小説デビュー作『君の膵臓をたべたい』で「キミスイ」現象を巻き起こし、一躍人気作家の仲間入りをした住野よる氏。同作以降も、住野は、青春期真っ只中にいる若者たちの目線に寄り添った小説を発表し続け、読者もその内容に共鳴してきた。折しも吉沢亮と杉咲花のW主演で実写映画化された『青くて痛くて脆い』も公開中だが、多くの人たちが住野氏の小説の映像化を熱望するのは当然のことだ。

そんな住野氏が、キャリア5年目にして発表した初の長編ラブストーリー『この気持ちもいつか忘れる』は、彼が心から敬愛するロックバンド、THE BACK HORNとの共作だが、作家としての成熟を感じさせると共に、非常にチャレンジングな域を開拓した野心作となった。今回、作家・住野よる氏を直撃し、彼のルーツを辿りながら、創作の原動力となった音楽との関係性についてもひも解いてみた。

住野よる氏のプロフィールアイコンのぬいぐるみ

光る目と爪しか見えない異世界の少女に恋をした青年。『この気持ちもいつか忘れる』は、このトリッキーな設定を聞いただけで、思わず胸が高鳴るが、住野氏の巧みな筆致によって、視覚、触覚、臭覚に至るまでの五感が生々しく描写されていき、頂点では不思議なエクスタシーさえ生み出す。時に、本作のテーマを雄弁に物語るのが、コラボレートしたTHE BACK HORNの楽曲だ。

主人公の鈴木香弥は、退屈な人生に怒りながらも無味乾燥な毎日を送っていた。ところが、ある日、寂れたバスの待合室で、異世界の少女チカと出会い、彼女の存在が心のよりどころとなっていく。文中には異世界の音楽なるものまで登場するが、そこをTHE BACK HORNが実際に「輪郭~interlude~」という曲にして再現している点が興味深い。

「異世界の音楽について、THE BACK HORNさんからいろんな質問をいただきました。『チカの世界に愛という概念はあるのか? そこでの音楽は、人々にとってどういう位置づけで、どういう文化なのか?』といった内容です。なにしろ僕の頭の中にしかない音楽なので、見せることができないから、すごく難しいことをお願いしてしまったなと思いました」

THE BACK HORN

完成したのが、作詞がTHE BACK HORNのドラムス・松田晋二、作曲がヴォーカル・山田将司、編曲がギター・菅波栄純による「輪郭」だった。住野氏は初めて同曲を聴いた時、驚いたと言う。「香弥が『1回聴いただけでは口ずさめない』と言うんですが、不思議な楽器の音なども含め、僕がぼんやりと抱いていたチカの世界の雰囲気や空気感みたいなものがちゃんと表れている曲だと思って、びっくりしました。他の曲もそうですが、THE BACK HORNさんのすごさがダイレクトに感じられると思います」

本作も含め、10代のこじらせ男子や女子の揺れ動く心のひだを、リアルにすくいとってきた住野氏。それらは、ティーンエージャーだけではなく、人生における通過儀礼を何度も経験してきた大人の琴線をもふるわせるが、その秘訣について聞くと「僕はまだ、ガキだからでしょう」と苦笑する。

「まさに、“この気持ちもいつか忘れる”ですが、僕自身も、昔のことは忘れつつあります。例えば、今では仕事で愚痴を言ってしまいがちですが、5年前は、打ち合わせに呼び出されるなど、小説家扱いされたことだけで、すごくうれしかったです」

それなら住野氏は、どうやって小説を紡いでいくのか?「僕が学生時代を覚えているというよりは、どちらかというと、今、僕の小説を読んでくれる高校生や大学生の子たちが、何を考えて生きているのかを想像しながら、書いている気がしています。いまやもう止めちゃいましたが、以前Twitterで10代20代の方たちとやりとりしたことや、読者さんからいただく手紙などが、自分にとってすごく刺激になりました。『よるのばけもの』が出た1週間後、高校生の方から『私たちのことを書いてくれてありがとう』という内容の手紙をいただきましたが、その時は、作家冥利に尽きるなと思いました」

デビュー5周年を迎えた住野氏だが「自分自身は、どんどん汚れていく気がします。小説家歴を重ね、少しずつ乾いていく自分をまだ絞り、そこで出た真水が小説になっているような感覚です。体にとっては良くないことかもしれない、どんどんお酒の量も増えていきますし」と笑う。

『この気持ちもいつか忘れる』では、「初めて“大人編”をちゃんと書きました」という住野氏。そこには、これまで住野氏の小説を読んでくれた読者へのメッセージも含まれている。「読者さんに香弥みたいになってもらいたいたいわけじゃないけど、大人って、苦しさもあるけど、それゆえの美しさもあるんだよ、ということを、ちゃんと書けたらいいなと思いました」