コロナ禍の影響でリモートワークの普及が進むなか、「サイレントうつ」という言葉に注目が集まっている。その定義は定まっておらず、うつ病とほぼ同様の症状だが、人と会う機会が減ったせいで表面化しづらくどんどん悪化してしまう危険性があるという。

症状を自覚できていないケースも多く、もしかしたらすでに我々自身がサイレントうつに陥っている可能性だってあるはず。まったく他人事ではない。

そこで今回は、産業医サービスを展開する「Dr. 健康経営」の代表取締役・鈴木健太医師、そして400人のメンバー全員がリモートワークで働く「ニット」の代表取締役・秋沢崇夫さんに、「サイレントうつ」との向き合い方について話をうかがった。

リモートワークで「うつの予備軍」は増えている?

――「サイレントうつ」とは、どんな病気なんですか?

鈴木:まず、医学的に「サイレントうつ」という病名があるわけではありません。一般用語として使われているだけで、まだその定義は明確ではないんです。そのなかでどう解釈するかということですが、私はふたつの定義があると考えています。

ひとつは「会社にとってのサイレント」。社員や自分の部下が気付かないうちに、見えないうちにうつになっているパターンですね。もうひとつが「自分にとってのサイレント」。体調に問題があっても相談先がなかったり、周りに気付かれないというパターンです。

  • 株式会社「Dr. 健康経営」の代表取締役で産業医の鈴木健太さん

――どんな症状なのでしょう?

鈴木:一般的なうつ状態と相違はありません。症状は人によってさまざまですが、主に"こころ"と"からだ"と"行動"に表れます。

まず"こころ"でいえば、やる気が出ない、何をするのも億劫、落ち込む、憂鬱などですね。"からだ"は眠れない、耳鳴りがする、食欲不振、目眩など。"行動"は酒量やタバコが増えたり、食べすぎたり、仕事でミスが続いたり、といったイメージです。

"こころ"と"からだ"の症状は自覚できることも多いのですが、"行動"については自分ではなく、周りが気付くケースが目立ちます。ミスや遅刻、寝坊などの症状が出ていても、リモートワークだと周りが気付けずサイレントうつが進んでしまう危険性があります。

――コロナ禍でサイレントうつは増えたのでしょうか?

鈴木:コロナ禍が直接的な起因になったというより、コミュニケーションの希薄化や、相談できずに問題を抱えてしまうこと、外でリフレッシュできないことなど、大きな環境の変化に伴った体調の変化が増えているのかもしれません。「ストレス耐性のない人が顕在化している」とも言えます。

秋沢:オフィス勤務なら産業医にかかっていたケースでも、リモートワークだと産業医のところまで行かないことも多いと思います。うつの予備軍はテレワークで増えているでしょうし、気付かない分さらに酷くなっているかもしれないですよね。

サイレントうつになりやすい人の特徴は?

――医師側も気付きにくい、という意味でもサイレントなんですね。サイレントうつに陥りやすい人の傾向はありますか?

秋沢:ニットでは約400人がフルリモートで働いていますが、真面目な人ほど陥りやすいイメージです。リモートワークの特徴は「常に仕事し続けられる環境」ということ。オフィス勤務なら自宅との往復でスイッチも切り替えられますが、リモートだといつも近くにパソコンがあるので、つい仕事の連絡に反応してしまい、リフレッシュする時間が取りにくい傾向にあるようです。

鈴木:逆のパターンで、"頑張らない人"が陥るケースも目立ちます。これは推測ですが、日本は死にもの狂いでなくとも生きていける環境ですよね。キャリア志向も減っています。「頑張って競争に勝たないといけない」というマインドがないから、キツい環境下でも絶え抜くことに慣れていない。だからこそ、コロナ禍で自分で自分を律することができずに、うつっぽくなる人が増える。いわば贅沢病の側面もあると思います。

  • コロナ禍よりはるか以前からリモートワークをベースとした勤務体制を実践する株式会社「ニット」の代表取締役・秋沢崇夫さん

会社ができる予防法、個人でできる予防法

――サイレントうつの予防法や解決法はありますか?

鈴木:リモートワーク下では、より徹底した予防策を取らないと社員がうつであることにも気付けません。会社が行うべきは、次の"三段階の取組み"だと思います。

まず、一次予防として仕事のストレスの原因をなくすように会社が努力すること。従業員がストレスマネジメントをできるよう、モチベーションの評価を量るツールを提供したり、会社で雑談できない分、オンラインでコミュニティ要素を作るなどですね。

二次予防は、調子の悪い人の存在に早く気付くこと。相談窓口を作ったり、上司と部下の面談を設けて顔の見える機会をキープすることなどが大切です。三次予防はフォローアップですね。体調が悪くなってしまったときに、しっかりケアすることです。この三段階は、会社として最低限取り組んだほうがよいでしょう。

――個人でできる予防はありますか?

鈴木:ストレスを逃がすことが大切です。リモートワークは通勤の負担がないというメリットがあります。そのぶん、家での時間が取れるとポジティブに捉えれば良いでしょう。あまり友達に会えないというデメリットもありますが、ZOOM飲みをしてみたり、頻度を減らして会ってみるのもありだと思います。辛い一面ばかりでなく、リモートワークのメリットにもっと目を向けてみることが大切です。

秋沢:ニットとしては、「仕事ではない会話をどれだけ増やせるか」が大事な要素だと考えています。その一環が、あえて雑談をするオンラインコミュニティです。例えばキャンプの会、国際結婚組、昭和生まれの会、平成生まれの会といったもので、27個作りました。そこでつながりを感じ、文化を醸成しています。

ニットのメンバーは女性が多く、育児のことで悩んでいる人や、仕事とプライベートのバランスで悩んでいる人もいますが、そういった悩みを共有するだけでもストレスの解消や悩みの解決に役立ちます。メンバーの7割弱はいずれかのコミュニティに参加していますが、もちろん、会社を"仕事の場"と割り切っている人もいますし、それはそれで良いと思っています。

従業員同士で褒め合うことも大切です。リモートワークだと誰がどんな仕事をしているかが見えにくい状況です。ニットの場合、"喜びの部屋"というコミュニティは「最近、仕事でこんなに嬉しいことがあったんだ!」と報告し合い、褒め称え合う場になっています。コミュニティができれば、みんなで支え合う仕組みも生まれますからね。

あるニットのメンバーは、子供が重度の怪我をしたことでメンタルが不安定になりました。そのとき、自分で抱えていた仕事を他の人にシェアして、一時的に仕事に携わらない状態を作ることができたんです。それができたのも、しっかりと人間関係が構築できていたから。もし、誰にも仕事が引き継げず、ひとりで仕事を続けていたら、ますますメンタルの不調は悪化していたかもしれません。

こころやからだに変化を感じたら迷わず相談を!

コロナ禍で人との直接的なつながりが薄まりつつある今、ニットが取り組んでいるように、意識的なオンラインコミュニティの形成は精神衛生上、とても良い効果が得られそうだ。また、外出しにくい状況下でもメリットを探し、それを積極的に楽しむよう工夫する必要もあるだろう。

精神的な辛さを感じたり、体調に何か変化を感じたときは、迷わず会社や友達、医師に相談を。急な環境の変化に戸惑うことばかりだが、人と上手につながっていくことで、共に苦境を乗り越えていきたいものだ。