パラリンピックが始まった1960年ローマ大会からの正式競技で、人気があるのが車いすバスケットボール(車いすバスケ)。2021年に延期された東京2020オリンピック・パラリンピックのメダル獲得を目指し、車いすバスケ男子日本代表選手たちは新型コロナウイルスによる約4か月の活動自粛を経て、2020年7月より練習を再開しています。

本企画では、車いすバスケ日本代表としてシドニー、アテネ、北京、ロンドンと4度出場し、現在、車いすバスケ男子日本代表チームのヘッドコーチを務めている京谷和幸氏をゲストにお招きし、リハビリテーション科や整形外科の先生方とスポーツ障害についてディスカッションしていただきました。

  • 京谷和幸氏 車いすバスケットボール元日本代表選手 車いすバスケットボール男子日本代表チーム ヘッドコーチ

車いすバスケとの邂逅

田島 本日は、車いすバスケ元日本代表選手として活躍され、現在、車いすバスケ男子日本代表チームヘッドコーチとして指導に当たられている京谷和幸さんをゲストにお迎えいたしました。まず、京谷さんにお聞きしたいのですが、車いすバスケを始められたきっかけはどういうことだったのですか。

京谷 私は、もともとプロサッカー選手をしていました。Jリーグ開幕の5ケ月後の1993年の秋、交通事故で脊髄を損傷し、選手を辞めて車いす生活となりました。妻が浦安市役所に障害者手帳の交付の手続きに行った時に、私が後に所属するチーム「千葉ホークス」の選手だった担当者から「サッカーをやっていたならば、車いすバスケをやったほうがいい」と勧められました。

妻伝いでの話でしたが、その市役所の担当者との出会いには運命的なものを感じます。その後、国立障害者リハビリテーションセンターでリハビリをしていた際に、同センターの体育館で行われていた車いすバスケチームの練習を初めて見ました。

田島 実際、車いすバスケをやられて、その魅力とはどのようなところにあるのでしょうか。

京谷 車いすのスピード感、激しいぶつかり合いなどの魅力的要素もありますが、私が最も魅力に感じるのは、自分の脚のように自在に操る巧みな車いす操作でしょうか。片輪を浮かすティルティングや空いたスペースに移動してパスを受け、シュートを決めるピック&ロールなどその華麗なテクニックは通常のバスケとは違った面白さがあります。

田島 車いすバスケのルールには独特な「クラス分け」がありますが、京谷さんのケースを例にご説明願えますか。

京谷 コートの広さやバスケットゴールの高さなどは一般のバスケとほぼ同じですが、クラス分けは車いすバスケ特有のものです。個々の選手は障害の重い順に1.0から4.5までの持ち点があり、試合中の5人の合計点が14点を超えてはいけないと決まっています。チーム間の公平性を保ち、障害の重い選手も出場できるようにするための仕組みです。

私の持ち点は1.0です。第5・第6胸椎圧迫脱臼骨折で、腹筋と背筋の機能がなく体幹を回せません。また、体を支えるための車いすの重心が低く、背もたれから離れられないので持ち点の高い選手のように動けません。

  • 田島文博 先生 和歌山県立医科大学医学部 リハビリテーション医学講座 教授

田島 京谷さんの現役時代は数少ない1点プレイヤーで、日本代表にとってかけがえのない存在でした。車いすバスケは、車いすの性能向上により競技がアクティブになり、怪我をしやすくなったともいわれますが、京谷さんが現役時代に経験された怪我はどのようなものでしたか。

頚椎椎間板ヘルニアや関節ねずみを抱えながらプレイ

京谷 腹筋と背筋の機能がないのでどうしても体のバランスを首でコントロールしてしまいます。そのため首に大きな負担がかかり、首の2ケ所に頚椎椎間板ヘルニアがありました。寝ている時や朝起きる時に手が痺れました。また、左肘に関節内遊離体(関節ねずみ)があり、手術で除去することも考えましたが、現役を続行するために保存療法を取りました。

肩は四十肩・五十肩ではないですけど、慢性的な関節痛がみられました。当時はヒアルロン酸を注入していました。車いす同士のぶつかり合いで足の親指の骨折、手の小指の剥離骨折、脳震盪なども経験しました。痛みの感覚がないので、足の親指の骨折は、後で患部が腫れて気づきました。

田島 車いすバスケはとても激しいスポーツです。車いすバスケでは、腕を頭越しに振る動作が多いため、インピンジメント症候群が多くみられます。特に肩の前面部に現れます。力強く腕を振ろうとするために上腕が肩の高さより上の位置になります。この時に肩峰下の空間が狭まり、その下にある滑液包や棘上筋の腱が擦れ、炎症を起こします。

また、車いすに座っている時間が長いので坐骨部や尾骨部に褥瘡発生が助長されます。すなわち、車いすバスケの怪我は肩関節と褥瘡がポイントになると思います。

  • 山下敏彦 先生 札幌医科大学医学部 整形外科学講座 教授

京谷 褥瘡で選手生命を絶たれてしまうケースも見受けられます。

山下 橘先生が車いすバスケ選手499例を対象にしたアンケート調査をもとにした障害の発生部位の報告をしているのですが、それによると、オーバーユースとしては、最も頻度が高いのは肩(32.6%)でした。続いて肘(17.6%)、手関節(16.3%)です。そして、腰部(12.5%)、頚部(7.8%)にもみられています(橘香織 ほか: 茨城県立医療大学紀要 2010; 15: 26-33.)。

クラスごとの発生部位の割合をみると、脊髄損傷者が多く含まれるクラス1~3では肩関節痛が多かったのに対して、下肢切断がほとんどを占めるクラス4では腰に疼痛を訴える人が多かったようです。車いすバスケの動作は体幹によって支持されていますので、先ほど京谷さんのお話にもありましたように、体幹に障害がある方は首に大きな負担がかかっていると思われます。

田島 車いすバスケは筋肉への負担がかなり大きいスポーツです。試合後にクレアチニンキナーゼを測定すると、基準値の約10倍に増えています。それだけ筋肉が疲労しているわけです。大きな怪我を避けるためにはやはりクールダウンが必要です。練習前後、試合前後に入念なマッサージを施すなどのメンテナンスは欠かせません。また、消炎鎮痛効果のある貼付剤を活用すれば、筋肉の保護にもつながると考えられます。

京谷 疲労から怪我が起こりやすいので、まず疲労をしっかり取ることを心がけたいものです。現役時代は首と肘に故障があったので、トレーニングの中で肩甲骨の可動域を広げる運動を取り入れていました。

山下 選手一人一人の障害の程度が違うので、それに応じたトレーニング方法が必要と考えます。トレーナーやドクターが各選手の情報を共有してしっかりサポートしていくことが大切でしょう。

田島 パラリンピックに出場する選手は長期間厳しいトレーニングに耐えてすばらしい肉体を作り上げています。しかし、競技を始めてから間もない選手は心肺機能も筋力も強くないため地道な走り込みや筋トレが必要となります。

後編に続く。

※本記事は「久光製薬スポーツ座談会 スポーツ障害から学ぶ -車いすバスケットボール選手に多い怪我と予防法-」より転載しました。