マネ―スクエアのチーフエコノミスト西田明弘氏が、投資についてお話しします。今回は、米国の予算交渉が注目される理由について解説していただきます。


米国の連邦議会上院(以下、上院。同様に下院)は、8月10日にインフラ投資法案を可決、次いで11日に2022年度予算決議を採択しました。インフラ投資法案は下院で同一のものが可決されれば、バイデン大統領が署名して成立します。一方の予算決議は、法的な拘束力は弱いですが、今後の予算編成の設計図となる重要なものです。

マーケットが予算交渉に注目する理由

金融市場が米国の予算交渉に注目するのは以下の理由からです。

今年1月に就任した民主党のバイデン大統領は、「Build Back Better(より良く再建する)」と題する経済政策を提案しました。「Build Back Better」は、インフラ投資や所得格差の是正、子育てや高齢者の支援などを目的とする、野心的かつ包括的な長期の経済政策です。

(※)4月9日付け「『バイデン・プラン』はアポロ計画に比肩⁉」をご参照ください。

予算は「Build Back Better」を具現化するための手段であり、インフラの強化やミドルクラス(中流層)の支援を通じて経済の活性化ができるかどうかを、株式を含む金融市場は大いに注目しています。

「Build Back Better」の財源が、大統領の公約通りに企業や富裕層への増税なのか、別のものに変わるのか、それとも財源が手当てできずに財政赤字が拡大するのかも重要な意味を持ちます。

また、予算交渉が難航すれば、シャットダウン(一部の政府機能の停止)やデフォルト(債務不履行)のリスクが高まることも、金融市場が神経質になる理由です。

(※)予算編成のプロセスや重要用語については、4月16日付け「マーケットが注目する米国の予算編成プロセス」で詳しく説明しているので、ご参照ください。

二本立ての戦術

さて、バイデン政権(および議会民主党)は議会共和党との予算交渉にあたって「二本立て」の戦術を採っています。共和党の支持が得やすい狭義のインフラ投資法案を民主党と共和党の超党派で成立させ、ヘルスケアや福祉関連を含む包括的な法案は予算調整法案を用いて民主党単独で成立させる作戦です。

上述したように5,500億ドルのインフラ投資法案は上院で可決されました。下院が上院と同じ法案を可決すれば成立しますが、それまでの道のりはまだまだ遠そうです。下院は9月20日まで夏休みに入っています(夏休み中に召集されて採決される可能性はありますが)。また、民主党のペロシ下院議長はインフラ投資法案を、バイデン大統領の経済政策の大部分を実現させる3.5兆ドルの包括法案と合わせて審議する意向を示しています。党内左派がそれを強く望んでいるからです。一方で、党内穏健派からはインフラ投資法案を先に可決すべきとの声もあり、足並みは揃っていません。

難航が予想される予算交渉

一方、下院が上院と同じ予算決議を採択すれば、包括法案を盛り込む予算調整法案を審議する前提条件が整います。

もっとも、予算調整法案の審議はかなり難航しそうです。上院では民主党全50議席と上院議長を務める副大統領の票があればギリギリ過半数に達します。しかし、言い方を変えれば、共和党全議員が反対したうえで民主党から1人でも党の方針に従わない造反者が出れば、過半数に届きません。同様に、下院も民主党が過半数を握っているものの、議席数は僅差(民主党220、共和党212、空席3)。下院民主党は保守・穏健・革新と幅が広く、造反者が出て過半数に届かない可能性もあります。

予算交渉が難航すれば、予算が成立しないままに2022年度を迎えてシャットダウンが発生したり、デットシーリング(債務上限)の引上げが遅れて政府がデフォルトしたりするリスクが高まるでしょう。金融市場のみならず、一般市民にとっても迷惑な話ですが・・