増加すれば、22年中に「最大雇用」を達成

シミュレーションの結果、22年11月時点の雇用者数は1億5,955万人と算出できます。今年9月時点(1億5,368万人)から587万人の増加です。つまり毎月42万人ペースで雇用が増加すれば、22年11月に最大雇用が達成され、理論上は22年中の利上げが可能になります。今年8月のNFP(※)は36.6万人増、9月は19.4万人増なので、必要なペースに達しませんでした。ただし、3カ月移動平均をみれば9月時点で55.0万人なので、十分なペースといえます。

(※)NFP=非農業部門雇用者数。ここでのシミュレーションは家計調査に基づいており、厳密には事業所調査のNFPとは一致しません。ただし、大きなトレンドはほぼ同じなので、本稿では敢えて両者を比較しています。

  • 米NFP(非農業部門雇用者数)

もちろん、雇用は常に一定のペースで増えるわけではないし、経済情勢も変化するでしょうから、上のシミュレーションはあくまでも参考にすぎませんが、一つの尺度にはなりそうです。


「物価安定」とは、家計や企業の経済行動が物価動向から影響を受けない状況を指します。かつて、中央銀行は物価上昇率ゼロ%を目指していました。しかし、低インフレが定着し、デフレ(=物価上昇率マイナス)の脅威が認識されると物価上昇率2%程度を目標とするようになり、それは多くの主要中銀で共有されています。

そして、FRBは20年9月から、一時点ではなく一定期間の平均として2%を目指すことにしています。つまり、2%を下回る期間が続けば、2%を超えることも容認されるという考えです。実際、FRBが重要視するPCE(個人消費支出)コアデフレーターは今年4月以降に2%を大幅に上回っていますが(今年1-9月は年率4.8%)、それを一時的と見なしていることもあって、2%の物価目標は達成されていないと判断しています。

では2%の物価目標の達成はいつか。FRBが定義する「一定期間(for some time)」が不透明なため、以下のシミュレーションを行いました。

  • PCEコアデフレーターが21年9月以降も年率4.0%で上昇を続ける(実績&仮定)
  • 起点を18年12月(期間約3年)、16年12月(同5年)、11年12月(同10年)として、それぞれの起点からPCEコアデフレーターが年率2.0%で上昇した場合、いつの時点で上記の「実績&仮定」がそれらのラインに達するかを調べる

前年比4%のインフレ率が続けば、22年6月に10年間平均での物価目標達成

結果は、「一定期間」が3年の場合(18年12月起点)、今年5月に物価目標は達成されました。「一定期間」が5年の場合(16年12月起点)も同じ結果でした。「一定期間」が10年の場合(11年12月起点)、目標達成は22年6月になります。

  • PCEコアと2%物価目標(水準)

もちろん、PCEコアデフレーターの伸びが鈍化すれば、「一定期間」が10年の場合の目標達成は先送りされることになります。例えば、今年9月以降のPCEコアデフレーターの伸びを年率3.0%とすれば、目標達成は23年3月になる計算です。また、年率2%以下とすれば目標は永遠に達成されません。


リーマンショック後のQE(量的緩和)が終了したのが14年10月。そして、最初の利上げ(ゼロ金利解除)は14カ月後の15年12月でした。利上げ決定時の失業率は現行のデータに基づけば5.1%、同じくPCEコアデフレーターは2.0%でした。今年9月の失業率は4.8%であり、加えて高インフレが続いている現局面ではFRBに利上げを長く待つ余裕はないかもしれません。