2018年7月の西日本豪雨で甚大な被害を受けた愛媛県南予の小さな町、宇和島市吉田町。被災を乗り越え復活した、この町の老舗醤油店が製造する「パクチー醤油」「ブラッドオレンジポン酢」などのユニークな新商品が今、話題を集めています。
地元吉田町では「旭醤油」の名で親しまれている「旭合名会社」は、1882年(明治15年)創業の老舗醤油醸造所。創業当初は酒醸造場、大正時代に醤油醸造場になった伝統ある店で、現在は4代目の中川賢治さんとその妻・美保さんの同級生夫妻と美保さんのお父さん、お母さんの家族4人で経営されています。
醤油がディスプレイされているのは、モザイクタイル貼りの古い流し台。昭和30年代まではこの流し台の中に醤油が貯められ、量り売りされていました。
貴重な当時の設備が残る旭醤油の醸造場は、国登録有形文化財に指定されており、少し甘口で旨味のある伝統の醤油とともに、大正時代からの歴史を今日に伝えています。
「パクチー醤油」などのユニーク商品が大好評
食文化の欧米化や減塩志向を受け、昔ながらの醤油の販売量が年々落ち込む中、現代の食事に合った新しい商品の開発に取り組んできた旭合名会社。
2015年の「ふりかけグランプリ」で銅賞に入賞した「ふりかけポン酢」をはじめとし、釣り人に人気の高い「沖漬けだれ」商品シリーズや柑橘類を入れたオリジナルのポン酢シリーズなど、ヒット商品を生み出してきました。
中でも近頃評判なのが、2017年に製品化した「パクチー醤油」。名水百選にも選ばれている愛媛県西条市で栽培されたパクチーが入った、エスニック風味の新しい味の醤油です。餃子に冷や奴、お刺身などのつけダレやパスタやそうめんなどの調味料として、和洋中問わずどんなものでもおいしくマッチする万能性が幅広い年齢層から受けています。
そしてこのルビーを液体に溶かしたような美しい赤色のポン酢は、茶~黒色の醤油製品が並ぶ中、何か色合いが欲しいと試行錯誤を重ねてできた「ブラッドオレンジポンズ」。
ブラッドオレンジはイタリア原産の日本では希少なオレンジですが、吉田町がある宇和島市周辺では特産品として生産されています。血(ブラッド)のように真っ赤な果肉とコクのある甘さが特徴のこのオレンジと魚介エキスを使い、爽やかな甘さを持つポン酢に仕上げています。
ブラッドオレンジを使っているというだけでも珍しいポン酢なのですが、さらに特筆すべきは使用されているブラッドオレンジの品質です。「ブラッドオレンジポンズ」は、賢治さんのお父さんの農園で栽培された見た目も味も一級品、糖度12~13度の木成り完熟ブラッドオレンジが贅沢に使われています。その爽やかで甘い口当たりはポン酢というより新しいジャンルで、冷や奴や焼き魚、サラダなどがよりおいしくなると評判で、こちらも全国各地からオーダーが殺到中の人気商品です。
新工場の完成直後、西日本豪雨で被災
新商品の評判はよかったものの、設備の老朽化という問題を抱えていたため、中川さん夫妻は思い切ってローンを組んで工場を新設することを決意。
新しい生産ラインや冷蔵設備などを備えた工場が2018年4月に完成し、これから徐々に生産量を増やして経営を軌道に乗せていこうとしていた矢先、新工場完成からわずか3カ月後の7月7日、西日本豪雨災害が起こりました。
近くを流れる川が氾濫し泥水が腰の高さまで押し寄せ、新設したばかりの設備もろとも新工場は水没。原料や在庫などあらゆるものが水をかぶり、壊滅的な被害を受けてしまいました。
工場だけでなく自宅も冠水、さらに工場から車で10分ほどのところにある実家のみかん山の一部も崩壊という、どこからどう手をつけていったらよいのか、あまりの惨状ぶりに茫然自失の状態に陥ってしまったそう。
そんな窮状の中川さんを救ったのが「残っている商品を買いたい」「商品は再建できたときでいいから、先払いで商品の予約だけしておきたい」という名目で届けられる全国からの支援の声でした。
「『こんなに僕たちのことを心配してくれる人たちがいるんだ。僕たちがつくる商品を待っていてくれる人がいるんだ! 頑張らなきゃダメだ!』とやっと気持ちが前を向きましたね」(中川さん)
その後、クラウドファンディングで支援金を募るなど再建に向けて奔走し、被災から約10カ月かかって、やっと被災前の状態近くに醸造所設備を復活させることができました。
伝統を絶やさず、真心をこめて商品をつくる
「たくさんの人に支えてもらってここまで再建できた。人の温かさにこれからの希望をもらえた。だからこそ、今まで培ってきた伝統の醤油醸造を僕の代で絶やしちゃいけないんです。一生懸命仕事に打ち込み、真心をこめて最高の商品をつくって、感謝の気持ちをみなさんの元にお返ししていきたい」
そう話す中川さんが今、力を入れているのがこちらのオレンジジュース。
「ブラッドオレンジポンズ」の評判がよく、「そのまま飲んでみたい」とのリクエストを受けて商品化した「ブラッドオレンジジュース」。ブラッドオレンジとひとくくりにブレンドせずに、タロッコ種とモロ種という2つの品種別に分けており、品種が違えば色もこんなに違うということがよくわかる100%ストレートジュースです。
こちらも中川さんの実家のみかん山でこの春に採れた一級品のブラッドオレンジを使っています。さらに「雑味のない、果実そのままのおいしさを味わってもらいたい」という中川さんの想いから、外皮にストローのような吸引具を刺して果汁のみを吸い取るという特殊な搾汁方法でつくられています。そのためカゴいっぱいのオレンジを絞ってやっと1本分のジュースができるという、高品質かつ希少価値の高い商品です。
中川さんの実家のみかん山は、復活に向けて上の段から徐々に苗木を植え始めたそうですが、苗木が育って成木になるまでにはだいたい10年以上かかるとのこと。
「工場の再建はできたけど、今はまだまだマイナスの状態。だから当面の目標はそれをなんとかプラスの状態まで戻すこと。この山みたいに、被災前の状態に戻すには時間がかかるだろうけど、少しずつでも前に進んでいかないと。たくさんの方々に助けてもらったからこそ、今の僕らがある。その方々の気持ちに応えるためにも、今はとにかく誠心誠意仕事に取り組んで、お客さんに満足してもらえる商品をつくっていく。それしかないですね」