有人試験飛行の成功が話題を呼んだスカイドライブの空飛ぶクルマ「SD-03」。エアタクシーとしての運用を計画中で、そのうち個人所有の時代が到来するかもしれない新たなモビリティだが、その現状と未来は。スカイドライブ代表の福澤知浩氏に聞いた。

  • 空飛ぶクルマ「SD-03」とスカイドライブの福澤知浩代表

    有人飛行を成功させた空飛ぶクルマ「SD-03」とスカイドライブの福澤知浩代表(本稿の写真は撮影:原アキラ)

「eVTOL」(電動垂直離着陸機)と呼ばれる空飛ぶクルマの開発・製造・販売を目的とし、2018年に設立されたスタートアップ企業のスカイドライブ。その代表を務める福澤知浩氏は東京大学工学部を卒業後、トヨタ自動車に就職した経歴を持つ。配属先の部品調達部門では「カイゼン」を実施し、会社から表彰されたこともあるそうだ。2014年には有志団体である「CARTIVATOR」(カーティベイター)に参加し、空飛ぶクルマの研究に着手。2017年に独立し、その翌年にスカイドライブを立ち上げた。

「空飛ぶクルマとは何か」という点については、国も同時期に動き始めている。経済産業省と国土交通省が「空の移動革命に向けた官民協議会」の事務局を務め、「①電動:エンジンのものと比べて部品の点数が少ないため整備が低コストで騒音も小さい」「②自動運転:これまでの乗り物と比べて操縦士が不要となるため、誰でも自由に扱える」「③垂直離着陸:滑走路や舗装した道路が不要でインフラ整備に左右されない発着が可能になり、より自由な『移動』を実現する」という3つの機能を備えたものと定義した。当然、スカイドライブも同協議会の構成員である。2019年には、内閣府が成長戦略に「空飛ぶクルマの2023年事業化」を盛り込んだ。

  • 「空の移動革命」に向けたロードマップを示したスライド

    経産省が2018年に策定した「空の移動革命」に向けたロードマップ

8月25日、スカイドライブは愛知県内のテストフィールドで空飛ぶクルマの有人試験飛行を成功させた。その晴れの日に、福澤代表に話を聞いた。

  • スカイドライブの福澤代表に空飛ぶクルマの現状と今後を聞いた

実用化は3年後?

――有人飛行の成功、おめでとうございます。今日飛んだ「SD-03」という機体は、いつ頃からテストが始まったのでしょう。

福澤代表(以下、福):SD-03自体は今年の春からテストを実施しています。前モデルも含めると、SDシリーズはこれまでに何百回も飛んでいて、飛行時間は1回5分として数十時間レベル、飛行距離は1回200mとして数十キロを飛んだことになります。

  • スカイドライブの空飛ぶクルマ「SD-03」

    有人飛行テスト中の「SD-03」

――前モデルから進化した点は。

福:2019年12月から今年春までの「SD-02」に比べて、信頼性や安定性が向上しました。飛ばせば飛ばすほど、いろんなものが見えてくるんです。例えば振動、思ったより進まない・戻らない、安定せずフワフワするといったことですが、いちいちそれを変えていきました。あとは、モーターやプロペラが1個止まっても飛行できるような形に少しずつ移行させました。そのため、センサーやモーター、プロペラもどんどん変えたんです。

もう1つは見た目の部分で、これまでは安定して飛ぶことが最優先だったのでこだわらなかったところなのですが、今は安定性と見た目をセットで考えています。

――見た目にこだわるのは、実用化に向けてのステップなのでしょうか。

福:はい。乗りたくなるようなデザインは大事ですし、安定飛行との両立はなかなか難しいのですが、そこはしっかり考えています。展示機にはプロペラガードを取り付けていますが、これは、何かあっても「飛んでくる」感じがせず、怖くないようにするためです。また、全体ではフロントからリアにかけての「シュッ」とした感じがクルマを予感させるデザインになっていて、“日常的に乗る”ことを想起させるような形になっています。

  • スカイドライブの空飛ぶクルマ「SD-03」

    プロペラガードが取り付けられた展示用の「SD-03」

――公開試験は初めてだと思いますが、今はどういった段階と考えていますか。

福:実用化までには大きく2つのステップがあります。1つは安全・安定的に飛ぶことで、それは今回、達成したと考えています。次のステップは実用化。一般の人を乗せて、事業として使える機体にすることです。今日からは、その後者の方に挑んでいく段階です。実際に飛んでいる場面を見てもらったことは、空飛ぶクルマがある世界をイメージしてもらうためにも重要なことだったと思います。

――事業化に向けて必要なことは何でしょう。

福:機体に関しては、航空機と同じレベルの安全性・信頼性まで上げていくことが大前提です。今、実際に飛んでいるボーイングやエアバスのような旅客機はいずれも、10万時間飛んでもクリティカルな故障が起きないということを証明しています。空飛ぶクルマも、「型式証明」「耐空証明」という許可を国から取得して、初めて事業が開始できるようになります。

認可のハードルはとても高いのですが、エンジンで飛ぶ既存の航空機に比べて、eVTOLは動力源にバッテリーとモーターを使うので、部品点数が約100分の1と圧倒的に少なくて済みます。なので、技術的には可能だと思っています。現在、国では認可の審査基準についての議論を進めている最中ですが、それと並行して、スカイドライブは国交省と連携し、認可を取得できる方向に進めていくことが大事だと考えています。

――空飛ぶクルマを開発するライバルは多いと思いますが、スカイドライブのセールスポイントは何でしょう。

福:空飛ぶクルマを開発している会社は現在、世界に200~300社ありますが、有人となると十数社に限られます。スカイドライブのSDシリーズは、サイズがコンパクトであることが“売り”です。既存のヘリコプターなどに比べてもとても小さいので、駐車場2台分のスペースがあればどこでも離着陸が可能ですし、音も静かです。小さな機体は、東京、日本、アジアという比較的狭い国土、地域で使えるというのが最大のメリットです。広いアメリカなんかだと、自宅の庭にヘリの離発着場を作っちゃいますからね。

  • スカイドライブの空飛ぶクルマ「SD-03」

    日本の都市部などで運用するには、小さな機体を作り込むことが必要になる

――逆に、まだまだのところは。

福:現状では、基本的に雨の日や風の強い日にはテストを中止していますが、いろんな環境下で飛ばせることも必要です。

――タイムラインとしては順調にきているのでしょうか。

福:はい。今回の有人試験飛行でステップ1をクリアしましたし、ステップ2の事業化は2023年を計画しているので、順調にきています。ただ、コロナの影響で部品調達に関しては若干の遅れが生じています。人的な面では、ここは山の中で満員電車の通勤もないので、影響はないのですが(笑)。資金の面でも、コロナ前に始めていたので「危なかったけどセーフ!」という感じです。

――2023年の事業化を目指すとのことですが、具体的な中身について教えてください。

福:場所としては、最初は大阪、次に東京を中心にスタートします。いずれも湾岸エリアで、タクシー的な観点で3点を結ぶという構想です。理由としては、安全性の観点から飛行許可が得やすい海上ルートが使える上、人がよく訪れるスポットなので、一定の輸送ニーズが見込めるからです。距離は5~10キロで、時間的には既存の交通手段で20~40分かかるところを5~10分程度で結ぶことを想定しています。2026年ごろには、さらに20~30キロに距離を伸ばしていく予定です。

飛行時間に関しては、現状の機体でもバッテリーを増やす余地がありますし、モーターやプロペラなどを省エネにしていけば、より少ない電流で飛ばせるようになります。例えば大阪の場合だと、何かあって目的地に着陸できなくても出発点に戻れたり、緊急着陸地点まで行くことが可能な余力を残した設計としています。

運行に関しても、スカイドライブが関わりたいと考えています。知見をお持ちの企業との合弁など、複数の会社と一緒になって進めることで、より安定性が高く、使いやすい機体を開発できるものと考えています。

  • 空飛ぶクルマ事業化への流れを示したスライド

    空飛ぶクルマ事業化への流れ

――豊田市で実験・開発を行っていることに関しては。

福:いい試験場が見つかったなと思っています。試験場と開発拠点は、なるべく近いことが大事です。例えば中国の深セン市などでは、都会で機体を開発し、そのまま市街地で飛ばすことができますが、安全性や騒音のことを考えると、日本では難しいところです。このテストフィールドは豊田市に紹介してもらった場所なんですが、ここなら安全ですし、騒音などで周囲に迷惑がかかるということもなく、開発拠点も同じ場所にあります。そこが最大のメリットですね。

私自身もクルマのメーカー(トヨタ)にいたので、創業者のストーリーは何度も見聞きしています。新しい交通手段が生まれると、生活や暮らし、さらには人生が豊かになるとも思っています。行けなかったところに行ける、見えなかった景色が見える、新しい出会いも増える。そういった点で、クルマが生まれた豊田市から空飛ぶクルマという新しいモビリティが誕生するということには、大きな意味があると思っています。地元の皆さんから多くの応援をいただいていることも、ありがたいですね。これからについては、事業化に向けた最も高いハードルが控えていますので、引き続き見守っていただきたいと思っています。