2019年2月にJR北海道がJR東日本、東急電鉄、JR貨物と共同で開いた記者会見では、JR東日本が保有するトロッコ列車「びゅうコースター風っこ」と東急が保有し横浜~伊豆急下田間で運転している「THE ROYAL EXPRESS」が、この夏から2020年夏にかけて、北海道を走るというプロジェクトが発表された。

JR北海道へ貸し出されることになった「びゅうコースター風っこ」。写真は水郡線を走ったときのもの(撮影:レイルマンフォトオフィス)

これについては、さまざまな報道がすでになされているので詳細は譲るが、要は、JRのトロッコ列車を道内で運行する試みと、北海道の観光資源に着目した東急が自社所有の列車を走らせて、新しい展開を図ろうという試みである。同じようなプロジェクトではあるが、その性質は異なる。JR貨物は、これらの車両を貨物列車として、北海道までの往復の輸送を担うことで参加する。

JR北海道、JR東日本、東急電鉄、JR北海道の各社の社長が一同に会して、北海道の観光列車についての記者発表が行われた

「びゅうコースター風っこ」は、国鉄が新製し、道内でも運用されているキハ40系ディーゼルカーからの改造車であるため、基本的な構造はJR北海道も熟知している。運行はJR北海道が担い、収益を上げる代わりに車両の借用料をJR東日本に支払う。集客についてもJR北海道が責任を負うこととなる。

JR北海道のキハ40形ディーゼルカー。近い将来の引退が予定されている

「THE ROYAL EXPRESS」は東急が営業の責任を負い、旅行商品を販売する。JR北海道は線路を使用させ、運行に協力するという形である。この場合、線路使用料がJR北海道の収益となる。

「最後のひと花」と「実績づくり」を狙うか

「びゅうコースター風っこ」の改造が完成しデビューしたのは2000年。もう20年近いキャリアを持つベテランである。改造前から数えると、鉄道車両としての寿命ともいえる40年ほどの車齢を重ねている。トロッコ列車として運行された区間は、JR東日本の路線で観光色が強いところなら、ほぼすべてといってよいほど。走れるところは、行き尽くしている。

キハ40系は老朽化が著しいため、JR北海道でもJR東日本でも、あと数年のうちに新型車両へ置き換えられるだろう。そのため、引退が予想されている車両だ。「風っこ」も例外ではない。そうした古参を、あえてかき入れ時である夏季(2019年7~9月の予定)にJR北海道に貸し出す。JR東日本としては、トロッコ列車を北海道で走らせることにより、利用客に新鮮な感覚を味わってもらいたいからだと想像できる。引退間近である車両の最後の活躍の場として、北海道の地を選んだ。JR北海道にとっては扱い慣れた車両を借り入れて実績を積み重ね、今後のほかの車両の借り入れの道筋をつけようという、思惑がありそうだ。

単にトロッコ列車を走らせるだけなら、JR北海道も「ノロッコ号」を保有している。釧路湿原を車窓に眺める釧網本線などを走るが、こちらも国鉄が製造した車両の改造で、「びゅうコースター風っこ」と同時期のデビュー。やはり老朽化が進んでおり、運行を継続するなら、近い将来、新しい車両を投入する必要に迫られている。

窓ガラスがなく、風を感じられるトロッコ列車は、自然に恵まれた北海道では人気があり、観光列車として一定の収益が期待できる。現在、JR北海道は、キハ40系の置き換え用として、JR東日本の新型ディーゼルカーと共通設計にした普通列車用ディーゼルカー(H100形)の投入計画を進めている。その延長線上として、両社共通の観光型ディーゼルカーの新製投入ということも、今回の「風っこ」貸し出しを基礎として、期待できそうだ。例えば「ノロッコ号」は2016年2月まで、「流氷ノロッコ号」として厳冬期に運転されていた。夏季はJR東日本の路線で。冬季は北海道らしい寒さが体験できるJR北海道の路線で運転するという、運用方法も考えられよう。

JR北海道が所有するトロッコ列車「ノロッコ号」。こちらも改造から約20年が経過している

「豪華列車」はどこまで必要か

一方の「THE ROYAL EXPRESS」は、2017年7月に運行を開始したばかりだ。こちらも伊豆急行(東急グループの鉄道会社)2100系電車を改造したものである。水戸岡鋭治氏デザインによる「列車によるクルーズ旅」をコンセプトにしたツアー専用列車であるが、早くも新境地を求めたことになる。

「THE ROYAL EXPRESS」(伊豆急行プレスリリースより)

北海道内で同列車は、ディーゼル機関車が牽引。電源車を連結し冷房や照明などに必要な電力を供給するという。前例がないわけではないが、特殊な運転方法であることは間違いない。「そこまでして、北海道で運転するのか」という見方もできよう。運転期間は2020年5~8月の間で1カ月間。観光シーズンといえる時期で、その間、伊豆を留守にするわけだから、大きなチャレンジである。

好意的に見るなら、東急が同種の列車をJRと協力して全国的に走らせる、その先例にするということであろう。「THE ROYAL EXPRESS」が自力で走行できるのは直流電化区間だけであるから、電化非電化を問わず、走行線区を選ばない車両の新製までにらんでいてもおかしくはない。同種の車両としてはJR東日本の「TRAIN SUITE 四季島」やJR西日本の「TWILIGHT EXPRESS 瑞風」がある。

ただ、この種の列車は「列車自体を楽しむ」ことがコンセプトのひとつでもあり、車窓風景が本州より格段に優れた北海道にふさわしいかという考えもある。印象が相殺されてしまう懸念があるのだ。窓が開く普通列車で北海道を旅した経験があるならば、豪華列車が果たして必要かという思いにもかられる。人間がいかに演出を凝らしても、大自然の前では無力かもしれないのだ。

リピーターが満足する施策とは?

北海道の観光資源の多くは、自然に由来している。風景そのものはもちろん、動植物であったり、海や山の恵みであったりする。人工的なテーマパークなどとは一線を画しており、それで、多くの人に深い魅力を感じさせている。

新宿のJR東日本本社に4社の社長が集まって記者会見を行うような派手なプロジェクトとは対局にあるが、花咲線(釧路~根室間)で2018年6月から取り組まれている利用促進策もまた、北海道の鉄道旅行の魅力を感じさせるための施策。今後の重要な方向性のひとつを示唆している。

北海道には大自然という無二の観光資源がある。写真の釧網本線北浜駅付近の海も、冬は流氷で埋まる

これは定期列車(快速・普通)の一部を対象として「見どころでゆっくり走る」「観光ガイドを音声で行う無料アプリの配布」「ご当地弁当の列車への配達」を柱としたサービスを行うもの。車両自体は特別なものではなく、一般的なJR北海道のディーゼルカーだ。途中駅での乗り降りも、当然、自由である。

初めて北海道を訪れる観光客ならば、確かにお勧めの観光コースを巡ってくれる、団体ツアーが便利であろう。そのコースに観光列車を組み込めばいい。しかし、いずれ飽きて離れる客は必ず出る。ならば、繰り返し北海道を訪れ、鉄道の旅を楽しむ「JR北海道ファン」を、一人でも多く獲得することが肝要になるのではないか。

そうした旅慣れたファンが、レディ・メイドの旅を好むとも考えづらい。広い北海道を「行きたいところへ自由に」「思うがままに」巡りたいと思うはずだ。控えめにその手助けをし、さらに旅を充実させることもまた必要だろう。乗りたい時に列車に乗れ、食べたい時に食べられる自由が大切なのだ。

花咲線の利用促進策のひとつとして、厚岸駅弁の「かきめし」も一部列車へ配達してくれる

国鉄時代には、毎年夏になると北海道ワイド周遊券を手にした若者が、青函連絡船で北海道へと押し寄せた。その頃、人をひき付けたローカル線の多くは廃止されてしまったが、花咲線が健在なのをはじめ、まだ完全に無くなったわけではない。

そこを「観光列車」で旅するのもよいが、なんでもない普通列車で旅をしてもいい。そういう、ひとつの方向性に凝り固まらない考え方を期待したい。

2月14日付けのJR北海道のプレスリリースでは、「多目的特急車両」の新製(2020年秋使用開始予定)が発表された。これはキハ261系特急型ディーゼルカーをベースに、多客期の臨時列車向けとしてリクライニングシートを装備するほか、イベント列車にも用いることができるよう1両をフリースペースにするなどの工夫を施したもの。車両そのものは豪華ではないが、十分な快適性を備え、豊かな観光資源を楽しめるような、走行線区を問わない柔軟な運用が行えるだろう。

宗谷本線の特急として走るキハ261系。これをベースに新しいイベント向け車両が造られる

いたずらに車両そのものをデコライズすることなく、北海道の自然に似合う、ナチュラルな魅力を持つ列車を作り上げる。そして、車窓など自然の恵みを存分に満喫できるアイデアを凝らす。北海道の鉄道旅行の未来を考えるなら、「車両だけに目を向けない」考え方もまた、必須ではなかろうか。

(土屋武之)