オフィスワークや在宅勤務をしていると、空を見上げる機会は少なくなりがち。でも、雲をちょっと気にかけてみると、虹や彩雲など美しい風景を見ることができたり、ゲリラ豪雨をうまく回避するヒントがあったり、様々な情報を私達に教えてくれます。
Twitterで雲や気象に関する情報を投稿して話題になったり、この春には書籍『すごすぎる雲の図鑑』(KADOKAWA刊)を上梓した雲研究者の荒木健太郎先生に、思わず空を見上げたくなる「雲と天気、そして防災のこと」を聞きました。
前編では、これからの季節に覚えておくと役立つ「ゲリラ豪雨を予測する方法」と「虹を狙って見る方法」について伺います。
■後編:「地震雲」は存在しないってホント!? 知っておきたい気象災害のこと
荒木健太郎 プロフィール
雲研究者、気象庁気象研究所研究官、博士(学術)
1984年生まれ、茨城県出身。慶應義塾大学経済学部を経て気象庁気象大学校卒業。地方気象台で予報・観測業務に従事した後、現職に至る。専門は雲科学・気象学。防災・減災のために、豪雨・豪雪・竜巻などによる気象災害をもたらす雲の仕組み、雲の物理学の研究に取り組んでいる
Twitter:@arakencloud
「雲研究者」ってどんな仕事?
――今日はよろしくお願いします。荒木先生は「雲研究者」として活動をされていますが、どういったお仕事なのでしょうか?
「雲研究者」は、研究活動に加えて、一般の方とサイエンスコミュニケーションをするときなどに名乗っている肩書きです。普段は気象庁の気象研究所で、気象災害をもたらす雲のしくみについて研究を行っています。予測の難しい豪雨や豪雪の実態を解明して、防災気象情報の高度化に繋げていく取り組みですね。
――"研究"というとなんだか難しいイメージですが、Twitter(@arakencloud)では、面白い形の雲や美しい空の写真もたくさん投稿されています。
雨降り空なので彩雲をおすそわけ。 pic.twitter.com/1xV130hyEM
— 荒木健太郎 (@arakencloud) June 4, 2021
研究して情報を高度化しても、その情報を使ってもらわないことには意味がないと考えています。美しい空や雲の景色をきっかけに興味を持ってもらい、そこから防災に関するリテラシーを高めて気象情報をうまく使ってもらいたいと思い、SNSで情報の発信をしています。
「ゲリラ豪雨」は予測できる!?
――最近は、豪雨や気温の上昇に注意して! という投稿もされていました。もうすぐ夏本番になりますが、これからの季節に知っておきたい雲や天気はどんなものがありますか?
近年、夏場になると「ゲリラ豪雨」と呼ばれるような局地的な大雨に遭うことも多いかと思います。この時期は激しい雷雨を起こす「積乱雲」に気を付けてほしいですね。遠くから見る分には良いのですが、雲の真下は雷雨や突風が起こっているので注意したい雲です。
なお、入道雲は積乱雲に勘違いされがちですが「雄大積雲」という名前で、積乱雲の一歩手前の雲であることが多いです。
――入道雲は積乱雲ではないんですね。では、積乱雲とはどんな雲なのでしょうか?
大気の状態が不安定だと、入道雲、つまり雄大積雲がさらに成長して厚みを増し、積乱雲に発達します。雄大積雲から積乱雲になるには、2つの条件のいずれかを伴う必要があります。
ひとつは雲の上部に髪の毛のような繊維質の構造ができ始めること、もうひとつは雷活動です。雄大積雲にどちらかが伴うと「積乱雲」と名乗ることができます。
積乱雲が限界まで発達すると、横に広がって「かなとこ雲」になるんです。この場合も雲の上部にスジが見えますね。ちなみに「かなとこ雲」の名前は、鍛冶で使う鉄床(かなとこ)という道具のかたちに似ていることに由来します。
――入道雲から積乱雲に成長するんですね。
そうですね。そしてこの積乱雲、雲ができてから消えるまでの寿命は30分~1時間と、とても短時間で起こる雲です。しかも横方向の広がりも数km~10数kmと狭い範囲なので、急に発生して、狭い範囲で激しい雷雨が起こります。
予期せず「ゲリラ豪雨」に突然降られた経験は誰しもあるでしょう。「ゲリラ豪雨」というと、いかにも最近起こるようになった危険な現象のように聞こえますが、その正体は積乱雲による局地的な雨のことを指していて、昔からよくある現象なんです。
天気予報の精度は高くなっていますが、積乱雲の発生はピンポイントに予測するのが難しい現象です。でも空を見て積乱雲の動きを知っておけば、あらかじめ予測できることもあります。
――えっ、「ゲリラ豪雨」は予測できるんですか!?
多くの積乱雲は移動します。そのため雲や空の変化に気づいたり、レーダーの雨量情報などを見て「あ、積乱雲来そうだな」と予測することができるんです。先にわかっていれば、予想できない「ゲリラ豪雨」ではなくただの「通り雨」と言えますよね。
このように、雲や空を見て天気の変化を予想する技術を「観天望気」と言います。
天気の変化を予測する「観天望気」
――天気の予測と言えば「猫が顔を洗っていたら雨が降る」といった言葉もあります。空を見てもわかるんですね。
昔からの言い伝えなど、生物の行動を見る言葉もありますが、科学的根拠が微妙なものもあります。一方、雲や空、特に雲は大気の状態を可視化したものなので、雲に関連した「観天望気」は科学的な信頼性が高いものが多いんですよ。
――先ほど教えてもらった「かなとこ雲があると雷雨が来そう」という他に、どんな観天望気がありますか?
「太陽や月の周りに光の輪がかかると雨」というものがあります。
――丸い虹みたいできれいです! これが雨の前兆なんですね。
西から低気圧が近づいている、つまり西から天気が下り坂になるときは、上空から湿ってうす雲(巻層雲)が現れやすくなります。この巻層雲が厚くなると高層雲、そして乱層雲と変化して雨が降ることが多くなる、と予測できます。
この巻層雲が上空に広がるときは、ほぼ必ず「ハロ」という光の輪ができます。つまり「太陽や月の周りに光の輪がかかると雨」という言葉は科学的な根拠がしっかりあるんです。
――「こういうときにハロが出る」とわかると、狙って見ることも出来そうです。
そうですね。「ハロを見たい!」と思ったら、天気予報で「西からから下り坂」と言われたときが狙い目です。
この時期に役立つ観天望気として、積乱雲による天気の急変を察知できる雲を3つ紹介します。
まずひとつめは、発達している途中の雄大積雲の頭の部分に、帽子をかぶったような「頭巾雲」ができるパターンです。
この帽子みたいな「頭巾雲」、雄大積雲が上に向かって成長しており、上昇流で湿った空気の層が持ち上げられてできる雲です。このあと雄大積雲はさらに発達し、帽子を突き破っていきます。この状況は大気が不安定で天気が急変しやすいと考えることができます。
――こちらの、スジのような雲は積乱雲ではないですよね?
これは「濃密巻雲」という濃いスジのような雲ですね。この雲が見えたときは「この先に積乱雲があるかも……」と予測できます。青空にこういったなめらかな雲が広がっている場合、濃密巻雲がかなとこ雲が広がってできたもので、この先に限界まで成長した積乱雲がいるかもしれません。
――ボコボコと不思議なかたちの雲です。暗いし天気が悪くなりそうですね。
この写真は、かなとこ雲の底にできた「乳房雲」です。これが見えたときは要注意。積乱雲の進行方向にできる場合が多いので、雷雨や突風の前兆になると言われています。「頭巾雲」や「乳房雲」に気づいたら、まずスマホでレーダーの雨雲情報をチェックする習慣をつけましょう。
「ナウキャスト」で検索すると、気象庁のレーダーの情報がわかります。またNHKやYahoo!、ウェザーニュースのアプリなどもありますね。レーダーの雨量情報の多くは気象庁の同じデータで、独自のレーダーを使っていてもターゲットとなる雲は同じなので、自分が使いやすいと思うものを使ってみましょう。
屋外活動中に空の変化に気づいたとき、レーダーで雨量情報を見て積乱雲の位置や動きを確認すれば、早めに屋内に入ったりと対策ができます。うまく活用して天気の変化を察知できるようになりましょう。
それから、レーダーの見方がわかると虹を狙って見ることもできますよ!
虹を狙って見てみよう!
――え!? 虹って狙って見られるんですか!?
そうなんです。雨上がりの空に、太陽と反対側を注目すると高い確率で出会えます。
これからの季節に起こりやすい天気雨のときは狙い目です。雄大積雲や積乱雲で局地的に雨が降っているときは晴れている空が見えるのに雨が降るという天気雨になりやすいので、虹に出会えるチャンスなんです。
――レーダーの見方がわかると言われましたが、見方のポイントはありますか?
レーダーで、雨雲が通り過ぎるタイミングを注目しましょう。今自分がいるところの真上や近くを小さな雨雲が通りすぎるようなときに、太陽と反対側を見上げると出会いやすいですよ。虹のきれいな風景を見るためにレーダーの雨量情報を使っていると、いざというときに身を守るのにも役に立つので便利です。
――通り雨は憂鬱ですが、ちょっと楽しみになってきました!
「観天望気」を知っておけば、ゲリラ豪雨をうまく予測したり、虹を探してみたりと空を見上げる機会が増えそうですね。後編では、気象災害について、また『すごすぎる天気の図鑑』を作ったお話を伺います。
■後編:「地震雲」は存在しないってホント!? 知っておきたい気象災害のこと
KADOKAWA『空のふしぎがすべてわかる! すごすぎる天気の図鑑』
著者・荒木健太郎、定価1,375円
雲、雨、雪、虹、台風、竜巻など空(気象)にまつわる、おもしろくてためになる知識をやさしく紹介。映画『天気の子』の気象監修者としても有名な荒木健太郎氏が、天気や気象にまつわるとっておきのネタを教えてくれます。