メルセデス・ベンツの新型電気自動車(EV)「EQA」は、全てがちょうどいいクルマに仕上がっている。サイズは手ごろで航続距離は十分、そして何より、価格設定が絶妙なのだ。「GLA」の高性能版よりも安く、「Cクラス」とは同程度の値段で買えるEQAの登場により、メルセデスユーザーの電動化が加速するかもしれない。

  • メルセデス・ベンツ「EQA」

    2021年4月26日に発売となったメルセデス・ベンツ「EQA」

ちょうどいい3つのポイント

メルセデス・ベンツがEVブランド「Mercedes-EQ」の第2弾として発売したのが、コンパクトSUVの「EQA」だ。4月に先行予約の受け付けが始まった限定50台の特別仕様車「エディション1」は、わずか数日で予約枠が埋まるほどの人気ぶりを示した。

最近、輸入車を中心にEVが徐々に増えてきているが、その中でもEQAが関心を集めたのは、メルセデス自身がPRするように「全てがちょうどいい」と感じられるクルマだからだろう。具体的には「サイズ」「航続距離」「価格」の3つがうまくできている。

  • メルセデス・ベンツ「EQA」

    メルセデスの新型EV「EQA」は全てがちょうどいいクルマ?

まずはサイズ。EQAはメルセデスのコンパクトSUV「GLA」をベースとしているため、ボディサイズは全長4,465mm×全幅1,835mm×全高1,625mmと、日本の道路事情でも扱いに困らない大きさに収まっている。

  • メルセデス・ベンツ「EQA」

    「EQA」は日本でも取り扱いに困らないサイズ感。ちなみに、「GLA」のボディサイズは全長4,415mm×全幅1,835mm×1,620mmだ

次は航続距離だ。シティコミューターを狙った「ホンダe」のように航続距離300キロ以下のEVも登場しているが、エンジン車を使い慣れたユーザーにとって、航続距離の短いEVは未知の存在ともいえる。できれば、エンジン車と同等の移動距離が欲しいというのが、一般的な自動車ユーザーの本音だろう。

その点、422キロ(WLTCモード)の航続距離を確保しているEQAの安心感は高い。片道100キロのドライブでも(ほとんどの場合)無充電で帰宅できると考えれば、使い勝手がいいクルマだと感じるはずだ。

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    「Mercedes-EQ」第1弾の「EQC」(写真)は航続距離400キロ(WLTCモード)なので、「EQA」の方がフル充電で走れる距離は長い

そして最大のポイントは、640万円というEQAの価格である。GLAの標準車は495万円~518万円だが、GLAの高性能モデル「GLA 35 4MATIC」は702万円なので、EQAの方が安く買える。しかも、メルセデスの看板車種である「Cクラス」(現行型、セダン)のエントリーグレード「C200 アバンギャルド」が654万円なので、同程度の値段でEVにデビューできてしまうのだ。既存のメルセデスユーザーにとって、EQAは価格的にかなり現実的な選択肢となりうる。

「GLA」との違いは?

そんなEQAの実車を見てみると、GLAとの差別化もしっかりと図られていることが分かる。特にエクステリアは、仮面で覆われたようなブラック基調のフロントマスクでスポーティーなイメージを強調しつつ、都会的なクロスオーバーらしさを演出。リヤデザインもGLAと少し異なり、プレーンな仕上げとしてSUVらしいワイルド感を薄めている。前後マスクの左右を結ぶLEDライトはEQAならではのアクセントだ。

  • メルセデス・ベンツ「EQA」
  • メルセデス・ベンツ「GLA」
  • 左が「EQA」、右が「GLA」

インテリアは基本的にGLAと同じだが、こちらも専用装飾でワイルドなSUV風味を抑えつつ、未来的かつデジタルな雰囲気を高めている。その特徴的なアイテムが、助手席側のダッシュボードパネルだ。スパイラル調のデザインで、夜になればアンビエントライトにより模様が浮かび上がる。

  • メルセデス・ベンツ「EQC」

    助手席側のダッシュボードパネルは特徴的なデザイン。夜になるとアンビエントライトで模様が浮かび上がり、かなりムーディーな雰囲気になる

キャビンスペースも基本的にはGLAと同等だが、EVシステムを搭載する影響でラゲッジスペースは少し狭くなり、標準時で340L、最大で1,320Lとなっている。ちなみに「GLA 180」は435L~1,430Lだ。ここはEQAの見劣りする部分だが、Aクラスの370L~1,210L(A180)とは同等のスペースを確保できているので、荷室の容量で困ることもなさそうだ。

  • メルセデス・ベンツ「EQA」
  • メルセデス・ベンツ「EQA」
  • 「EQA」の荷室。EVのシステムを搭載する影響で「GLA」よりは狭くなるものの、「Aクラス」とは同等のスペースを確保している

次にメカニズムと基本スペックを見てみよう。EQAはフロント部に電気モーターを搭載する前輪駆動車で、エネルギー源となる駆動用バッテリーは乗員スペース下に収納する。電気モーターの性能は最高出力190ps、最大トルク370Nm。注目は最大トルクで、エンジン車であれば3.5L車並みの力強さだ。

駆動用リチウムイオンバッテリーの容量は66.5kWh。航続距離は422キロ(WLTC)と公表されている。充電は200V普通充電と日本標準のCHAdeMO式急速充電に対応。6kWの普通充電だと約11時間で満充電になる。50kWの急速充電では約1.3時間で80%までチャージすることが可能だ。

  • メルセデス・ベンツ「EQA」

    フル充電で422キロ(WLTCモード)を走行可能

回生ブレーキの自動調節が便利

EQAに乗り込んでみた印象としては、インテリアデザインや操作系統がGLAと基本的に同じなので目新しさは感じなかったものの、特別な操作が不要なのでとまどうこともなかった。EVなので、スタートボタンをプッシュしてもエンジン音はなく無音のまま。メーターパネルで「ready」状態であることを確認し、シフトレバーで「D」(ドライブ)を選択して走り出す。

走り出しても車内は静かだ。アクセル操作に対し、EQAはリニアな動きを見せる。思い通りの加速はまさに、モーターならではの美点だ。しかし同時に、その走行感覚がエンジン車に近いと感じたことは意外だった。

これはおそらく、ON/OFFのメリハリが生まれやすいモーターの動きを制御し、操作に対してはリニアに反応させつつも、不自然な動きは抑えているためなのだろう。これならば、EVに不慣れな人が運転してもギクシャクした動きになりにくいはずだ。このあたり、メルセデスが自動車メーカーとして培った制御技術を活用し、独自の味を持たせたEV作りを始めていることが感じられる。

  • メルセデス・ベンツ「EQA」

    「EQA」はメルセデス製EVの味を確認できるクルマだ

EVらしくてよかったのは回生ブレーキの調整機能だ。EQAでは、アクセルオフで働く回生ブレーキの強さを調整できる。回生ブレーキを働かせずクルマを滑走させる「コースティング走行」からアクセルオフで強い減速が得られるモードまで、5段階で調節可能だ。

ほかにも回生ブレーキの調整機能を備えるEVはあるが、EQAがユニークなのは「D AUTO」というモードを選べるところ。これは、先進安全運転支援機能で使うミリ波レーダーを活用し、前走車との距離などを認識して、車間が詰まらないよう回生ブレーキの強さを自動で調整してくれるモードだ。

これなら、前のクルマの車速が落ちても急に車間が詰まることがないので、安心して運転できる。交通量の多い道路では加減速が多くなり、運転しにくいと感じることもあるが、「D AUTO」モードはこうした場面での疲労軽減にも役立ちそうだ。もちろん、前走車が急減速して追突の危険が生じた場合は、これまでと同じく警告や衝突被害軽減ブレーキが作動する。

EQAで残念だった唯一のポイントは後席スペースだ。キャビン自体の広さはGLA同等なのだが、床下にある駆動バッテリーの影響で、後席の床面がやや高くなってしまっている。このため、着座すると膝が通常よりも高い位置にきてしまう。子供ならば気にならないだろうが、大人が長く乗っていると、やや窮屈に感じるかもしれない。もしEQAを購入するならば、ぜひ後席をチェックしてみて欲しい。後ろには子供しか乗せない人や、基本的には2人乗りという人であれば、大きな問題にはならないはずだ。

  • メルセデス・ベンツ「EQA」
  • メルセデス・ベンツ「EQA」
  • 床下にバッテリーを敷き詰めているため、後席の床面はやや高い

「EQC」の日本導入から約2年の月日が流れたが、メルセデスは着実にEV開発のノウハウを蓄積しているようで、クルマのキャラクターも定まってきた。EQAは乗りやすいEVだったが、より高性能なEQCも今後、もっといいクルマへと進化を遂げていくだろう。

EQAは決して安価なクルマではないが、メルセデスの信頼性と同社のサポート体制に魅力を感じる人にとってはEVデビューに最適なクルマだ。しかも、値下げされたとはいえ895万円するEQCより255万円も安い。さらにいえば、Cクラスの価格帯で入手可能だから、メルセデスの既存オーナーがEQAに食指を動かしても不思議ではない。最初こそEVに関心の高いユーザーが集まるだろうが、今後はEQAがメルセデスオーナーのEV化を加速させていくかもしれない。