ジャガー初の電気自動車(EV)である「I-PACE」(アイペイス)にようやく試乗することができた。ジャガー・ランドローバー・ジャパンはI-PACEを2018年9月に発表し、すでに受注を開始している。詳細な台数は明かしていないが、発売を記念して設定した「FIRST EDITION」のみならず、通常の販売車種を含め、年内に日本国内で販売する予定だった台数は完売しているということだ。顧客は他社からの流入や、同じグループに属するレンジローバーからの乗り換えなどが多いという。
米国のテスラが切り拓いたプレミアムEVの世界が次第に広がる中、それに合わせたように、英国のジャガーが新商品を投入してきた。同社のSUVラインアップでは最も高価なクルマとなるI-PACEだが、出足は順調なようだ。
EV化でクルマはどう変わる? ジャガーの回答とは
I-PACEはジャガーがEV専用に開発したクルマで、その特徴は外観にも表れている。
昨今、クルマをよりスポーティに見せ、速さを視覚的に訴えかけるため、フロントウィンドウを後ろ寄りとし、フロントフードを長く見せる造形が流行している。特にプレミアムカーに顕著な傾向だ。これに対しI-PACEは、「キャビンフォワード」と呼ばれるスタイリングを採用。つまり、フロントウィンドウを前方へ伸ばした姿としているのだ。この造形には、ボンネットフードの下にエンジンがないことを示す意味がある。
ボンネットフードを開けてみると、そこにあるのはエンジンではなく、小物入れだった。クルマを走らせるためのモーターは、前輪と後輪それぞれに付いていて、車軸のところに配置されている。それによって、キャビンフォワードの造形を成りたせるとともに、前後タイヤ間の距離(ホイールベース)を長くとり、室内後席に高級セダン並みの広々としたゆとりをもたせた。
それだけでなく、前後の床もほぼ平らになっていて、余計な出っ張りがない。エンジンで走るクルマであれば後席下に燃料タンクを設置する必要があるが、I-PACEはそのスペースを小物入れとして活用する。リチウムイオンバッテリーは、床下に収納されている。
EV専用に開発すると、いかにクルマの外観が変わり、また室内や荷室などの有効利用が進むかを、I-PACEは明らかにしているのである。
運転席に座ると、そこにも新鮮さがあった。目線の位置が、SUVのように高くもなく、かといってセダンのように低いわけでもなくて、その中間的な独特の高さにある。これによって、前方の見通しは確保できるし、高すぎないことで安定感を感じ、安心して運転できる。
ミニバンが象徴的だが、高い視線は遠くを見通せる一方で、カーブなどではクルマがふらつかないかとの懸念を覚えさせる。セダンは目線が低いため、安定感はあっても、遠くを見通しにくい場合がある。I-PACEの運転席に座った時の目線は、それらの“いいとこ取り”といった感じだ。
もう1つ目線に関していうと、外観のキャビンフォワードな造形により、フロントウィンドウが前寄りとなったことで、視界の左端に、窓の左の支柱(Aピラー)を常に捉えることができた。これにより、クルマの車幅感覚はつかみやすくなる。例えば、ガードレールでこすってしまわないかといったように、クルマの左端の状況を心配せずに運転できたのだ。
I-PACEの車幅は1.9m近くある。これだけ幅があると、通常は車線から左側がはみ出していないか気に掛けながら運転することになる。だが、I-PACEを試乗している間は、ほとんど左側の心配をすることなく、運転に集中することができた。
逆に、近年のプレミアムカーは、フロントウィンドウを運転席に近づけ、フロントフードを長く見せる造形を採用することで、クルマの左端を認識しにくくしている。そういうクルマでは、車線の左側へ車体がはみ出していないか、心配しながら運転することになる。これは大きな違いだ。
運転席に座った話が長くなったが、いよいよ走り出すと、そこはEVの常だが、モーターの発進は実に力強くかつ滑らかで、快適だった。わずかにアクセルペダルを踏み込むだけで穏やかに走り出し、そこから速度を上げていく間も変速ショックがないから心地よい。そして、すぐに交通の流れに乗ることができる。もちろん、室内はきわめて静かだ。
高性能なモーターを搭載しているI-PACEは、停止状態から時速100キロまで、わずか4.8秒で加速することができる。美しく、かつ速いクルマを提供し続けるジャガーにとっては、そこが自慢であるけれど、この性能は日常の運転シーンでも役に立つ。例えば、都市高速の短い加速車線でも、少しアクセルペダルを踏み増すだけで高速の流れに乗れてしまう。必死に車間を見計らい、猛然と加速させなくても、静かに滑らかに、狙い通りの間合いで本線に合流できるのだ。
減速時のエネルギーを電力として回収する回生ブレーキは、効きの強さを2段階で選べる。効きの強い方のモードを選べば、例えば市街地を走っている時、アクセルのみのワンペダルで発進、加速、減速、停止の全てを行うことができる。ことに渋滞など、発進・停止を繰り返すような場面では、アクセルからブレーキへのペダルの踏み替えを減らすことができるので、移動は楽になる。ペダル踏み間違い事故の懸念も減らすことができそうだ。
日産自動車の「e-Pedal」など、EVならではのワンペダル運転はこれまでにも紹介されているが、中には「走りがギクシャクしてよくない」といった評もある。しかしそれは、ペダル操作が急すぎることが原因であることが多い。おだやかに踏み込み、戻す際もゆっくりとペダルを操作する感覚を身につければ、ワンペダルほど楽で安全な操作はない。このアクセル操作を体得すれば、エンジン車でも燃費を向上させることができるはずだ。
I-PACEは、同乗者にも快適なEVである。車内の空間的な広さは紹介済みだが、静かで振動の少ない走りは、後席の乗り心地に効いている。後ろの座席はたっぷりとした大きさがあり、前席とのゆとりも十分だ。座面と床との高さもきちんととられているので、足を下ろして座れることが走行中の体の安定感をもたらす。ひとつ気になったのは、後席の背もたれの形がやや平板に感じられ、背中が背もたれから浮いているような気がしたことだ。
荷室はSUVとして十分な広さがあるといえるだろう。先にも紹介したが、フロントボンネットフード下にも小物入れがあるので、日常の小物と、遠出の荷物との置き分けもできるのではないだろうか。
ジャガーはI-PACEの開発中、200台もの試作車を作り、地球60周分に相当する150万キロを走り込んだという。その間には、摂氏40度から氷点下40度までの気象の変化も経験してきたとのことだ。徹底した走り込みを実施し、ジャガーが満を持して世に出したI-PACEの完成度は、非常に高いと感じた。さらに加えるなら、ジャガーの伝統であるしなやかな走りが加わると、ドイツ勢とは違ったジャガーの味をもっと実感できるかもしれない。
ジャガーはかつて、直列6気筒エンジンやV型12気筒エンジンを搭載するクルマを作り、滑らかで高性能な走りはもちろんのこと、静粛性にもこだわってきた自動車メーカーだ。彼らが目指してきたものは、モーター駆動のEVであれば簡単に手に入る。ジャガーの魅力を存分に発揮できるクルマはEVであることを、I-PACEは実証したといえるだろう。
EVのSUVとしては、先にテスラが「モデルX」を販売している。その外観や機能、持ち味には、I-PACEとは別の趣がある。テスラは「モデルS」にしても、今後の「モデル3」にしても、EV専用であるのはもちろんのこと、新時代を切り拓く価値を見た目にも持たせることに注力している。
一方のI-PACEには、1922年創業で100年近い歴史を積み上げてきた自動車メーカーが、伝統的な価値を継承させつつ、EVのよさを作りこんだクルマとしての味がある。テスラの人気が上がっているのと同じく、I-PACEが年内に販売予定の台数を売り切ったのも、彼らが持ち味をいかしたクルマづくりをしているからだ。どちらも魅力あるEV専用SUVである。
(御堀直嗣)