「流れに棹さす」は、夏目漱石の『草枕』の有名な冒頭文にも出てくる表現です。しかし、最近ではこれを「何かの邪魔をして勢いを失わせる」という誤った意味で使う人が非常に多くなっています。

本記事では、「流れに棹さす」の正しい意味と語源など基本的な知識についてまとめました。類語や対義語とそれぞれの例文についても紹介するので、「流れに棹さす」を正しく理解し、使いこなせるようになりましょう。

  • 夏目漱石の『草枕』を正しく読めていますか?

    「流れに棹さす」の意味は「何かの邪魔をして勢いを失わせる」という意味ではない

「流れに棹さす」の意味

「流れに棹さす」とは、「状況・傾向に乗じて、ある事柄の勢いを増す行為をすること」です。チャンスを逃さず、勢いに乗じて成功を手にするような状況を表現するときに使います。「流れに棹さす」の語源や、現代広がっている誤用の状況などについて、くわしく解説します。

夏目漱石の『草枕』を正しく読めていますか?

夏目漱石の『草枕』の冒頭は、名文としてよく知られた一節です。

智に働けば角が立つ 情に棹させば流される 意地を通せば窮屈だ

この一節、どのように解釈しているでしょうか。正しくは「理性だけで行動していたら他人と衝突する。他人の感情を気遣ってばかりいると足をすくわれる。信念を貫くのも窮屈だ」という意味になります。

しかし、現代では「情に棹させば」の部分を「感情に逆らう」と解釈する人の方が増えています。これでは、この一節をうまく理解できません。

そのため、「流れに棹さす」は状況・傾向に乗じて勢いを増す行為を意味し、物事が上手くいくような状況を表現するときに使えることがわかります。

  • 夏目漱石の『草枕』を正しく読めていますか?

    夏目漱石の書いた「情に棹させば流される」の一節を正しく解釈しよう

「流れに棹さす」の語源

「流れに棹さす」の「棹」とは、船を進める船頭が持つ長い棒のことです。船を進める際、船頭は棹を使い、流れに乗って舟の速度を上げます。この様子から、「流れに乗って」「さらに勢いを増す」という意味をもつ慣用句となりました。

本来の意味とは違う解釈をする人が多い

しかし、現代ではなぜか「流れに掉さす」というと、「何かの邪魔をして勢いを失わせる」という、本来とは逆の意味で解釈する人の方が多いです。生活の中で船頭や棹を目にすることがなくなり、「流れに棹をさすとなんだか邪魔をしている感じがする」と考える人が増えたのかもしれません。

文化庁が行った2006年(平成18年)の「国語に関する世論調査」によると、「何かの邪魔をして勢いを失わせる」という意味で解釈した人は62.2%。全世代において過半数の人が、正しい解釈とは逆の解釈をしていることが判明しました。さらに、この言葉を理解できない人も2割いる状況です。

「流れに棹さす」の意味を間違えて解釈していたら、これを機会に認識を改めて、正しい意味を覚えましょう。

  • 「流れに棹さす」の意味

    「流れに棹さす」の正しい意味は「状況に乗じ、ある物事の勢いを増すように動くこと」

「流れに棹さす」の使い方と例文

「流れに棹さす」を正しい意味で使える場面は、幸運が連続して勢いがつく状況や自分の行動にプラスとなることが起こった時です。これらの状況で使える例文をいくつか紹介します。

幸運が連続して勢いがつく例

順調な事柄が続き、さらに勢いが増すような状況は、「流れに棹さす」を使うのにふさわしい場面です。

・欲しい人材をアサインできた上に、予算の積み増しも通るなんて、このプロジェクト運営は流れに掉さして順調だ。
・昇進が決まった上に彼女へのプロポーズも成功。彼の人生は、まさに流れに掉さすという状況である。
・流れに掉さす状況が続きすぎて、逆に何か落とし穴があるのではないかと怖くなった。

自分の行動にプラスとなることが起こった例

これまで自分が取っていた行動に対し、追い風となるようなことが起こった場合にも「流れに棹さす」は使えます。

・以前から狙いを定めて通っていたクライアント側で人事異動があり、新担当者が自社製品の購入を決定してくれた。流れに掉さすとはまさにこのことだ。

「流れに棹さす」が使える場面を理解して、うまく使いこなしましょう。

  • 「流れに棹さす」の使い方と例文

    「流れに棹さす」の利用シーンは幸運と勢いを感じる場面

「流れに棹さす」の類語と例文

「流れに棹さす」と同じような意味を持つ類語の意味と例文を紹介します。

とんとん拍子

「とんとん拍子」とは、物事が思い通りに進む様子を表す言葉で、「流れに棹さす」と似た表現です。

・とんとん拍子に出世して、今や彼は社内最年少の事業部長だ。
・交際から婚約・結婚までとんとん拍子に進んだ。

ニュアンスとしては、幸運が重なるというよりも、「順調すぎるぐらい順調に」思い通りの方向へ進むという意味合いが強まります。

得手に帆を揚げる

「えてにほをあげる」と読みます。「得手」とは得意なことを意味し、自分の得意なことを発揮できる機会を得て、調子に乗って対応する様子を表します。

・新しい仕事は海外との交渉が多く、英語の得意な私は得手に帆を揚げ仕事を進めた。
・これまで日の目を見なかった伝統工芸に海外からの注目が集まり、彼は得手に帆を揚げるかのように多くの作品を世に送り出した。

自分の得意分野で活躍する機会を得た場合は、「得手に帆を揚げる」も使えます。

風に順いて呼ぶ

「かぜにしたがいてよぶ」と読み、流れに乗って物事を進めると成功しやすい、という意味です。風が吹いているときに、風上から風下に向かって人を呼ぶと声がしっかり届く、という場面から転じた言葉で、「流れに棹さす」の類偽表現です。

・政局の風向きが変わった。風に順いて呼べば当選を手にすることも可能だ。
・風に順いて呼ぶよう意識することが商売の基本だ、というのが彼の持論である。

順風満帆

「じゅんぷうまんぱん」と読みます。「順風」とは追い風を意味し、追い風を受けて船の帆がしっかりと張り、順調に進んでいる様子を表現した四字熟語です。非常に順調な様子が「流れに棹さす」と似ています。

・スタートアップ企業を立ち上げ1年経過した今、売上・利益ともに右肩上がりで順風満帆な状況だ。
・一流大学に合格した彼の人生は、まさに順風満帆に見えた。

どの類語表現も、「流れに棹さす」とは似ていますがニュアンスが少しずつ違うので、よりふさわしい表現はどれかを推敲して適切な表現を選びましょう。

  • 「流れに棹さす」の類語と例文

    「流れに棹さす」の類語は基本的にどれも順調な様子を表現している

「流れに棹さす」の対義語と例文

「流れに棹さす」の対義語は、いずれも困難な道を進む、不運が重なる、勢いをそがれるなどの意味合いがあります。対義語の意味と例文についてもまとめました。

茨の道を行く

茨(いばら)にはトゲがあることから、困難な道を進みゆくさまを表現した言葉です。

・そんな茨の道を行くようなプロジェクトを進める必要はない。
・茨の道を行くことを恐れず、成功を勝ち取りたい。

泣きっ面に蜂・弱り目に祟り目

「泣きっ面に蜂」と「弱り目に祟り目」は、不運や不幸が続いて発生するという意味のことわざです。「流れに棹さす」とは真逆の状況を表現できます。

・研究に失敗した上、彼女に「将来性がない」と別れを切り出され、泣きっ面に蜂である。
・病気の上に仕事まで失い、弱り目に祟り目だ。

水をさす・出鼻をくじく・横槍をいれる

「流れに棹さす」は、勢いをさらに増すという意味合いも含まれます。「水をさす・出鼻をくじく・横槍をいれる」は、いずれも逆の意味で「勢いを失わせること」を表現した言葉です。

・二人の関係に水をさす発言をしてしまい後悔している。
・顧客に製品の説明をしようとしたら「必要ない」と言われて出鼻をくじかれた。
・順調にプロジェクトが進んでいたのに、別の部署から横槍が入り大きなトラブルに発展した。

「流れに棹さす」の対義語も覚えて、類義語とともにうまく使いこなしましょう。

  • 「流れに棹さす」の対義語と例文

    「流れに棹さす」の対義語は、いずれも困難・不運な状況が伴う状況を表現している

「流れに棹さす」は逆の意味で使われることが多いため要注意

「流れに棹さす」の本来の意味は、船頭が船を棹で操作する様子から、「物事をさらに勢いづかせる」です。しかし、実際には「邪魔をする」「勢いを失わせる」という誤用が広まっており、意味が分からないという人も多く見られます。

意味が通じにくい言葉なので、前後の文脈で分かりやすくするか、別の表現に言い換えることも検討しましょう。