鮮烈な作家デビューを果たした『君の膵臓をたべたい』や、現在映画化作品が公開中の『青くて痛くて脆い』など、10代特有のナイーブな心のあやや、ヒリヒリするような焦燥感を、リアルに描いてきた人気作家、住野よる氏。瞬く間にベストセラー作家となった住野氏は、デビュー5周年を過ぎた今、安定ではなく、攻めの姿勢に打って出た。

住野氏にとっては、初の長編ラブストーリーとなった『この気持ちもいつか忘れる』は、かなりチャレンジングなアプローチによって編み出された意欲作だ。

  • 住野よる氏とTHE BACK HORNがコラボした『この気持ちもいつか忘れる』のイメージビジュアル

この小説は、住野氏が学生時代から敬愛するロックバンド、THE BACK HORNとのコラボレーション作品だが、完成した小説に音楽をつけたものでもなければ、既存曲からインスパイアされて書き上げた小説でもない。まるで往復書簡をやりとりするように、住野氏とTHE BACK HORNは、1つのバトンを渡し合いながら、一緒に作品のゴールを目指した。この極めてユニークな創作法について、住野氏自身に解説してもらった。

もともと学生時代からずっとTHE BACK HORNの大ファンだったという住野氏。「THE BACK HORNさんの曲は、僕が小説家になる前から聴いていたし、CDが出たら必ず買い、ライブにも通っていました。だから、一緒に何か作品を作れるというのは、僕にとって夢が叶った感じです」

主人公は、田舎町に暮らす高校2年生の少年・鈴木香弥。自分の人生について「クソつまんないもの」と吐き捨て、常に人と距離を置いて生きてきた香弥が、ある日、寂れたバスの待合室で、異世界の少女と出会う。香弥は、チカと名付けたその少女と交流していくうちに、いまだかつて感じたことのない感情を抱くようになる。

住野よる氏のプロフィールアイコンのぬいぐるみ

特筆すべき点は、少女チカの風貌だ。暗闇のなかで香弥が捉えられるのは、チカの光る目と爪のみというところが、神秘的かつミステリアスである。「THE BACK HORNさんと初めてコラボレートをさせてもらうにあたり、今までの5年間で挑戦したことのないものを捧げなくてはいけないと思いました。そこで、自分が書いたことのない恋愛長編を書くことにしました」

そして、「最初に、僕からあら筋と冒頭部分、あとはなんとなく前編後編に分けるかなというくらいのことだけお伝えしましたが、その時点で、後編の部分は何も決まってなかったです。あらすじにはチカの外見やしゃべり方についても含まれていて。そこからまずTHE BACK HORNさんが『ハナレバナレ』という曲を作ってくれて、僕はそれを聴きながら続きを書いていくというやりとりだったので、最後にどうなるのか全くわからなかったです」と明かす。

その後、「小説の中に曲が出てくると面白いかもしれない」となり、THE BACK HORNが「輪郭」を作った。さらに、小説の連載が終わったあとで、THE BACK HORNが書いた「突風」という曲に刺激を受けた住野氏が、すでに完成した小説にまで手を入れたそうだ。

「もともと『突風』は小説に出てくる言葉です。もちろん、大枠を変えたわけではないのですが、『突風』という曲から感じたことも小説内でちゃんと出したいと思い、細部を変更しました。まさに共同作業で、改めて変わった作り方をした小説だなと思いました」

ちなみに、なぜチカは、光る目と爪だけしか見えない設定なのかと聞くと「相手のことを全部知らなくても、人は人を尊重できたらいいのにと願っていることが反映されています。それで、見えない登場人物を考えたんですけど、恋愛的行動、例えばキスシーンや手をつなぐ時、どの部分だけ見えていれば、できるのだろう? と考え、削り取っていった結果、残ったのが目と爪でした」と言う。「男の子が好きな女の子を前にして、唯一見えている彼女の目の位置から、彼女の唇を探し当ててキスをするというくだりがとてもいいなと思いました」