ホンダ唯一、いや日本で唯一のスーパーカー「NSX」が歴史に幕を閉じる。ラストモデルとなるのが、日本では2022年7月に発売となる「Type S」というクルマだ。ホンダ・チャレンジングスピリットの象徴だったNSXの最後を飾るType Sとは、どんなクルマなのだろうか。
「HondaはNSXで培った人材、技術などを今後のクルマづくり、モノづくりに生かすことで、来たる電動化や新たな価値を持ったモビリティの中でも、お客様に引き続き『走る喜び』『操る喜び』を提供していくべく、チャレンジしていきます。最後に、NSXを愛してくださった、すべての皆様に心より、感謝いたします」
ホンダは「Type S」発表のリリースをこんな文章で締めくくっている。ホンダは大丈夫なのか。日本のスーパーカーはどうなってしまうのか。ちょっと切ない気持ちのまま、NSX TypeSの事前説明会に参加してきた。
2世代続いたスーパースポーツ「NSX」
1990年に登場した初代「NSX」は、連戦連勝だった当時のホンダエンジン搭載F1マシン(マクラーレンホンダやロータスホンダ)の高性能なイメージを象徴するフラッグシップスーパースポーツカーとして開発された。開発にはホンダのドライバーであった故アイルトン・セナや中島悟が関わったとされる。目標としたのは「フェラーリ328」。その性能を凌駕すべく、市販車初の軽量高剛性オールアルミ製モノコックボディに3.0リッターV6の高回転型VTEC・DOHCエンジン(最高出力は、当時の規制値いっぱいとなる280PS)をミッドシップレイアウトで搭載してデビューした。
ただし、その開発コンセプトは、卓越した動的性能をもちながらも、誰もが快適に操ることができることを目指した「人間中心のスーパースポーツ」というものだった。例えば「フェラーリ使い」などと呼ばれる特別な運転テクニックの持ち主ではなくてもドライブできる、視界が良くて乗りやすい、トランクまで備えたスーパーカーという革新的なスタイルが、当時は話題となったものだ。生産は栃木や三重のホンダ工場が担当。販売は2006年まで続いた。米国では「アキュラ」ブランドで売っていた。
それから10年を経た2016年に登場したのが、Type Sのベースにもなっている2代目「NSX」だ。初代と同じく、エンジンを運転席後方に置くミッドシップレイアウトを採用。搭載するのは最高出力507PSを発生する3.5リッターV6ツインターボで、これに左右前輪を独立して駆動する2基のモーターとエンジンをアシストする1基のモーターを組み合わせた3モーター式「スポーツハイブリッドSH-AWD」が新しかった。最高出力はシステム合計で581PSと、最新のスーパーカーらしいハイパワーを備えたクルマに仕上がっていた。
2代目NSXの性能は、同時期に存在していたアウディ「R8」やポルシェ「911ターボ」など各社の高性能モデルと互角以上に渡り合うことができるレベルだった。先進の3モーターハイブリッド技術にはライバルも脅威を感じたそうで、それぞれの次期モデル開発のため、各スーパーカーメーカーがNSXを買い込んで研究した、との話も伝わってきた。
デザインを米国ホンダが主導し、生産を米国内のホンダ工場が担当した2代目は、2015年1月のデトロイトモーターショーでデビューを果たした。発表会当日には筆者もその場に居合わせたが、「Honda=米国車」のイメージを持つ会場の参加者らが、アンベールの瞬間、「俺たちのスーパーカーだぜ!」とばかりに大いに盛り上がっていたのが印象的だった。
日本における2代目NSXは、逆輸入となってしまったこともあり、価格が2,370万円まで高騰した。初代は800万円前後で、がんばればなんとかなりそうな価格だったのに、2代目はスーパーカーという立場に相応しい(?)、価格的にちょっと手が届き難いところに位置するクルマになってしまった。
NSXのパフォーマンスがすばらしいことは重々わかっていても、この値段になってしまうと、「フェラーリ」「ランボルギーニ」「マクラーレン」などが視野に入ってきてしまう。いわゆる“富裕層ビジネス”にどっぷりとつかり、ハイブランドカーを購入して愉しみたいというオーナーたちを振り向かせるのは簡単ではない。2代目NSXの販売は不振が続き、本場の米国でも同様の理由でなかなか台数を伸ばすことができず、さらにはホンダの四輪事業自体も利益率が大きく悪化してしまった。そんな中で、冒頭のような事態になったのである。
スーパーカーを極める
NSXの最後を飾るのが今回の「Type S」だ。コンセプトは「スーパーカーを極める」で、2代目の集大成とすべく、これまでのNSXを超えるパフォーマンスとデザインを追求したという。
エンジンは高耐熱ターボチャージャーの採用により過給圧を5.6%、インジェクターの燃料噴射量を25%、インタークーラーの放熱量を15%それぞれアップさせ、最高出力を16kW(22PS)増の389kW(529PS)/6,500~6,850rpm、最大トルクを50Nm増の600Nm/2,300~6,000rpmに引き上げた。
さらにIPU(インテリジェントパワーユニット)のバッテリー出力と使用可能容量を拡大し、「スポーツ ハイブリッドSH-AWD」システムの最高出力は581PSから610PS、最大トルクは646Nmから667Nmへと最大化を果たしている。
これに合わせて、9速デュアルクラッチトランスミッションには「パドルホールド・ダウンシフト」を採用。減速側のパドル(左側)を0.6秒ホールドすることで、瞬時に最も低く適切なギアにシフトダウンできる仕組みを取り入れた。エンジンサウンドはアクセル操作に反応するようチューニングを施し、ドライバーとクルマの一体感や運転時の高揚感をさらに高めたとしている。
足回りは新デザインのフロント19インチ、リア20インチ専用鍛造ホイールを採用することでワイドトレッド化し、ホンダ認証-H0-マーク入りのNSX専用ピレリ「Pゼロタイヤ」がサーキット走行時の限界性能とコントロール性を引き上げている。4つのモードを持つ「インテグレーテッド・ダイナミクス・システム」も、全速・全域でスーパーカー体感ができるようブラッシュアップ。Type Sらしい「操る喜び」を具現化した。
エクステリアデザインは「パフォーマンス・デザイン」をコンセプトとし、今までのワイド&ローのスタイリングをより際立たせた。機能と存在感が両立したアグレッシブな造形だ。具体的には、空力と冷却を高次元で両立するトータルエアフロー・マネジメントを向上させるため、デザイナーとレース経験のある技術者が最先端のシミュレーションや風洞実験、走行試験を重ねることで、新デザインの前後バンパーを作り上げた。効果の高そうな大型のフロントリップスポイラーやリアディフューザーも目を引く。
限定色として登場したホンダ初のマットカラー「カーボンマットグレー・メタリック」をまとった撮影車は本当にカッコいい。ひと目でType Sとわかるスーパーカー然とした外観を眺めていると、思わず「最初からこのデザインで出ていれば…」とため息が出てしまった。
350台の限定生産となるType S。エンジンルーム後方に付いているシリアルアンバープレートが所有の喜びをくすぐってくる。日本への割り当てはわずか30台で、そのうち10台は先のマットカラーになるという。
究極のラストNSXは売り切れ必至。価格は2,794万円だ。開発担当者へのインタビューはまた別稿でお伝えする。