フジテレビのドキュメンタリー番組『ザ・ノンフィクション』(毎週日曜14:00~ ※関東ローカル)では、女性として生まれながら、心は男性として生きているお笑い芸人・幸世(さちよ)さんに密着した『ボクがなりたいもの ~芸人になる。 と上京した娘~』を、4日に放送する。

心と体の性の不一致に悩みつづけた女性が男性になり、芸人の道を進んでいく――多くの人にとって未知の境遇で生きる幸世さんを追ったドキュメンタリーだが、そこに描かれているのは、LGBTとして社会生活を送る中での苦労ではなく、夢を追いかける姿、そして親子の関係性という誰しもに通じる内容だ。密着した関強(かん・きょう)ディレクター(オルタスジャパン)が、この作品に込めた思いとは――。

  • 『ザ・ノンフィクション』の密着を受ける幸世さん (C)フジテレビ

    『ザ・ノンフィクション』の密着を受ける幸世さん (C)フジテレビ

■日常生活の苦労をあまり感じていない

関Dが幸世さんと出会ったのは、オルタスジャパンが手がけるYouTube番組に幸世さんが出演したときのこと。「最初に顔を見たとき、めちゃくちゃカッコよくて『本当に女性なんですか!?』と思ったのと同時に、LGBTについて専門の先生に聞いていく番組だったんですが、いろいろ質問して一生懸命頑張っている姿を見て、興味が湧いてきました」(関D、以下同)と誠実な人柄にひかれ、密着することを決めた。

取材を始めて驚かされたのが、若手芸人の世界の厳しさだ。

「最初に公園でネタの練習をしているのを見て、それからライブ会場に行ってびっくりしました。30人以上の芸人が出演するのに、劇場の中にお客さんが6人しかいないんです。それでも、幸世さんに聞いたら多いほうだという。しかもギャラをもらうのではなく、1,500円の参加費を払ってライブに出ている。こんなに大変な世界でどうしてみんな頑張れるのかと、ますます興味が出てきました」

こうして密着を進めていくわけだが、幸世さんには、LGBTとしての一面と、若手芸人としての一面がある。制作者として、このどちらを深く掘っていくのかという選択肢が考えられるが、関Dが選んだのは後者だった。そこには、性的マイノリティー(少数者)である幸世さんが、LGBTとして生きる苦労を日常生活であまり感じていないことが背景にあるようだ。

「よく、LGBTの方は会社に知られたら大変とか、悩んでいる話を聞きますが、幸世さんはそれを自分の特別な個性としてネタで見せていくので、周りのみんなが理解しているんです。芸人さんたちと一緒にいるときもそうなんですけど、友達も特別に扱わず、みんなと同じように接してくれるので、幸世さんもそれが一番うれしいと言ってました」とのことで、そんな環境に中国出身の関Dは「今の日本の社会は素晴らしいなと思いました」と感心する。

■会話の裏側で心がすごく動いている

芸人仲間や友人たちと同様に、幸世さんの両親もその生き方に理解を示している。

「自分の娘が『男になりたい』と言ったら、すごく激怒するような親もいるかもしれないですが、幸世さんの両親は、最初はびっくりしたそうですけど、自分の子供であることには変わらないから、男性なのか女性なのかはどっちでもいいという考えになったそうです。そこはすごい両親だなと思いました」

そうは言っても、売れない芸人を続ける子供に対して複雑な気持ちを抱えるのは、どの親にとっても共通する心境だろう。元漁師の父親は、58歳になった今も睡眠時間を削り、水産加工工場など3つの仕事を掛け持ち、幸世さんのサポートを続けているが、いつまでも親に援助を求める幸世さんに憤り、ネタを一度も見ようとしない。

  • 幸世さんの父・光幸さん (C)フジテレビ

関Dが単身で取材にやってくると、その不満の気持ちをあらわにするが、幸世さんの前ではそこまで表に出さないのだという。このような子供と親の微妙な距離感が、今回のドキュメンタリーの一番のテーマだ。

「お父さんは幸世さんにとても不満があるけど、本人には言わない。幸世さんも両親にすごく感謝してるけど、恥ずかしくて口には出さない。占い師のお母さんも幸世さんを応援しているけど、“神様”の言葉として進むべき道を伝える。みんなそれぞれの会話の裏側で、心がすごく動いていて、それがすごくリアルな関係だなと思いました。僕は小津安二郎が大好きで、ずっと小津作品の映画のような親子関係を描くドキュメンタリーが撮りたかったのですが、今回は登場人物たちの心がすごく動いているドキュメンタリーになっていると思います」