昨年12月に亡くなった俳優・梅宮辰夫さんの妻・クラウディア、娘・アンナ、孫・百々果さんが、16日に放送されるフジテレビ系トーク番組『ボクらの時代』(毎週日曜7:00~)に出演する。

  • 梅宮アンナ=フジテレビ提供

先日、辰夫さんが四十九日を終えたこと、そして娘のアンナが「落ち着いて話せるようになった、階段を一段上がれたかなと思う」タイミングということで、3人で亡き父についてテレビで初めて語ることになった。18歳の百々果さんは、バラエティ番組の出演経験はあるものの、このようなトーク番組に登場するのは初めてとなる。

なお、同番組では、辰夫さん、クラウディア、アンナの3人が、09年6月28日の放送回に出演している。

今回は、3人しか知らない辰夫さんとの思い出話、そして4年間もの間続いた闘病生活、そして最期の日に何があったのかといった話題を展開し、今もなお「涙が止まらない」「パパはスーパーマンだった」と、涙ながらに語る。

収録の場所に選ばれたのは、東京・銀座の鉄板料理「銀座うかい亭」。辰夫さんが愛した名店のひとつだ。アンナは「(銀座うかい亭には)去年9月か10月に一緒に来て、ここでお肉食べたんだよね。お客の中でも一番レアで食べていたと思う。レアよりも生の“ブルー”で」と話し、和やかにトークがスタートする。

  • (左から)梅宮アンナ、百々果さん、クラウディア=同

トークの内容は、以下のとおり。

“サザエさん一家のように”百々果さん育てた梅宮家エピソード

▽百々果さんが生まれて、梅宮家は一変。アンナ「離婚して良かった。百々果がいなかったら、こんなに家族と一緒にいなかった。パパにとって百々果は“命”だった。私は核家族が多い中、“サザエさん一家”に憧れていた」と語る。

▽百々果さん「じっじ(辰夫さん)は何でも買ってくれた。タコと遊びたいって言ったら、タコが家に(笑)」、アンナ「百々果が金魚すくいがしたいって言ったら、大きなプールを買ってきて、100匹くらい放していたよね(笑)。なんでもかんでも買わないでって言ったら、(辰夫さんが)『お前ひがんでいるんだろう』って」

▽辰夫さんが、百々果さんの送り迎えも「俺が行く」と率先して育児に参加した。

▽百々果さんが幼稚園くらいの時、プールでおぼれかけた時、辰夫さんが一番に飛び込んだエピソードも。クラウディア「一番愛情が深かったわね」、百々果さん「海水浴に行っても、4~5時間でもずっと私を見張っているの。『おーい、ももー、こっちにおいでー』って」

▽都内のインターナショナルスクールに通う百々果さんは、高校生活を「超楽しかった」と振り返った。日本の厳しい学校に通ったアンナは、俳優の娘として“色眼鏡”で見られていたと感じ、百々果さんの学校選びには慎重になったという。百々果さんは今、アメリカの大学を目指しており、キャンパスライフを今から楽しみにしているという。アンナが「芸能界に興味は?」と聞くと「ない」ときっぱり。その理由が初めて明かされる。

また、アンナ、百々果さん共に「芸能人一家に生まれてうれしかった」という超大物有名人に会えたエピソードをそれぞれ明かし、懐かしむ場面も。百々果さんが、父親がいなかった生活を振り返りつつも「じっじがいたから、100%お父さんがいなかった、というわけではない」と力強く語る。

梅宮辰夫さんの素顔

▽アンナ「家で男がパパだけ。犬も全部女の子。でも男ひとりでも大丈夫なのよね。いつもロマンチストだった」と語るほど、辰夫さんはあらゆるものへのこだわりが強かった。カレーやしゃぶしゃぶ用の肉の盛り付けひとつでも、「丁寧に!」とよく怒られていた3人。雑誌を切り抜き作ったオリジナルのレシピ本は、18冊にも。

▽アンナ「梅宮辰夫という人は、こだわりぬいていて、好きなことをやっていて、人から愛されていたんだな。本当に几帳面、まじめ、約束は破らない。待ち合わせはいつも15分前だった。亡くなって、皆がいい人だったよね、と言ってくれる。ありがたいです」

▽クラウディア「私は、何もしなくて良かった。ごはんひとつかき回すのさえ嫌だったのね、うるさかったよね(笑)」、アンナ「マミーが大好きだから結婚したんだよね、“お帰りなさいませ”っていう奥さんは絶対嫌だ。待たれるのも嫌って言っていた。ママたちを見ていて結婚はいいな、とも思った」

そして、話はアンナの恋愛へ。百々果さんが母の恋愛について感じていることを厳しくコメントする場面も。百々果さんがアンナに「いい恋愛はあった?」と聞くと、アンナは、意外な答えをする。

闘病生活から旅立ちの日まで

▽アンナ「4年間、闘病生活があって、十二指腸を取ってから体重が増えなくなって。去年3月に透析が始まって…どんどん身動きが取れなくなってね。心も破壊されていったのかな、って思う」、クラウディアも「悔しかったんでしょうね」。

▽(透析が始まると)アンナは「もっと優しかったはずなのに」と、辰夫さんが今まで見たことのないような一面を見せたといい、「もし時間が戻るなら…」と、家族として辰夫さんにどんな治療をさせたかったか、語り始める。

▽亡くなった当日、クラウディアがアンナに電話をかけたが、出られなかった。百々果さんが朝5時にアンナの部屋に入ってきて、「じっじが死んじゃったよ」と聞かされた。アンナ「無我夢中で、なぜか犬(4匹)を抱っこして、車に放り込む感じで乗せて…(辰夫さんの自宅のある真鶴に向かった)。あの日連れていく必要はなかったのに。でも、ワンちゃんたちも会えて良かったのかな、って。最後の最後は、病室のベッドで亡くならずに、大好きな真鶴で心臓が止まったから、よかった」

そして、最後にじっじにもう一度やってあげられるとしたら何だろう?と3人で考える。それは、辰夫さんが去年から希望していたが、叶わなかったある夢だった。

スーパーマン“じっじ”がいなくなった生活は今

▽2年前に、都内の自宅を手放し、神奈川・真鶴に引っ越した辰夫さんとクラウディア。アンナ「マミーはひとりがダメなんだよね。じっじもマミーも人が家にいるのが好きだったから」。クラウディアが「人がいないと嫌。さみしいもの」と答えると、アンナがクラウディアに「ひとりで何でもできるようにならなければだめ」と励ます場面も。

▽アンナは運転しながら、そしてメーク中もよく泣くという。クラウディアは、毎日泣いてしまうといい、友人から「大丈夫?」の電話にさえ泣けてくるという。百々果さんは冷蔵庫を開けた瞬間、泣いてしまった。それぞれの辰夫さんへ感じるさみしさが明かされていく。

▽アンナ「家族で良かった、パパが良かった、本当に良かった。スーパーマンみたいだった」と、納骨を前に、改めて自分たちが抱く悲しみについてある思いを共有する。妻、娘、そして孫3人が「泣かないつもりだったのだけど…」としながらも涙する。

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