「実は転職します」と言ってきたのは、筆者と同じロスジェネ世代のウェブ編集者。就職氷河期とも呼ばれるので、名前を氷河としよう。もちろん「小宇宙(コスモ)を燃やせ!」のイケメンとはまったく関係ない。
よほど待遇がいいの? と聞いたら、給料はそこまで変わらないと言う。企画力に優れ、SNSの運用にも詳しいようだが、普段は物静かで目立つタイプではない。
おまけに20〜30代ならともかく彼は40過ぎ、マンションのローンに加え娘もいる。今の職場ではマネージャーの立場で給与も悪くないはず。また筆者の印象では、上昇志向が特に強いほうではなく、むしろ自由にのんびりと仕事をするタイプだと思っていた。
だからこそ転職する理由が思いつかない。それで驚いたのだ。
くどいようだが、金髪のイケメンではない。
40過ぎると油ものはつらい
話を聞こうとランチに誘う。食べたトンカツがオジサンにはつらい。さっぱりしたくて場所を変えた喫茶店のアイスコーヒーは一向に胸焼けに効かない。そんな筆者と対照的に、氷河はいつも通りの自然体だ。
なんだか癪に障り、不機嫌を隠さず「さっぱり理解できないわ。なんで辞めンの?」と尋ねると「角があると曲がりたくなる性格なんですよね」と、のんびりした口調で返された。
なんだよ、昔の有名な登山家のようなそのセリフは! まったく答えになっていないじゃないか。その後も、いろいろ話をしてみたが一向に要領を得ない。
「なぜ転職するに至ったのか? なぜ転職できたのか?」筆者の疑問とロースかつ定食後の胸焼けは最後まで収まらなかった。40過ぎると油ものはつらい。
40過ぎの転職は大変?
転職35歳限界説は昔の話だろうが、40歳を過ぎての転職は同業種でもハードルは高いだろう。勝手にそう思っていた。が今回のこともあり、どうにも気になる。いや、正直言うと羨ましいと感じた。
それは「転職できたこと」ではなく、40歳を過ぎでもチャレンジできた彼の行動力にだと思う。多分。
モヤモヤを解消したく、彼を転職支援したエージェントに話を聞きたいと伝え、氷河の了承のうえ、エンワールド・ジャパン 事業開発部 部長の水野歩氏が会ってくれた。ハタ迷惑な話だなと自分でも思う。
40代の転職市場が変わった
瀟洒な同社のオフィスで対面した水野氏に、今の40代の転職市場について尋ねた。
水野氏「一般論として、企業側のニーズは『30代後半まで』『40代』『50代以降』で大きく潮目が変わるのが現在の転職市場の印象です。これは日本国内の労働力人口の変化、簡単に言うと人口減少による影響ですね」
その結果、転職市場における「転職35歳限界説」「転職回数は2~3回までが望ましい」「離職期間3ケ月以内の人材」などの縛りのような風潮は希薄になったそうだ。
――分かりやすい変化はどんなことですか。
「まずは若い人材だけを採用するのは難しいので、30代後半や40代前半も含めて検討する傾向が企業側に広がっています。この結果、40代半ばまでのミドル人材の採用市場が活発になり、採用されるケースも珍しくありません。ただ40代後半になると転職への難易度が高まり、50代になると求人数自体が大幅に減少します。ただ今後は分かりません。すぐではないでしょうが、採用される方の年齢幅が更に広くなる可能性はあると思います」
――採用する側の意識以外で変わったことはありますか。
「企業の経営者や人事部門の担当者も年齢を重ねたことでしょう。例えば、30歳くらいのスタートアップ創業者が『自分より若い人材ができれば欲しい』と採用計画を考えていたけれど、時が経ち自身が30代半ばや40代代になった。必然的に、採用対象の年齢幅も広がるということです。年齢に関係なくマネジメントできる人が一定量増えて、少し採用する年齢上限を上げている傾向もあります。また、ミドル世代が転職して、企業の新規事業部門やスタートアップで活躍し、成功事例が増えてきて、ミドル人材への認識が変わったこともあるかもしれません」
エン・ジャパンに新卒で入社して転職市場の業務を長年担当し、2012年よりエンワールド・ジャパンで紹介事業のビジネスを見ている水野氏からすると、企業の採用への認識は大きく変わってきたのだと言う。
ということは、氷河はうまいことその流れに乗っかれた? 仕事柄、アンテナの感度はかなり高い男だったけど、市場の変化をつかめたのが要因? ここも聞いておきたい。あわよくば自分も! という浅ましい計算が無い、と言うと嘘になるが……。
筆者のイメージとのギャップに戸惑う
――氷河のスキルや仕事経験をプロ目線で評価してください。
「ご本人のレジュメ内容を改めて思い返してみると、以前の職場では編集者として働き、シナリオ作成やコンテンツ制作が好き。『書きたいコンテンツ』ではなく『読者に読まれるコンテンツ』を意識して仕事をしていた。また、営業職も経験したことから数字を追求する意識がある。といったことが書かれていたと記憶しています」
たしかに読者目線は常に意識していたし、自分の企画に対する反応を分析するのが好きだと言っていたな。それにしても、知り合いの働き方を第三者から説明されるのはなんだか不思議だ。
「自分の仕事に対する数字の裏付けをきちんと出す」「仕事の振り返りをできている」「競合メディアの研究や分析をしている」などが、書類から浮かび上がる氷河のスペックだそう。
筆者には捉えどころのないフワフワした印象が強いが、説明を聞くと編集者としてバリバリやれそうな印象を受ける。本当に同一人物? 次に実際に面談した時の感想を聞いてみた。
「まずはクリエイティビティが高く、そのうえで継続した積み上げもきちんできる人だと感じました。それは営業職やマネジメント職として学んだ『数字を判断してPDCAを回す手法』を編集業務でも実践できていたことにつながっていると思います」
筆者も自覚はあるが、「自分がいいと思うもの」を情報発信したら、結果として反響があった企画や仕事はある。
しかし氷河はそうではなく、読者が何を求めているのかを起点に思考し、逆算してコンテンツを作る。再現性の高い仕事ができる編集者、水野氏にはそう見えたのだと言う。
筆者が持つ、マイペースでのんびりした男とのギャップが違いすぎだろ! なんだか狐につままれたようだ。頭を冷やして気分を変えるため、今回はここまで。後編に続けたい。
取材協力:水野歩(みずの・あゆむ)
新卒でエン・ジャパンに入社。大阪でリーダー、神戸で支社長、東京で部長を経験。中国北京の合弁会社に副総経理(副社長)として約2年出向。2012年にエンワールド・ジャパン転籍。日系企業向けの採用支援事業部を立ち上げ、日系部門部長に就任。2020年4月に事業開発部部長に就任。