夏季、冬季両大会で活躍するパラアスリートのオクサナ・マスターズ(米国)が、「TOKYO2020」自転車競技(ハンドサイクル)において2冠を達成した。ロード・タイムトライアルと個人ロードレースを制したのだ。

  • 自転車「金」オクサナ・マスターズ。チェルノブイリの惨劇、孤児院での虐待、両足切断─すべてを乗り越えて。

    夏季、冬季両パラリンピックで活躍を続けるオクサナ・マスターズ。コロラド州にあるオリンピックトレーニングセンターで2016年に撮影。(写真:AP/アフロ)

これでメダル獲得数は、金4を含み通算10。それでもオクサナは言う。「私は、もっとやれる。やり残していることが多くある、まだ満足はしていない」と。彼女が歩んだ苛烈なる人生、そして尊きチャレンジ精神に迫る。

■消えぬ心の傷

曇り空の下、富士スピードウェイのフィニッシュラインに右腕を突き上げて笑顔で走り込んだ。チームスタッフが駆け寄って星条旗を渡す。オクサナ・マスターズは、それを靡かせながら視線を高くして何度も絶叫した。
「勝てたなんて信じられない!」
9月1日、正午過ぎに始まった「自転車・女子ロードレース(ハンドサイクル)」決勝。
追いすがる孫変変(中国)を後半に一気に引き離し独走態勢に入ったオクサナは、66キロを2時間23 分39秒で走り抜き優勝。前日の「女子タイムトライアル(ハンドサイクル)」に続き今大会2つ目の金メダルを胸に輝かせた。

生まれた時から重度の障がいを抱えていた。
手の指がすべてくっついていた。左足の脛に骨がなかった。両足の長さも異なり指は6本ある。そして、臓器にも異常がみられた。
オクサナが生まれたのは1989年6月、場所はウクライナ。チェルノブイリ原発事故から3年後のことである。重度の障がいは、母親の被爆が影響したと推察される。
そんな彼女は、生後まもなく両親からは見捨てられ、孤児院で過ごすことになった。

孤児院の環境は劣悪だった。虐待が絶えない、そして満足に食べ物も与えられなかった。
「一日中、洗濯をさせられてパンが一切れ貰えるかどうか。何も食べられない日もあった」
彼女は、そう振り返る。
足が不自由な上に、栄養失調。
(もうすぐ死ぬんじゃないの)
周囲は、そんな目で彼女を見ていた。
苦しい日々が続く。それでも、オクサナには希望があった。それは、孤児院で知り合った友人レニーの存在。彼女と一緒にいる時だけは楽しかった。レニーに優しく接せられ支えられることで生命をつないでいたのだ。

だが、事件が起きた。
オクサナが7歳のある日、真夜中にレニーと二人で施設のキッチンに向かう。空腹に耐えかね食べ物を探すためだった。誰もいないと思っていたキッチンには人影があり、彼女たちは身を潜める。その時、オクサナの足が椅子にあたり音を立ててしまう。
レニーだけが3人の男に見つかり、「勝手に部屋から出た」という理由で殴られ続けた。
男たちがキッチンから去った後、駆け寄るとレニーは動かなくなっていた。

■レニーと一緒に走る!

それから間もない頃だった。
部屋で寝ていたオクサナは夜中に起こされ、応接室に連れていかれる。怯える彼女を待っていたのは、ひとりのふくよかな女性だった。
米国人で研究者のゲイ・マスターズ。
オクサナは、彼女の養子となり、米国に移り住むことになった。
「あの日の彼女の優しい目は、いまでもハッキリと憶えている。助かった、と思った。物心がついてから初めて、悪夢に魘されることなく安心して眠れるようになった。もし、ママと出会うことがなかったら私は生きていけなかった。ママが私の新しい人生を切り拓いてくれた」

だが、その後もオクサナは試練に見舞われる。
足の状態はさらに悪化。痛みに耐えきれず9歳の時に左足を、14歳で右足を切断。
歩けなくなった彼女に母ゲイは、スポーツを勧める。オクサナは、上半身の動きだけでできるボートに夢中になった。
上半身を必死に鍛え、テクニックも身につけていく。
そして彼女は23歳の時、2012年ロンドン・パラリンピックの米国代表に選出された。アフガニスタンに派兵され両足を失った元米国海軍兵のロブ・ジョーンズとペアを組み「ボート混合ダブルスカル」に出場、見事に銅メダルを獲得したのだ。
オクサナは妥協なく練習に取り組んだ。だからこそ好成績を収められたのだが、その代償も大きかった。背中を傷めてしまいボートを断念せざるを得なくなる。

でもすでに、オクサナはスポーツの虜になっていた。
自分のカラダと心を追い込みトレーニングを続けることで、「生きている」と実感できた。 ボートを諦めた後、彼女はノルディックスキーに取り組む。
日々練習に励み2014年冬季パラリンピック・ソチ大会に出場、銀・銅の2つのメダルを獲得。さらに4年後の平昌大会ではバイアスロンにも挑み、金2つを含む5つのメダルを手にした。

  • 8月31日に行われた「女子ロード・タイムトライアル」でのオクサナ・マスターズの圧巻の走り。翌9月1日の「女子ロードレース」でも優勝し2冠を達成した。 (写真:ロイター/アフロ)

パラアスリートとして知られるようになったオクサナ。
だが、彼女の挑戦はさらに続く。
自転車競技も始め、2016年リオ・デ・ジャネイロ大会にも出場、メダルまであと一歩の活躍をするのだ。
そして、今回の東京大会には米国代表のエースとして参戦。レース本番100日前の6月に、痛みを取り除くために足を手術、コンディションが万全ではない中、彼女は最後まで集中力を切らすことなく走り抜き栄冠を掴んだ。

「私にとって一番大切なのはママの存在。金メダルを喜んでもらえたなら、そのことが一番うれしい。いまは、練習や遠征でなかなか会えないけど、できる限り一緒に楽しい時間を過ごしたい」
また彼女は、こうも話す。
「私の精神力は、かなり強いんだと思う。痛みや苦しさなんて大したことじゃない。目標に向かって頑張れる喜びに比べれば」
このメンタルの強さは、幼少期の孤児院での体験と無関係ではないだろう。
彼女の姿を見ていて感じる。
「気持ちの強さは、肉体を超越するのだ」と─。

レース中に、苦しくて「もうダメだ」と思う時がオクサナにもある。
そんな時、不思議な感覚が生じるという。苦しいのに誰かが背中を押してくれてスピードを落とさず前に進める。振り向いても誰もいない。彼女は思う。
「レニーだ! レニーが私と一緒に走っている。負けるわけにはいかない!」

オクサナは、半年後の来年3月に北京で開かれるパラリンピック冬季大会にも出場予定、挑戦は続く。

文/近藤隆夫