新型コロナウイルスにより、私たちの働く環境は一変した。職場環境はもちろんのこと、働く中でのストレスや不安の質も変わっている。今回、12,000人に実施した調査結果をもとに「コロナ禍で変化した職場のメンタルヘルスの状況と、AIやロボットなどのテクノロジー導入」について、慶應義塾大学大学院経営管理研究科 特任教授の岩本隆氏に寄稿いただいた。


オラクルとWorkplace Intelligenceは、コロナ禍における職場でのメンタルヘルスやAIテクノロジーの利用などについての調査を2020年7月から8月にかけて実施しました。対象国はアメリカや日本を含む世界11カ国で、約12,000人から回答を得ています。この調査結果から、新型コロナウイルスとメンタルヘルスの関係などについて探っていきます。

働く環境を大きく変えた新型コロナウイルス

世界各地で感染者数が増加している新型コロナウイルス(COVID-19)は、私たちの生活のあらゆる領域にさまざまな影響をもたらしています。感染拡大の阻止を目的として、多くの国がロックダウン(都市封鎖)を実施し、さらに国外からの入国を制限するなど、人々の移動に大きな制約が生じています。また新型コロナウイルスの感染を防ぐために、従業員に対してリモートワークで働くことを求めている企業も少なくありません。

日本においても2020年4月7日に7都府県を対象として緊急事態宣言を発令、4月16日にはその対象を全国に拡大し、人と人との接触を大幅に削減することが求められました。

こうした新型コロナウイルスの影響は、働く人たちのメンタルヘルスにも大きく影響しています。そこでオラクルとWorkplace Intelligenceが共同で行った、コロナ禍における職場でのメンタルヘルスや、人工知能(AI)の活用状況について調査した「AI@Work 2020」の結果から、具体的な影響を見ていきましょう。

コロナ禍によるメンタルヘルスへの悪影響が明らかに

調査結果でまず注目したいのは、グローバルでは約70%、日本では61%の人が「2020年はこれまでのどの年よりも職場でストレスと不安を感じた」と回答していることです。また、日本では「COVID-19はメンタルヘルスに悪影響を与えなかった」と回答しているのは30%に留まりました。

さらに注目したいのは、「仕事上のストレスや不安を上司よりもロボット・AIに話したい」と回答した人が49%もいるという点です。その理由としてもっとも多かったのは「ジャッジメント・フリー・ゾーン(無批判区域、決めつけない環境)を与えてくれる」で、次は「先入観のない感情のはけ口を提供してくれる」でした。ここで言う、“ロボット・AI”とは、例えば、従業員がメンタルヘルスに関する質問をしてすぐに回答を得たり、会社が支援のための情報を提供したりする“自動応答の対話アプリ”を想定しています。仕事や悩みを相談するカウンセラーもこのようなロボットやAIに置き換えられるかもしれません。

メンタルヘルスに関する相談をしたとき、自分が批判されたり何かを決めつけられたりすれば、さらに不安が増大するなどといったことにもなりかねないでしょう。このように考えると、批判したり決めつけたりすることなくメンタルヘルスケアを行ってくれるAIやロボットに頼りたいと考えるのは当然かもしれません。

リモートワークへの移行で生産性が大きく低下した日本

グローバルと日本で、結果に大きな違いが生じたのは生産性に関する設問です。日本では46%が「リモートワークで生産性が下がった」と回答しているほか、「生産性が上がった」と回答したのは調査した11カ国でもっとも低い15%でした。一方11カ国平均では、生産性が上がったと回答した人の数が上回っています。

この背景として考えられるのが、コロナ禍による労働時間の変化です。「リモートワークで労働時間が増えた」と回答したのは11カ国中最下位の21%で、「労働時間が減った」と回答した人は34%に達しています。11カ国平均を見てみると、「労働時間が減った」と回答したのは25%、「増えた」と回答した人は2倍以上の52%であり、日本の結果とは大きく傾向が異なります。

リモートワークになれば通勤する必要がなくなるため、その分を労働に充てて労働時間が増加する傾向があるとしても不思議ではないでしょう。しかし日本では労働時間が減少しているということは、在宅を命じられても環境が不備で自宅では仕事ができない、あるいはメンバーシップ制により個々人の業務範囲が明確ではないため、リモートワークで具体的にどういった業務を行うべきか判断できない、といった実態が浮かび上がっているのではないでしょうか。

経営層のAIツールへの投資意欲が向上

日本における職場でのAI利用については昨年と同様に低い水準に留まっています。「職場でAIを活用している」と回答した人の割合は26%に過ぎず、79%のインドや76%の中国とは大きな差があります。

この背景にある理由としては、企業の人事、経理、総務といった間接部門でのAIの導入が遅れていることが挙げられます。具体的には、経費精算、就業や給与に係る各種申請、社内規則などの情報収集、社員のスキル向上を目的とした研修の推奨といった領域で、利便性を高めるデジタル技術の導入が他国に比べ進んでいないのが現状です。

一方で、コロナ禍を機にAIへの投資意欲は徐々に高まっており、日本の44%の人は「AIツールへの投資が加速する」と回答しています。特に経営者層は63%、部長クラスは58%が「投資が加速する」と回答しており、事業をけん引する経営層のAIツールへの投資意欲が高まっているのは大きなポイントと言えます。

コロナ禍がDXを加速するきっかけとなる

さて、今回の調査結果から見えてきたこととして、ウィズコロナ/ポストコロナ時代では、企業は従来の生産性向上に対する課題を克服すると同時に、従業員のメンタルヘルスのケアを強化することも重要だということです。また、多くの働く人はテクノロジーに期待を寄せています。このため、メンタルヘルスケアの領域でもテクノロジーの導入や活用を視野に入れるべきでしょう。

また日本では、コロナ禍によりリモートワークが広まる一方、その状況に適切に対応できていないことから生産性が全体的に低下している傾向も見て取れました。一方、職場でのAIやロボットといったテクノロジーの活用に対して、日本の従業員はそれほど抵抗がないことも明らかになっています。なおかつ、コロナ禍によってテクノロジーへの投資を加速すべきという意識も高まっています。

このような動向を踏まえると、コロナ禍で従業員の安心安全、リモートワークなど多様な働き方をサポートすることが非常に重要になっている一方で、企業としては、ポストコロナを見据えて持続的成長を目指すことが必要になるでしょう。例えば、ビジネスモデルの再構築、人材の最適配置といった施策に対して、デジタル・トランスフォーメーション(DX)を推進することでAIや機械学習、データ分析などをフルに活用し、低下した生産性を再び高めるための取り組みを加速させる必要があると考えます。