まず、白状したい。以前、なか卯の秋の季節限定メニューを実食レポートして以来、すっかり「豚角煮丼」の虜になってしまったことを。

しつこいようだが、なか卯の豚角煮丼はレベルが高い。厚いのに柔らかく、旨味のある肉、味の染みた煮玉子、濃厚なタレ、ご飯の上に敷き詰められた海苔。すべての具材が絶妙なハーモニーを奏で、決してさっぱりしたメニューではないのに気付けばペロリと完食してしまう。ボリュームも満点で、コスパも高い。言うことなしだ。

ということで、また豚角煮丼を食べようと思ってなか卯を訪れてみると……。

おっと?

なんと、また新しいメニューを出しているではないか。「海鮮丼」とな。つい先月、豚角煮丼を含む秋の季節限定メニューを3週連続でリリースしたばかりだというのに、早くも次なる矢を放ってきたというのか。

とは言え、今日は豚角煮丼を食べに来たので、海鮮丼はまた次の機会があれば食べてみよう。そう割り切って券売機へ向かうと……。

くっ……「華やか」を謳っているだけあって、妙に艶っぽいではないか。「甘えび、まぐろ、サーモン、いか、四つの海鮮具材が奏でる食感のハーモニー」だと? 「海鮮四重奏」だと? でも、よくよく考えてみれば、今日は肉じゃなくて魚が食べたい気分かもしれない。きっとそうだ。ああ、今日は海鮮の気分だった、絶対に。

熟慮に熟慮を重ねた末に「海鮮丼(並盛690円)」をポチって着席。豚角煮丼には悪いことをしたと思いつつ、正直、心は躍っていた。

もしかすると店舗によって違うのかもしれないが、なか卯では、箸やスプーンはもちろん、紅生姜や七味唐辛子まで個別に梱包されている。このコロナ禍では、こうした衛生面の配慮がとにかくありがたい。

そんなことを考えているうちに、海鮮丼が到着。

決して安くない食材だからこそ、もしかすると盛り付けはケチくさくなるのではないか、いわゆる「写真詐欺」もありうるのではないかと懸念したが、とんでもない。立派な海鮮丼である。

それにしても、聞きしに勝る華やかさである。具材が4つも入るとさすがに豪華な印象だが、大事なのは“味”だ。さっそく、醤油にわさびを溶いていただこう。

ちなみに、わさびは長野県安曇野産らしい。安曇野といえば日本有数のわさびの名産地。わさび栽培は水の綺麗さが命といわれるだけあって、安曇野の水田はとても上質なのだという。

前置きが長くなったが、いよいよいただきます。

美味い。臭みのようなものはまったくナシ。こんな新鮮な海鮮丼が700円以下で食べられるとは、ちょっと驚きである。これは美味い。

ダイス状に整えられた具材はどれも食べごたえがあり、しかも丼の上にゴロゴロと乗っかっているのだからテンションもうなぎのぼり。

甘えびはとろっとしていて甘みがあり、いかは歯ごたえもよく、噛めば噛むほど旨味を感じる。9月から旬を迎えるサーモンは濃厚な味わいでまろやか、舌触りもいい。まぐろはほどよい酸味と甘味のバランスがよく、筋っぽさや水っぽさもない。

「四重奏」と売り出しているように、どうやらこれはガツガツと掻き込むように食べるのが正解だ。海鮮丼と言えば、彦摩呂さんの「海の宝石箱や」という有名な食レポがあるが、宝石にも例えてしまえる贅沢さというのは、他の食べ物ではなかなか得られない、まさに海鮮丼特有のもののように思う。とにかく、満足感が高いのだ。

しかし、味噌汁や豚汁を注文しなかったのは痛恨のミスだった。海鮮丼をガツガツと掻き込みながら、汁物で一息つく。それだけで満足度はさらに増したはずである。いや、ここがなか卯であることを考えると、はいからうどん(小)という手もありだ。かつおや昆布を使った京風のうどんだしは、きっとこの海鮮丼とも相性抜群に違いない。

…などと、次回以降の戦略を頭で組み立てているうちに完食。海鮮丼は並盛でも十分満足できたが、更にガッツリと食べたいときは、海鮮を2倍にした「豪快盛」(1000円)もオススメだ。

ところで、なか卯といえばこの夏、「いくら・あわび丼」を販売して話題を呼んだが、なか卯で海鮮を楽しめるというのは、改めて考えてみるとちょっとした革命である。というのも、ふと海鮮丼を食べたいと思ったとき、これまでどこへ駆け込めばよかっただろう?

東京でひとりでサッと食事したいとき、牛丼やカレー、蕎麦、ラーメンなどは比較的すぐに食べられる。しかし、海鮮丼はそうではない。寿司屋や平日の居酒屋ランチでは食べられても、仕事帰りに自宅の最寄り駅で海鮮丼が食べられる人は決して多くないだろう。日本人にとって馴染み深い食べ物でありながら、常に身近にあるわけではないのだ。

だが、なか卯であれば、いくら丼やこの海鮮丼が手軽に楽しめる。なか卯の“中の人”たちにどんな思惑があるかわからないが、これはなかなか画期的であり、我々はもう少し大げさに喜んでもいいように思える。ありがとう、なか卯。

さて、次回なか卯を訪れるとき、豚角煮丼と海鮮丼、どちらのボタンを押せばいいのだろう。答えは簡単に出るとは思えない。相当、苦悩するだろう。そんな取り越し苦労とも思えるうれしい悲鳴を胸にしまい、店を後にしたのだった。