大河ドラマ『青天を衝け』(NHK総合 毎週日曜20:00~ほか)の第14回「栄一と運命の主君」(脚本:大森美香 演出:田中健二)では、栄一(吉沢亮)と喜作(高良健吾)がいきなり平岡円四郎(堤真一)を「んんんんん?」と困惑させた。

  • 『青天を衝け』第14回の場面写真

「仕えるのか とっ捕まるか どっちかしかねえんだぞ」と円四郎に決断を迫られるも、答えを出さないふたり。幕府を潰すことを目指す攘夷派として京都に来たにもかかわらず反対勢力の徳川方の一橋家に仕えたら志を翻すことになるからだ。

さんざん迷った結果――一橋家に仕えることを決める栄一と喜作。この転向には、えええ?と思うけれど、栄一は「世のために利を出さねばなんにもならねえ」という志を大事にし、そのためには生き抜くことを選んだのだ。しかも仕官したら、囚われた長七郎(満島真之介)を助けられるかもしれない。「一挙両得の上策だと俺は思う」と栄一は心を決めた。じつに合理的な考え方である。しかも志の高さや気高さを貫いて自分ひとりをかっこよく見せるよりも、世の中のためになることをするのを選ぶ利他的な考えが清々しい。

栄一は新たな道に「わくわくしねっか」と「ドラゴンボール」の悟空みたいな言葉を使い「ぐるぐるどくどく」とオノマトペ(擬音)を用い、円四郎の江戸弁を真似て「おかしれぇ」と盛り上がる。「承服できねえ」は惜しくもあんまり流行らなかったが「おかしれぇ」は流行ってほしい。SNSではすでに、「おかしれぇ…おかしれぇよ…晴天を衝け」「おかしれぇシーンでした」「あの方のお言葉をお借りするならおかしれぇ、実におかしれぇ」などと使って楽しんでいるコメントも見られる。

仕官した栄一と喜作はふたり暮らしをはじめ、今まで炊いたことのない米をおぼつかない様子で炊いたり、1枚の掛け布団で寝たりする。そんな呑気なムードと逆に、陰謀、野心渦巻く徳川家。前回一回休んだ家康(北大路欣也)が再登場し、薩摩をはじめとする外様が幕府に対抗する力をもちはじめてきて「慶喜はピンチだったのです」と説明した。慶喜は朝議参与と将軍後見職をやっている。次第に島津久光(池田成志)らの参与の意見が強くなり将軍を軽視する様を目の当たりにして苦しんでいた。

晴れて仕官した栄一は円四郎に頼み込み、慶喜と直接会う機会を作ってもらったうえに、「やむをえねえやっちまいましょう」「この一橋が天下を治めるのです!」と拳を挙げて慶喜を鼓舞する。そのやんちゃな姿に円四郎ははらはらするも、慶喜は出会ったときの円四郎の無作法よりも驚かなかったと言う。円四郎がはじめて慶喜と会ったとき、ご飯のよそい方がひどかったことを思い出したのだ。ご飯の炊けない栄一も、よそえない円四郎も五十歩百歩という感じだがそれはさておく。

円四郎は栄一たちに「徳川の直参なめんなよ」「尻拭いしてるのが御公儀だ」といかに慶喜が苦労しているか聞かせると、栄一はすっかり感化される。知らなかった世の中の真実に少し近づいた栄一は「ぐるぐるもするがゾッともする」と心境が変化していく。無邪気で頭でっかちな少年が円四郎の英才教育によって現実を直視して考えを変え大人になっていく。ここで遡上に上がる思想についてはそれぞれの考えが分かれるところではあるが、命を大事にすることに重きを置くことで、思想の対立が回避できる。いい視点である。

それに、栄一と喜作が何度も攘夷をとるか徳川家をとるか意見を交わし合って考えているところもいい。ドラマを見ながら視聴者も一緒に考える余地がある。公共放送としてどんな番組を制作するべきか慎重に考えられているように感じる。

栄一に言われ、とくに聞くべき目新しい意見はなかったと言いながらも、慶喜は公方様(磯村勇斗)を守る決意をし、久光に歯向かう。栄一たちの純粋さに初心を思い出したということだろうか。このときの慶喜の切れ味のいい対応が気持ち良かった。

「200余年もの間日本を守った徳川に政権の返上など決してさせません」と言う慶喜も迷いない顔をしていた。一点の曇りもない吉沢亮と、何を考えているかわからないながらある瞬間、はっきりした感情がのぞく草なぎ剛と、常に飄々としている堤真一のバランスがいい。

「烈公(竹中直人)の魂が乗り移られたかと」と部下の喜ぶ声も上がり、慶喜は父の口癖だった「快なり」を発する。

「おかしれぇ」に続き「快なり」も流行ってほしい。慶喜は父の口癖を使用するのみならず、生活ぶりも引き継いでいる。栄一たちが一橋家を訪れたとき水戸と同じく「質素だなあ」と言うほどで、慶喜は確かに父の教えを受け継いでいるのだ。肉体の死を避けようとするこのドラマだが、惜しくも亡くなった人物もいる。でもそれは無駄死にではない。志は子どもの中に生きている。たとえ肉体が死んでもそれで終わりではなく、志が続いていくことで命がつながる。幕末ものは江戸幕府が滅びるという結末がわかっているためどこか暗さを感じるものが多い印象があるが、『青天を衝け』は植物が光のあるほうに向いて伸びていくようにかすかでも光差すほうを探しているように感じる。好感度の要因のひとつではないだろうか。

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