わたしたちのまわりには、「メンタルが強いなあ」と感じる人がいます。仕事のトラブルでピンチにおちいっても、プレゼンテーションで大勢の人を前にしても、ふだんどおりに落ち着いて行動できる人――。はたして「メンタルが強い人」は、ふつうの人とどこがちがうのでしょうか?
作家・ビジネスコンサルタントとして活躍する星渉さんに、メンタルを強くするための考え方と実践的な方法を聞きました。
メンタルが強い人は「自分のことをよく知っている」
とくに20代前半の人に関していえば、わたしはメンタルの強さは、「自分のことをどれだけ知っているか」に尽きると考えています。
端的にいうと、メンタルが弱ってしまうのは、「他人と比較するから」です。「自分はあの人よりできていない」「あの人より恵まれた環境ではない」「あの人ほど美人ではない」「あの人より給料が低い」……。これらの感情はすべて、自分のことをよくわかっていないために起こるものです。そうして自分と相手を単純に比較し、「自分は劣っている」と勝手に錯覚してダメージを受けてしまうのです。
それらを前提に考えると、メンタルを強くするには「自分はどんな人間か」「なにが好きなのか」「どんなことをやりたくないのか」「なにを見ると気分が落ち込むのか」といった、自分に関する傾向や性質を徹底的に探って、自分をよく知ることが欠かせません。
自分について明確に知っていると、まわりにどんな人がいても、「たしかにあの人はすごいかもしれないけれど、別に自分には関係ない」と、自然に思うことができます。そうして、メンタルが少しずつ強くなっていきます。
自己分析をし続けると他人と比較することがなくなる
メンタルが強い人は他人と比較してもダメージを受けないし、そもそも比較すらしません。比較することがないので、メンタルにダメージを受ける機会もなく、結果的にますますメンタルが強くなっていくわけです。人は年齢を重ねていくと、さまざまな経験をとおして、多かれ少なかれ「自己理解」が深まっていきます。そして、やがて「自分は自分」と思えるようになっていく。でも、若いときはそんな経験自体がまだ少ないため、真正面から自分と他人とを比べてしまい、ダメージを強く受けがちなのです。
みなさんのなかには、就職活動のときに自己分析をした人もいると思います。でも、いざ社会に出てみたら、学生時代とはまったく異なった環境が待っていて、学生時代の自分の価値観がどんどん変わっていきます。そんな学生時代に探った自分と、いまの自分との間にギャップが生じているのも、自己理解が深まらない原因のひとつといえるでしょう。
わたしは若いころから、自己分析を続けてきました。高校3年生のとき、失恋のショックから立ち直れなくなり、1年半ほど自分のことをノートに書き続けて、ひたすら自己観察をしたこともあります(苦笑)。でも、それによって、自分という人間についてよく知ることができた。それからも、その都度自己分析を続けてきたおかげで、若いうちから他人と比較することがほとんどなくなりました。
自分という人間を明確に知っていると、自分で行動を選択し、決断することができるようになります。すると、他人の行動を気にしたり、比較したりする意味がなくなるのです。評価基準が外にあると、他人と比較する回数が増えて、ダメージを受けてしまう。「自分のなにが素晴らしいのか」「自分はどんな状態が幸せなのか」。そんな「自己理解」の基準を自分で打ち立てることが、メンタルを強くするポイントなのです。
自分がコントロールできることに集中する
メンタルが強くなると、不安や緊張といった感情にもうまく対処できるようになります。
まず、不安や緊張は、「コントロールできないものをコントロールしようとするとき」に起こると知ってください。たとえば、入社試験の合否の結果はコントロールできません。それを決めるのは会社であり、自分にできることは、あくまでも試験に対して最善の準備をすることです。でも、このときコントロールできない結果について心配しはじめると、不安が起きるのです。
逆にいうと、このメカニズムに気づくだけで、不安や緊張は解消していきます。自分ができることについて最善の準備をしたのなら、もうそこでできることは終わっているということ。ただし、自分ができることに対してベストを尽くさなければ、不安はいつまでも消えません。
試験勉強を一生懸命にやっていないのに、「受かるだろうか」と結果を心配しても、心のどこかで「無理かもしれない」という気持ちがあるから不安になるわけです。
自分でコントロールできるものと、できないものに分けさえすれば、不安が消えるのではありません。分けたうえで、自分ができることに集中し、「これ以上できない」くらいに取り組んだかどうかにかかっているのです。
メンタルを強くするシンプルで強力なふたつの方法
メンタルを強くするために、即効性がある方法も紹介しましょう。まず、ほとんどの人がやっていないのが、ストレスを受けたり不安にとらわれたりしたときに、「頭のなかで考えていることをすべて紙に書き出す」ことです。
これは、シンプルかつ強力な方法です。先に書いた「自己理解」の方法のひとつでもありますが、「自分がなににストレスを感じているのか」を明確にするだけで、ストレスが軽減することがこれまでの多くの研究からもわかっています。たとえば、頭のなかで「上司がひどい」「パワハラだ」と思うだけでなく、心の叫びを紙に書き出して目視するとストレスが減っていきます。
なぜなら、頭のなかだけで思っていると、脳は問題が自分のなかに存在していると認識しますが、目視すると、脳は問題が「体の外に出た」「少し解決した」と認識するからです。そうしてストレスが軽くなっていくのです。
ですから、なるべく紙を使って実際に手を動かしてください。そして、書いたあとにそれを目の前でびりびりと破ってみるのもいいでしょう。すると、脳はより強く「悩みが解消した」と認識します。ストレスがなくなると脳のパフォーマンスが上がるので、仕事の効率性や生産性も上がっていくはずです。
いいメンタルを保つために、絶対にやめるべき行動もあります。それが、「ネガティブな情報を見聞きしない」こと。これも誰もが知っているのに、多くの人が実行していません。
たとえば、両親が英語を話す人のもとに生まれたら、その子どもはやがて英語を話すようになります。生まれてからずっと英語を見聞きしているため、自然に英語でものごとを考え、話すようになります。同じように、ネガティブな情報をたくさん見聞きしている人は、ネガティブにものごとを考え、話すようになります。
つまり、メンタルが弱い人は、メンタルを弱めるようなネガティブな情報を見聞きしているから、ますますメンタルが弱っていくのです。
人間関係においては、自分の力だけでは変えられないこともありますが、可能な限りネガティブな人には関わらないようにする。それが、あなたの大切なメンタルを守る王道です。
構成/岩川悟(slipstream) 取材・文/辻本圭介 写真/塚原孝顕