フジテレビ系バラエティ番組『全力!脱力タイムズ』(毎週金曜23:00~)が、ゲストコメンテーターに松坂桃李と麒麟・川島明を迎えて4日に放送された。
今回のテーマは、「変わりゆくテレビの規制」。そのテーマの専門家として、テレビ解説者として活動している筆者も「全力解説員」として参加させてもらうことになった。
同番組は昨年7月に連載コラムの中で書かせてもらったが、ここでは出演者側からの視点も入れながら、あらためてその本質を掘り下げていきたい。
■ニュース番組の緊張感が漂うスタジオ
収録当日、スタジオ入りすると、本当にお堅いニュース番組を思わせるセットがあり、空気が張り詰めたような静寂に包まれていた。さらに言えば、メインキャスターのアリタ哲平、キャスターの小澤陽子アナ、全力解説員の吉川美代子氏(ジャーナリスト)と出口保行氏(犯罪心理学者)らは、あいさつを交わすだけで談笑する姿はない。つまり、バラエティではなくニュース番組のムードに近かったのだが、こんな緊張感があるからこそのちの笑いが増幅されるのだろう。
収録スタート後も、お堅いニュース番組さながらにアリタが話しはじめる。しかし、オープニングトークの内容は、「『なつぞら』(NHK)に出演していた川島を“朝ドラ俳優”として持ち上げまくり、一方で一流の松坂を無名俳優扱いする」というゲストイジリだった。そして、この何気ない“フリ”が、この日のテーマ「テレビの規制」での4連続“オチ”につながっていく。
クレームを恐れてバラエティの罰ゲームが足つぼマッサージや青汁などの健康にいいものばかりになっている…という流れから、「強烈な足つぼマッサージを『朝ドラ俳優の川島さんにはやらせられない』と松坂がやることになり悶絶する」
バラエティでよくある“箱の中身はなんだろな?”を無理矢理やらせるのはパワハラではないか…という流れから、「でも『朝ドラ俳優の川島さんにはやらせられない』と松坂がやるが、芸人として納得のいかない川島もやらせてもらえることになったものの、まさかの『お~いお茶』、さらには硫酸だった」
ドラマのキスシーンは青少年に悪影響を与えるのではないか…という流れから、「キスシーンの再現を松坂がやろうとするが、やっぱり朝ドラ俳優の川島がやることになり、キス未経験の女性とオネエの2択を迫られ、オネエを選ばざる得ない状況になる」
暴力シーンも悪影響を与えるのではないか…という流れから、「ケンカシーンの再現を朝ドラ俳優の川島がやるが、ボコボコにされて松坂と交代し、華麗にやり切って堂々と番宣する」
文字にするとベタで面白みはないかもしれないが、映像で見る笑いの瞬発力は十分。パワハラ、性描写、セクハラ、暴力などの各局がクレームを恐れてデリケートに扱っているものをモチーフにしているのだから当然とも言える。また、クールな顔で芸人ばりに体を張る松坂と、芸人らしく体を張らせてもらえず困惑する川島の姿は、それだけでも笑えるものだった。
■なぜ芸人たちが「出たい」番組なのか
笑わされたのと同様に収録現場で圧倒されたのは、芸人・川島明のリアクション。バリエーション、ボキャブラリー、アクション、ボリューム、テンポのどれをとってもすさまじく、芸人としてのスキルを感じさせられた。驚くべきことは、台本に「(※リアクション)」としか書かれていなかったこと。この日の川島に限らず週替わりで出演するゲスト芸人たちは、まさに腕の見せどころであり、アドリブのセンスが問われる場となっている。
演出家や作家が一定の質を保っているだけに、その回の出来はゲスト芸人の力量によるところが大きく、実際に制作総指揮の名城ラリータ氏が最も笑っていたのは、ゲスト芸人たちのリアクションだった。芸人たちの「ぜひ出させてほしい!」、あるいは「出たいけど怖さもある」という声は偽りのない本音なのだろう。
それゆえにスタジオの図式は、“ゲスト芸人vsすべての出演者”となり、筆者もその中の1人になろうと心がけた。筆者は「テレビの規制における現状を淡々と話す」という役回りに過ぎなかったのだが、出演歴の長い吉川氏と出口氏は、すんなり“川島アゲ、松坂サゲ”の流れに加担。普段、お堅い番組でマジメなコメントをしている分ギャップは大きく、ボケを発するときのぎこちなさが脱力感を誘い、ナンセンスなムードを際立たせている。
出演者たちをまとめ、脱力した世界観を作るアリタの進行も、目を見張るものがあった。幸運にも隣に座り、目の前で見られたのだが、まさに泰然自若。数々のおふざけを「懸命に仕掛ける」というより「淡々とつむいでいく」というイメージなのだが、だからこそ時折口もとから思わずこぼれる笑い声に、この番組への愛着を感じてしまった。
■「撮り直しなし」1時間30分の長尺コント
収録がすべて終わったとき、「ハッ」と気づかされたのは、NGや撮り直しが一切なかったこと。もちろん後日編集されて約40分の映像にまとめられるのだが、収録はコメントの撮り直しなどが一切なく、約1時間30分間の一本勝負だったのだ(話すプロではない筆者のつたないコメントが何度かあったにもかかわらず)。
この番組が「芸人に限らず多くの芸能人にもファンが多い」「バラエティの中でも業界視聴率はトップクラス」と言われるのは、このような“一本勝負の長尺コント”だからなのかもしれない。収録に参加して感じたのは、放送される約40分間だけではなく、収録中の約1時間30分すべてが面白かったこと。もし、ほぼノー編集の完全版をネット配信やDVD販売したら、けっこう売れるのではないか。
ニュース番組をモチーフにしているだけに、ネタが尽きることはなく、他のバラエティとかぶることもないだろう。事実、今回のように「テレビの自主規制」を自らがイジるバラエティがないように、そのオリジナリティは群を抜いている。
最後に番組の魅力を伝えるべく、もう少し舞台裏にふれておきたい。プロデューサーとディレクター同席の打ち合わせは一度きりで、台本を元に行われたが、「こうしてほしい」という押しつけのようなものはまったくなかった。さらに、スタッフ全員が全力解説員たちを「先生」と呼ぶほか、随所で気配りをしていた。
この日は出演しなかった齋藤孝氏(明治大文学部教授)、岸博幸氏(元経産省官僚・経済学者)らも含め、ふだんお堅い番組でマジメなコメントをすることの多い文化人たちも、大がかりなコントを楽しめるような環境を整えているのだろう。
昨年7月のコラムでは最後に、「特にバラエティの不振が叫ばれるフジテレビにとっては、谷間に咲いた一輪の希望。しかし、『このようなコント番組は23時台にしか放送できない』という厳しい現実は変わっていない。2つの意味で『頑張ってほしい』と応援せずにはいられない番組だ」と書いたが、出演してなお、その思いは変わらなかった。再び出演の声がかかるかは分からないが、番組を見続けることは間違いない。
自分が収録に参加したからではなく、単純に長尺コントとして面白かったので、見逃した人は、ぜひTVerでチェックを。
(C)フジテレビ
コラムニスト、テレビ・ドラマ解説者。毎月20~25本のコラムを寄稿するほか、解説者の立場で『週刊フジテレビ批評』などにメディア出演。取材歴2,000人超のタレント専門インタビュアーでもある。1日の視聴は20時間(2番組同時を含む)を超え、全国放送の連ドラは全作を視聴。著書に『トップ・インタビュアーの聴き技84』『話しかけなくていい!会話術』など。