いま環境問題や貧困問題をはじめ、人類自らがもたらした地球規模の問題が、人類全体を苦しめています。いったい人類はなんのために存在し、この地球上に生きているのか? この状況下において、わたしたち一人ひとりは、自らの存在を肯定しながら幸せに生きていくことができるのか?

  • すべての人間は「幸せ」に生きるべき。「アウトプット」を続ければちがう景色が見えてくる /慶應義塾大学大学院教授・前野隆司

慶應義塾大学大学院で幸福学を研究する前野隆司先生に、お話をお聞きしました。前野先生は、「それでも人間は幸せに生きるべき。人間の知恵を結集して問題に立ち向かい、やがて命を終えたら美しい地球に還っていけばいい」と語ります。

■アウトプットを続ければちがう景色が見えてくる

――自己肯定感が低くなりがちな現代において、どうすれば、「わたしがここにいることが素晴らしい」と思えるような生き方ができるでしょうか?
前野 これはもう、自分で「そう思うしかない」というのが正直なところです。いまは世界的にも、一人ひとりが個性を活かし、得意なことをどんどん伸ばす時代へと変化しています。

ですから、苦手なことを無理して頑張る必要はないのです。みなさん一人ひとりが、自分の良さやワクワクすること、自分の強みや特徴をよく理解し、それを伸ばす方向へ進んでいけばいいのではないでしょうか。そうすれば、得意なことをやることで自信もついて、自己肯定感は自然と高まっていくでしょう。

――ただ、自分の強みや好きなことが見つからないという人もいます。
前野 行動しなければ、好きなことや強みは見つかりません。いまの人たちは、インプットばかりを重視している印象があります。SNSを見て、Netflix(ネットフリックス)を観て、ゲームをして……と、与えられたものを享受するだけの人がたくさんいますよね? そうではなく、自分からアウトプットを増やしてみるのです。それこそYouTubeやnoteでコツコツと情報を発信してもいいし、もちろん実際に体を動かし街に出て、いろいろな人と話すのもいいでしょう。

生物はなにも五感からのインプットのためだけにできているのではありません。全身の筋肉は、言語、運動、キーボード入力などのアウトプットのために備わっています。インプットだけでは、人間にとって半分メリットを捨てているようなものなのだとわたしは思います。

――自分のペースでいいから、好きなことや得意なことをアウトプットしていく。
前野 すごく得意なことなんて、見つからなくても構いません。自分が面白いと思う範囲で、好きなことを少しずつアウトプットしていくだけでいいのです。とくに、自己肯定感が低い人は行動力も低くなっているので、まずはちょっとずつ手や体を動かしてみてください。そうした少しの行動が、雪だるまのように大きくなっていくのです。

アウトプットをすれば、自分の得意なことや苦手なことをより理解できるようになり、友達とのつながりも生まれます。そのようにして、コツコツと道を登っていくと、また遠くの景色が見えてきます。そこから、さらに好きなことや得意なことを、楽しい範囲でやっていく。歩みは小さくても、それがまさに幸せに直結する「主体的行動」なのです。

■「なんとかなる」と信じなければなにもはじまらない

――少しずつ自己肯定感を高めていけば、やがて自分を信じることもできそうです。
前野 そのとおりです。自分の人生はもちろんのこと、いま世界にある問題も「なんとかなる」と信じなければ、なにもはじまりません。「環境破壊は手遅れだ」と思ったら、もう本当に手遅れになるだけです。

そうではなく、「いま人類が力を合わせればなんとかなるかもしれない」と信じるから、状況が変わっていくのです。問題の大小にかかわらず、信じる力がなければなにも変わりません。

――自己肯定感が高まると、地球規模の問題も「自分ごと」として考えられるということですね。
前野 わたしたちは、もっと「地球人」という視点を持つべきです。わたしは小学生のころ、「もし宇宙人が攻めてきたら、地球人は一致団結していい世界になるんじゃないかな?」なんてことを思っていました。

でも、いま人類全体に対して新型コロナウイルスが現れたのに、残念ながら人類はまったく一致団結できていません。しかし、人類が団結して立ち向かうべき問題は次々と現れており、わたしは時代が大きく動く前夜になってきていると感じています。

――人類が知恵を結集し、「なんとかなる」と信じて行動することが必要。
前野 そうですね。地球上の問題を他国のせいにしたり、他国と比べて日本はマシなどと比較したりするような態度ではダメだと思うのです。そうではなく、地球上の問題に対して「自らやります」と手を挙げる。そのくらいの気概で、日本人はこれから高い目標を掲げて、世界を先導していくくらいであありたいですね。

■すべての人間は「幸せ」に生きるべき

――わたしたちはいま、地球規模の問題を自らもたらし、自らが苦しめられているわけですが、いったい人類はなんのために存在し、生きているのでしょう?
前野 いろいろな考え方がありますが、わたしは、本質的に生物には生きる目的はなく、ただ子孫を残したものが生き延びるようになっているだけと考えています。ですから、人間の生きる目的もありません。

でも、どうせ生きる目的がないのだから、人間は幸せに生きるべきだと思うのです。人間はたまたま進化して、たまたま心というものができて、たまたま100年弱くらい生きて、死んでいくだけの存在です。であれば、すべての人間が幸せに生きたうえで、ふたたび地球へと還っていくほうが美しいと思いませんか?

――そうしたことに思い至らないまま、短い生存期間のなかで、同じ人間同士がいがみ合っているのは悲しいです。
前野 「自分だけもっと儲けたい」「あいつが憎い」「あの国はひどい」なんていっている時間がとてももったいないですよね。この美しい地球で、美しく生きている時間を、1秒でも憎しみや妬みなどに使わないことです。そのほうが必ず幸せに生きられます。地球上のいまの問題は、人類みんなが信頼しあって行動すれば必ず解決できるのですから。

――これからの若い世代の人に期待することはありますか?
前野 若い世代にはとても期待していますよ。わたしの息子なんて、わたしが「幸福学によると、お金やモノよりも利他性ややりがいが大切なんだ」というと、「え、あたりまえでしょ?」と返してきます(笑)。若い人というのは、時代の変化を肌で感じているんですよね。だからこそ、世代間で断絶せず、すべての世代が力を合わせて話し合えば、できることはたくさんあると思います。「地球はひとつの仲間だ」という意識を持たなければ、もはや自分自身も地球という船の上で生きていけない時代になっていますから。

――人類みんなが幸せになるために、まず自分が幸せの条件を満たすように生きればいいのですね。
前野 一人ひとりに、幸せに生きる権利があります。主体的に動き、自己肯定感を高くしながら、人とつながって生きる。みんなと一緒により良い未来をつくることを、信じて生きる。わたしたちが、これからの時代を幸せに生きていくために心がけるべき姿勢です。

構成/岩川悟(合同会社スリップストリーム) 取材・文/辻本圭介 写真/石塚雅人