昨今、「アンガーマネジメント」という言葉を見聞きすることが増えてきました。日本アンガーマネジメント協会理事である戸田久実さんは、「怒りと上手につきあうための心理トレーニング」こそがアンガーマネジメントだと語ります。
その能力を身につける狙い、認知度が高まっていることの時代背景や要因、そして、初心者でもいますぐに実践できる方法について解説してもらいました。
■アンガーマネジメントは「怒りをなくす方法」ではない
わたしが専門のひとつとしている「アンガーマネジメント」とは、ひとことでいうと「怒りと上手につきあうための心理トレーニング」です。
「アンガーマネジメント」が目指すことのひとつは、「怒りで後悔しない」こと。「あんな怒り方をしなければよかった…」「あのとき、きちんと怒っておけばよかった…」といった後悔をした経験はほとんどの人にあるはずです。
そういった後悔をせず、日常生活や人間関係をよりよくすることがアンガーマネジメントの狙いです。
補足すると、怒りで後悔しないようになるということは、「怒る必要があるときには上手に適切に怒れるようになる」「怒る必要がないことには怒らないで済ませられるようになる」ことでもあります。いずれにせよ、最初にお伝えした「怒りと上手につきあう」ことが目標となります。
アンガーマネジメントが開発されたのは、1970年代のアメリカです。もともとは、マイノリティーと呼ばれる社会的弱者のためのメンタルトレーング、あるいは軽犯罪者の更生プログラムでした。ただ、怒りと上手につきあう必要があるのは、マイノリティーや軽犯罪者だけではありません。
そのため、時代とともに一般化されていき、企業研修や青少年教育、アスリートのメンタルトレーニングなどに幅広く使われるようになってきたというわけです。
ここで大前提として知っておいてほしいのは、アンガーマネジメントが「怒りをなくす方法」ではないということ。
怒りは人間が持つ自然な感情であり、なくすことは不可能です。なくそう、抑えようとするほどストレスを感じて怒りが増幅してしまうという本末転倒の状態におちいってしまいます。
だからこそ、怒りをなくしたり抑えたりしようとするのではなく、アンガーマネジメントによって怒りと上手につきあえるようになる必要があります。
■アンガーマネジメントが求められている時代
いま、このアンガーマネジメントの認知度がどんどん高まっています。
その要因のひとつは、価値観の多様化にあります。怒りが生じる要因のひとつに、人それぞれが持つ「こういうときはこうするべき」「こうあるべき」といった「べき」があります。この「べき」は、「信条」とか「譲れない価値観」という言葉にも置き換えられます。
「譲れない」という強い価値観ですから、それを崩されるようなことが起きた場合に人は怒りを感じます。そして、その価値観が多様化しているのですから、世代間だけではなく同世代の個人のあいだでも価値観が衝突することも増えている。
そうして、わたしたちが怒りを感じる場面が増えているために、「怒りをうまくコントロールしたい」と願う企業などの組織や個人も増えているのでしょう。
また、いまのコロナ禍もアンガーマネジメントの認知度を高めている要因だと考えます。ビジネスパーソンなら、新型コロナウイルスの感染拡大によってリモートワークをすることになったという人も多いですよね。
これまでと働き方自体ががらりと変わったことで心理的な負荷が増え、イライラしやすくなった_つまり、怒りやすくなったという人が増えています。
実際、コロナ禍以降、わたしが理事を務めている日本アンガーマネジメント協会に企業などの組織から寄せられる相談も急増しています。今後、アンガーマネジメントはビジネスパーソンにとって必須のスキルとなっていくのではないでしょうか。
■怒りを「6秒」やり過ごせば、理性が働く
怒りと上手につきあうことがまったくできないとしたら、どんなよくないことが起きるでしょう?
たとえば、「怒る必要がないことには怒らないで済ませられるようになる」のではなく、「怒る必要がないことにも怒ってしまう」。些細なことでもイライラしたり周囲に八つあたりをしたり、場合によってはキレてしまうといったことです。そんなことを続けていれば、人間関係をこじらせてしまうことは明白です。
では、そんな事態を招かないために、アンガーマネジメントを実践してみましょう。ここでは、誰でも実践しやすい方法をいくつか紹介します。
アンガーマネジメントは、基本的に「対処術」と「体質改善」のふたつにわけられます。対処術とは、文字どおり怒りに対してその場で対処するための即効性のあるメソッド。一方の体質改善は、怒りにくくなるよう、時間をかけてじっくり取り組むトレーニングのことです。
では、まずは対処術から見ていきます。その代表的なものとして、「怒りを感じたら6秒やり過ごす」というものがあります。これが、最初に実践してほしい方法です。
怒りは脳の大脳辺縁系で生まれるのですが、その怒りが生まれてから理性を司る脳の前頭葉という部分が働くまでにはタイムラグがあります。その時間が、約6秒なのです。ですから、イラッとしてもムカッとしても、6秒やり過ごすことができれば理性が働いて怒りに任せた衝動的な行動を防ぐことができます。
そして、6秒をやり過ごすために「怒りに10段階で点数をつける」という方法を試してください。怒りをまったく感じていない穏やかな状態を0点、頭が沸騰しそうな激しい怒りを感じている状態を10点として、自分が怒りを感じたときに「いまの怒りは何点くらいかな?」と考えるのです。
すると、点数をつけることに意識が向き、6秒なんてあっという間に過ぎますから、理性の力によって怒りに任せた行動ができなくなるという仕組みです。
■自分の怒りのパターンを把握する「アンガーログ」
体質改善のメソッドとしては、「怒りの記録」を意味する「アンガーログ」をおすすめします。1日を振り返って、その日に怒りを感じたことがあったなら、「いつ、どこで、どんなことに怒りを感じたか」を手帳などに記録する。先にお伝えした、10段階の点数を一緒に記録してもいいですね。
そうしてアンガーログをつけることで、「わたしはこういうことで怒りを感じやすい」「この人に対して怒りやすいんだな」「お腹が減っていると怒りやすい」というふうに、自分の怒りのパターンがわかるようになってきます。
自分の怒りのパターンを把握できれば、その後は怒りを感じたときに「あ、このパターンか」というふうに、瞬間的に自分の怒りを認識できるようになる。このように怒りを客観視できた時点で、怒りに任せた行動をすることは激減するでしょう。
あるいは、怒りを事前に予防することにも役立ちます。先の例に挙げた「お腹が減っていると怒りやすい」というパターンを把握できた人なら、お腹が減ってきたときに「無駄に怒ってしまわないように、ちょっと気をつけないといけないな」というふうに考えられます。
ちょっとしたお菓子を口にするなどして、怒りを予防することもできるでしょう。
繰り返しになりますが、アンガーマネジメントは「怒りをなくす方法」ではありません。「怒る必要があるときには上手に適切に怒れるようになる」「怒る必要がないことには怒らないで済ませられるようになる」ことが目的です。
そうするためには、怒りに点数をつけたりアンガーログを習慣化したりすることで、自分の怒りを客観的に把握できるようになることがなにより大切です。
構成/岩川悟(合同会社スリップストリーム) 取材・文/清家茂樹 写真/石塚雅人