若くして脳出血で倒れ、半身不随の体に……将来に絶望しそうな状況の中でも「半身不随の営業マン」として、障害者のキャリアの可能性を広げようと前向きに奔走している人がいます。オンライン営業ツールの開発・販売を行うベルフェイスでセールス業務を担う御池優さんです。

生死をさまよい、歩くことさえできなかった寝たきりの状態からどのように復職を果たしたのか、障害を抱えながら営業マンとして活躍できている理由、そして御池さんが叶えたい夢とは? インタビューで伺いました。

  • Instagramのリールでリハビリ風景を発信している御池さん

左半身「全廃」から歩けるようになるまで

――2020年5月に脳出血で倒れたということですが、当時はどのような状況だったのでしょうか?

突然、日曜日の昼過ぎくらいに意識が遠のいてきて自宅で倒れました。当時都内で一人暮らしをしていたのですが、スマホがポケットに入っていたのでなんとか119番通報して"ギリギリ命が助かった"という感じです。原因は「脳動静脈奇形」。生まれつき、脳の中に動脈と静脈が直接つながっている部分があり、正常な血管に比べて壁が薄く破れやすいので、脳出血になりやすい状態だったそうです。

倒れてから半月くらいは意識が戻らず、意識が戻ってからの1カ月間は会話できても記憶が残らない、という日々を過ごしていました。最初は左半身が全廃(全く動かない状態)、一部言語障害も残っていて、医師からは「一生電動車いすになるかもしれない」「退院後は障害者施設に入り、就労支援サービスを受ける形になるでしょう」と言われていたんです。

――いま御池さんとお話ししていると、そのような状態だったとは思えないほど回復されていますね。

はい、まずは入院中のリハビリで杖をついて歩けるようになり、退院時には杖がなくても歩けるようになりました。

当時は杖を使うときに医療用の足の保護装備をつけていたので、一般的なスニーカーやドレスシューズを履くことができなかったのですが、私はもともとおしゃれが大好きなので、絶対にその状態で退院したくなくて(笑)。病院を巻き込んで、一般的には徐々に進めるリハビリの計画を変えてもらい、ペースを上げていただいたんです。

私は幸いにして言語や思考の部分に後遺症がなかったので、自分の意思を病院側に伝え、主体的にリハビリを行えたことが、早い回復につながったのではないかと思っています。

退院後もリハビリは継続していて、いまではスーツや私服で歩いていたら全然障害者だってわからないくらい、自然に歩けるようになっています。

  • 御池優さん(33)/ベルフェイス ビジネスグループ セールスチーム/従業員1,000名未満の企業を対象に、セールスとして活躍。ターゲット業界の選定や個別のアカウントプラン策定、BDRとの連携、商談進行とプレゼンテーション、成約後のCS連携、アップセル提案に従事している。

営業マンとして復職できる? 背中を押してくれた言葉

――そんな中で「復職したい」さらに「営業マンとして職場に戻りたい」と考え始めたのはいつ頃ですか?

意識が戻ってきたころ、会社の上司や社長がメールで励ましのメッセージをくださって「私はベルフェイスという会社で働いていたんだ。早く会社に戻らないといけない、いただいた恩義を返さないといけない」と認識し始めたのが最初だったと思います。

それから、意識と思考がはっきりしてきたタイミングで、いまの仕事・会社であれば、障害があったとしても営業マンとして復職できるのではないかと考えるようになりました。

私が従事しているのはオンラインセールスで、基本的には営業先に訪問せず、オンラインのみでお取り引きすることが可能な仕事です。またフルリモート勤務なので、自宅にいながら働くことができます。

対面営業が主の会社であれば、もしかしたら復職できても事務部門に配属されるのが一般的なのかもしれません。オンラインセールスの場合はPCの画面上でコミュニケーションをとることができますから、普通に営業マンに戻れるのではないかなと直感的に思っていたんです(のちにそんな簡単なことではないと知るのですが)。

また入院中に、オンラインセールス・インサイドセールスの第一人者であり、『インサイドセールス–訪問に頼らず、売上を伸ばす営業組織の強化ガイド-』という著書も出されている茂野明彦さんからいただいた言葉も、営業マンとしての復職を後押ししてくれました。

もともと面識はなく、私にとっては雲の上の存在なのですが、SNSで私の状況を知り「インサイドセールス・オンラインセールスであればたとえ障害があっても営業に戻れます、だからぜひ戻ってきてください。そしてその経験を発信することが同じような境遇の方へ勇気を与えられると思います」とメッセージをくださったんです。そこで「セールス(営業マン)に戻るしかない」と確信を持ちました。

復職時に意識したのは「自分の状況を客観的に伝えること」

――2021年3月に復職されたとのことですが、復職に至るまで、会社とはどのようなやりとりがあったのでしょうか?

会社として障害者の受け入れが初めてだったので、労務の方も、上司も、最初はどう対応したらいいのかわからない、という感じで大変でした。もちろん私も障害を持って復職するのは初めてなので、全員が情報を持っていない中で一番大事にしたのは、出来る限り客観的な情報を会社に伝えることです。

具体的にやったこととしては、主治医からどのような作業や働き方が可能か意見書をもらうこと、そして歩行やPCの入力速度を数値化して会社に提出することです。

例えば私は左半身の感覚がないので左手でキーボードが打てず、片手入力になってしまいます。そのためどうしても、PCの入力速度は遅くなります。

ですから、片手で入力した場合10分間でこのくらいの文字数を入力できますよ、とか、タイピング検定の速度に置き換えるとこれくらいのスピードですよ、といった具合に、出来る限りバイアスがかからないよう、会社に伝えました。

また産業医と面談して、できること・できないことを明確化していきました。その結果、障害者雇用ではなく、一般雇用として復職することになりました。

――できること、できないことを客観的データで共有できたことで、周りの方も御池さんの復職をサポートしやすくなったんですね。今はどのような形態で働いていらっしゃるんですか?

現在は水曜日にリハビリを行っているので週4日勤務です。ただ、フルフレックス制度が利用できるので、月間勤務時間の帳尻を合わせることで、フルタイム勤務での復帰が可能になりました。

インサイドセールス部門やカスタマーサクセス担当と社内のミーティングを重ねながら、フロントの営業職として1日4~5件の商談を行う毎日を送っています。

  • 御池さんが復職時に提出した書類。同じ病気で復職経験があった知人からアドバイスをもらって作成されたそうです。