東京2020オリンピックで1984年ロサンゼルス大会以来の金メダル獲得を目指す日本の野球チーム"侍ジャパン"。本企画では、元プロ野球選手で2004年アテネ大会と2008年北京大会の代表歴のある上原浩治氏をゲストにお招きし、整形外科の先生方と、スポーツ障害をテーマに話し合っていただきました。

→前編はこちら

  • 上原浩治氏 元プロ野球選手 野球解説者・評論家

肘の故障に対するトミー・ジョン手術は考えず

田中 「肉離れに対しては、どのような治療をされていましたか」。

上原 「アイシングとテーピング、電気治療くらいですかね」。

田中 「肉離れに関しては、完治させられる手術も薬物療法もないのが現状で、やはり、そういった治療法になりますね。肘の故障に対してはどういう治療をされていましたか」。

上原 「最初の肘の故障はメジャー1年目の6月だったのですが、コーチからは「8週間はボールを握るな」と言われましたので、ひたすらリハビリテーションに努めていました。でも、回復にはそれ以上かかり、結局、そのシーズンでの復帰は断念せざるを得ませんでした」。

茂呂 「手術は考えなかったのですか」。

上原 「コーチからも手術の話は出ませんでしたし、自分でも考えませんでした」。

田中 「野球選手とくに投手で、手術を自分から望むという人はいないのではないでしょうか。トミー・ジョン手術が導入されてからは、手術を受ける選手が増えてきていますが、私は少しやり過ぎで、安易に手術に流れているという風潮もあるように思います。もちろん、トミー・ジョン手術でしか復帰を望めず、それにより大きな恩恵を得ている選手も多いとは思いますが」。

  • 田中栄先生 東京大学大学院医学系研究科 整形外科学 教授

茂呂 「トミー・ジョン手術を多く行っている米国の医師の話を伺ったことがあるのですが、米国では、肘の靱帯を損傷すると、その後保存的な治療を行ったとしてもベストパフォーマンスを望めない可能性が高いと考え、それなら、手術後1年半くらいのブランクが生じたとしても、その後のベストパフォーマンスを期待して手術に踏み切ろうという考え方が、日本と比べて強いようです」。

上原 「トミー・ジョン手術をした投手は、復帰後に球が速くなったといわれることが多いのですが、これは根拠があるのでしょうか」。

茂呂 「それは、手術で靱帯を再建したということに加え、手術後の1年半ほどのリハビリテーションの期間に、故障部位の周囲の筋肉を鍛えたり、可動域を広げたり、投球フォーム自体を見直したりした結果ではないでしょうか」。

田中 「保存療法では最近、故障した選手自身の血液中の血小板を採取し、故障箇所に注入する多血小板血漿(PRP)療法が話題になっています」。

上原 「私も肘の痛みや、2016年に右胸筋を痛めたときに受けましたが、治療に使う針が太く、刺すときに痛かったのと、後ですごく腫れたことが印象に残っています」。

田中 「効果はいかがでしたか」。

上原 「痛みが減って、その後、痛みがぶり返してもいないので、効果はあったのでしょうね」。

  • 茂呂徹先生 東京大学大学院医学系研究科 関節機能再建学講座 特任准教授

年齢や自分の体力に応じて練習メニューを考えることが重要

田中 「次に、怪我をしないための予防ということでお話ししたいのですが、上原さんはどのようなことを心がけてきましたか」。

上原 「野球では試合前に全体練習をするのですが、その前にも選手が個々に独自の準備練習をします。投手でいえばウォーミングアップとかストレッチなのですが、それにかける時間を、ベテランになるほど長くとるようにしていました。

それから、シーズンオフも若いときは文字どおりオフにして、1ケ月くらいは一切練習を休んでいたのですが、ベテランになってからはオフをとらないようにしていました」。

田中 「準備練習の時間を長くするとかオフをとらないといっても、それは練習の量を増やすとか強度を上げるということではないですね。あくまでも、同じ量と強度の練習なら、ベテランになるほどじっくり時間をかけてやるようにするということですね」。

上原 「そうです。逆に若い伸び盛りのうちは、練習で少々無理をしてみるというか、負荷を増やしていくということも必要だろうと思っています。私自身が若いうちはできるだけ多く投げ込みをすることで体を作っていくタイプでしたので……」。

茂呂 「いま、高校野球で投球制限が話題になっていますが、どのようにお考えですか?」。

上原 「投手を守るということかと思いますが、自分自身は、もし投球制限があったらプロになれていなかったと思います。投球数を一律に制限するというよりは、個別に、あるいは投球フォームやトレーニング方法、打者側の金属バットなど、もう少し議論されるべきと考えます」。

田中 「東京2020オリンピックで侍ジャパンが30数年ぶりの金メダル獲得を目指しています。上原さんは2回の代表歴をお持ちですし、2006年の第1回WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)でも、日本代表のエースとして優勝に貢献されました。そこで最後に上原さんから、侍ジャパンにエールの言葉をお願いしたいと思います」。

上原 「オリンピックという大舞台に立つのはしびれるかもしれませんが、それを経験できるのは限られた選手です。その名誉と喜びを忘れることなく、侍ジャパンのメンバーには、ぜひベスト・パフォーマンスを発揮していただきたいと思います」。

※本記事は「久光製薬スポーツ座談会 トップアスリートが向き合うスポーツ障害から学ぶー野球選手に多い怪我と予防法ー」より転載しました。