プレゼンテーションにおける最大の目的は、「相手が実際に行動に移すこと」にあります。頭のなかでは理解していることかもしれません。しかし、実際にプレゼンに挑むと……目的は果たせずじまい。どうしても「伝える」ことを優先してしまい、人を動かすまでに至らないケースがほとんどなはずです。

2020年5月に澤円さんとの共著『未来を創るプレゼン 最高の「表現力と「伝え方」』を上梓したばかりの伊藤羊一さんは、「主観(自分)→客観(相手・他者)→主観(自分)」のサイクルの重要性を説きます。

プレゼンでは「なにを実現したいか」を考える

聞き手になんらかの情報を「伝える」こと、それを「プレゼン」だと思っている人はたくさんいます。しかし、僕はプレゼンとは、相手を「動かす」ことだと考えています。

たしかに、聞き手を「動かす」ために伝えることにはちがいありませんが、あくまで「動かす」ことが最終的なゴールだからです。そのために必要なすべてのことをやるということです。

その意味でいうと、聞き手を「動かす」ためにもっとも大切なのは、そのプレゼンによって「なにを実現したいのか」ということではないでしょうか。プレゼンが終わったときに、聞き手がどんな状態になっていればゴールなのか──。そのことを突き詰めて考えることが必要です。

たとえば、ある商品を売りたいのであれば、実際にその商品を顧客が購入するのはもちろんのこと、それを使って満足のいく生活を手に入れている姿をイメージすることです。また、なにかの想いを伝えるのであれば、その想いに共鳴した聞き手の考え方や、人生そのものが変わっていくことがゴールになるでしょう。

そして、相手を「動かす」ためならば、言葉はもちろんのこと、表情や振る舞いなどすべてを総動員して臨む。もっといえば、事前の根回しだってするし、プレゼン会場のステージでカッコ悪く見えたっていい。そんなことすべてを含めて、僕はプレゼンだと捉えています。

相手を「動かす」ために考えるべきことは、ふたつあります。

1 相手は誰なのか
2 ゴールはなにか

このふたつを事前にはっきりと言語化し、常に相手が置かれている状況や、相手が目指すゴールをイメージしておくことがとても重要なのです。

このとき、たとえなにが正解かが明確にわからなくても、自分で考えたゴールのイメージ(仮説)を言語化しておきましょう。なぜなら、プレゼンで使うすべての言葉や振る舞いは、そのゴールのイメージ(仮説)に沿ったかたちで出てくるものだからです。これを言語化していなければ、メッセージがぼやけたり構成の軸がぶれたりして、たとえ希望に満ちた未来を語ったとしても、どこかふわふわしたものになってしまいます。

相手を動かすにはゴールをイメージしながら話す 

目指すゴールをイメージすることは、あたりまえのようでいて、意外と多くの人ができていません。でも、別にプレゼンに限らず、これはすべての仕事にあてはまることでもある。

たとえば、僕がウェブメディアのインタビューを受けるときは、必ず最終的にアップされるウェブサイトの画面をイメージしながら話しています。

すると、「この項目立てで話せばこのあたりで次のページにいくかな」「このへんで少し具体例を入れておくと、面白いエピソードで雰囲気が変わるかな」「最後は明るめの写真と一緒に、未来に向けての話がいいかな」というように、話す内容のすべてをそのイメージ(仮説)に沿って組み立てることができます。

そして、最終的にアップされたサイトを見た読者が、どのような気づきを得られるのか。それは「動こう」と思えるものなのか。そんなことをイメージしています。

これはつまり、仕事のゴールをイメージしたうえで、全体を設計するということです。そして、そのゴールを自分が伝えているあいだは、常にリアルタイムで「妄想」し続けて、考えると同時に話していく。すると、いいアウトプットができるようになります。

なぜなら、あらかじめ決めた自分の意見というものは、まだ「素材」に過ぎないから。これをそのまま伝えても、相手は「いきなり主張が飛んできたな」と戸惑うだけで、動かされるわけもありません。どれだけ情熱的に語ったとしても、それは話し手のひとつの意見・見方・考え方に過ぎないのです。

しかし、たとえ仮説であってもゴールをイメージしながら話すことで、人は素材を、相手に合うように料理しながら伝えることができます。また、相手の反応をしっかり見ながら話すことで、話す順番やエピソードも臨機応変に変えていくことができるのです。だからこそ、最終的に相手は納得感を持って、自ら動いてくれるようになる。

常に妄想し続けるというのは、しっかりとていねいに話しながらも、その状況を第三者の目線から、客観的に俯瞰するということなのです。

相手・他者になりきって「妄想」する

自分の主観的な意見とともに、客観的な視点を持ちながら話すということについて説明します。いざプレゼンになると、この「主観 対 客観」の割合が、多くの人は「10対0」で客観の視点がまったくなく話しています。

もちろん、主観が強くなければ言葉に力が入らなくなるので、主観を大事にすること自体はいいのですが、僕の場合は「7対3」くらいのイメージで、客観的な視点も明確に意識しています。

そして、ここが少しややこしいところですが、これは単に、「話に主観と客観を取り入れてバランスを取る」ことではありません。そうではなく、自分の主観を思い切り強くしたうえで、次に、方向性がちがう客観性も強くして、両方を強いままで成り立たせることを僕はいつも意識しています。

これが成り立ったときこそ、とてもいいアウトプットができるからです。

だからこそ、強い主観と同じくらいの客観のパワーをぶつけるために、こんなことが大切になります。

相手・他者になりきって妄想する。

これはプレゼンに限らず、ビジネスやマーケティング全般にあてはまることだと考えています。供給側の論理で話をするのではなく、お客さんが「いまなにを感じているのか」「なにを知っているのか」「どんな気持ちなのか」。そんなことを、常に感覚として持てるかどうかが重要なのです。

そして、それはもう徹底的に「妄想」することでしかわかりません。

かつて僕は仕事でマーケティングに携わっていたので、データの重要性はわかっているつもりです。気づいてなかったものごとの連関性を、データから見出すようなことはたしかにあります。

それでも、最初に、お客さんに「いまこれを届けたい!」という直感や意志がなければなにもはじまらないし、その意志がお客さんに受け止められるかどうかも感覚によって妄想(想像)するしかありません。

だから、僕はうまくいく仕事は、おおよそすべてこのような経路を辿ると見ています。

主観→客観→主観

どんな仕事も、まずは主観的に考える。強い「想い」で考える。でも、それだけでは説得力がないので、客観的なデータやロジックで検証する。そして、最後は人を「動かす」ために、また主観で押していく。

この主観には「直感」の要素も含まれますが、いずれにせよ、人というのは感情を揺さぶられるからこそ、自らの意志で動こうと思うわけです。

この組み立てのわかりやすい例が、「テレビショッピング」です。「みなさん! 腰の痛みってなんとかならないもんですかね」「そこで今日ご紹介するのは、これ!」と、人の行動に影響力を与える要素から入りながら、途中でデータを入れて「納得感」を織り交ぜる。

そして最後は「お電話はいますぐ! あと30分で終了ですよ!」と感情に訴えかける。 僕は常々、テレビショッピングには人を「動かす」要素が詰まっていると感じています。

構成/岩川悟(slipstream) 写真/石塚雅人