自分の好きな時に、好きなペースで読めるマンガは、最も手軽に楽しめるエンターテインメントのひとつだ。仕事や将来のことで心が疲弊し、活字を追うのがつらい時でも、マンガなら自然に物語へと没入できる。何かと不安定な状況が続く今、悩みや不安で気持ちが弱っている時に効く作品を、マンガ雑誌の編集長を歴任してきた土方隆さんに教えてもらった。
悩みなどどうでもよくなる『アフロ田中シリーズ』
「読んで心が晴れる作品が多いのは少年マンガ」と、土方さん。「障壁をぶち破って成長していく物語が主流なので、だいたい気分がアガります。歴代発行部数上位の少年マンガなら面白さもお墨付きです」。少年マンガ以外で土方さんがすすめるのは2001年から続く青年マンガ『アフロ田中シリーズ』だ。
「高校時代から、一児の父になるまで、田中くんの人生を綴ってきたギャグマンガです。くだらない男の性とモラトリアム。いくつになってもバカな男に共感し、『しょうもないな』と思って読んでいるうちに、面倒くさいことなんて考えなくなります」
シリーズ全体で現在50巻以上(2020年6月現在)。このロングラン自体が面白さの証でもある。もちろん、シリーズ最初の『高校アフロ田中』から読むのがベストだが、途中から読んでも十分面白いので、気になるタイトルから手に取ればいいだろう。
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『結婚アフロ田中』1~7巻 著者/のりつけ雅春 出版社/小学館 本体591円+税※電子版は価格が異なります。 『高校アフロ田中』からスタートし、タイトルの頭が主人公の状況によって「中退」「上京」「さすらい」「しあわせ」と変化。現在『結婚アフロ田中』を連載中。 ©のりつけ雅春/小学館
ささくれだった心を潤す『ヤンキー君と白杖ガール』
社会全体がお疲れ気味の昨今。「○○警察」と揶揄されるように、自分以外の価値観を受け入れる余裕がなくて人を傷つけたり、傷つけられたりした経験はきっと誰にでもあるはず。そんな荒んだ心に効くと土方さんがすすめるのが、ピュアなラブコメ『ヤンキー君と白杖ガール』だ。
「街の嫌われ者のヤンキーと、弱視の少女が点字ブロックの上で出会うことから始まるラブストーリー。『普通の人』とはどういう人なのかと考えさせられます……と言うと、重く暗いマンガのようですが、実際はまったく違って基本はコメディ。キャラクターが魅力的なので、構えることなく、ごく自然に人それぞれの幸せのあり方について見つめ直すことができます」
マイノリティの苦労がさらりと描かれる一方で、それが決して憐れむ対象ではないことも表現されていて、笑いながら気付くと涙がこぼれている。『ヤンキー君と白杖ガール』はそんなマンガだ。世の中に溢れる「決めつけ」や「思い込み」に気付き、多様な価値観を理解することは、きっと自分自身の生き方も楽にしてくれるだろう。
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『ヤンキー君と白杖ガール』1~3巻(4巻6/23より発売予定) 著者/うおやま 出版社/KADOKAWA 本体650~680円+税※電子版は価格が異なる場合があります。 街を牛耳る最恐ヤンキー・黒川森生と盲学校高等部に通う「弱視」の赤座ユキコ。出会ってしまった運命のふたりのラブコメディ。 ©Uoyama 2020
悩みは前進の原動力『ここは今から倫理です。』
多くの人の不安や悩みには、数学の問題のように正しい解法など無いし、そもそも解けるとも限らない。それでも、何かしらのヒントが欲しくて本を読んだりする。そんな悩める人には「『ここは今から倫理です。』を読んでみてほしい」と、土方さん。
「高校の倫理教師・高柳といろいろな問題を抱えている生徒たちの群像劇。高柳がヒーロー然として問題を解決する物語ではなく、時には彼も悩む。そこが本当にいい。倫理を通して知る先人の知恵や考え方は、読者にとっても一歩を踏み出すきっかけとなるはずです。僕自身、我々は先人の考える力を継いでいるからこそ、あらゆるものに対応していけるのだなという気持ちになりました」
倫理とは、要するに人として社会生活を営む上での行動規範。カタくて面白くなさそうな題材なのに、『ここは今から倫理です。』は一気に読み進められる。高柳という教師も一見クールながら生徒に真摯に向き合っていて、決して価値観の押し付けはしない。生徒にも読者にも自分で考え、選ぶ自由があり、それが生きる力へと繋がっていく。
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『ここは今から倫理です。』1~4巻 著者/雨瀬シオリ 出版社/集英社 本体600円+税※電子版は価格が異なります。 学ばなくともたぶん困ることはないだろう「倫理」。その倫理を教える高校教師・高柳が、独自のスタンスで生徒たちが抱える問題と向き合う新感覚の学園ストーリー ©雨瀬シオリ/集英社
何も起きないしあわせ『のんのんびより』
ただひたすら癒されたい人向きに土方さんがすすめるのは、かつて土方さん自身が手がけていた雑誌の人気作品『のんのんびより』。小学生から中学生まで一緒に机を並べる田舎の分校を中心とした物語は、スローすぎるくらいのスローライフで、少し羨ましい。
「どこにもなさそうで、どこにでもありそうな田舎に暮らす少女たちの日常物語です。恋愛するわけでも、大事件が起こるわけでもない、本当に単なる田舎の日々。教訓もメッセージ性も何もなくて、そこがいい。気が抜けてほっこりするし、たまにほろりとさせてくれる癒しマンガです」
キャラクターの可愛らしさとともに、緻密に描かれた背景も魅力だ。広々とした家屋、どこまでも空が見渡せる野山など、ビジュアルからも田舎暮らしを満喫できてリフレッシュできるに違いない。
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『のんのんびより』1~15巻 著者/あっと 出版社/KADOKAWA 本体524~600円+税※電子版は価格が異なる場合があります。 田舎にある学校「旭丘分校」には、小中合わせて生徒は5人のみ。家の鍵は閉めない、たぬきはよく出るというド田舎の学校に通う少女たちのまったりライフ。 ©Atto 2020
魂の絶叫『マイ・ブロークン・マリコ』
「忙しくて、巻数が多いマンガはなかなか読めない」という人も少なくないだろう。そういう人でも手に取りやすいのが、1巻完結の『マイ・ブロークン・マリコ』だ。土方さんが「魂が揺さぶられる」というこの物語は、定食屋で昼食をとっていた主人公・シイノが、親友マリコの死をテレビニュースで知るところから始まる。
「友人の死をきっかけに爆走していく主人公。マリコを死に追いやった一因でもある彼女の親から遺骨を奪い取り、自分と行きたがっていた海を目指すマンガです。我が身を顧みず、周りのことも考えず、ひたすら死んでしまったマリコのことだけを考え行動するシイノ。閉塞感を突き破る物語でもあり、親友の魂を救う物語とも読める。シイノの怒りに共感し、心を揺さぶられます」
親に、恋人に、自分自身に壊されていったマリコ。マリコを助けたくて、けれど、おいていかれたシイノ。スタイリッシュな絵柄で描かれる物語はヘビーだが、決して暗い気分になることはない。シイノとの怒涛の旅を経たその先に、読者それぞれに生きる覚悟が定まるような、そんな1冊だ。
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『マイ・ブロークン・マリコ』全1巻 著者/平庫ワカ 出版社/KADOKAWA 本体650円+税※電子版は価格が異なる場合があります。 柄の悪いOLのシイノは、親友マリコの死を知り、ある行動を決意した。女同士の魂の結びつきを描く鮮烈なロマンシスストーリー! ©Waka Hirako 2020